鳩山新政権で初の与野党論戦の場となる臨時国会が始まりました。55年体制確立後半世紀以上を経て、事実上初めての本格的政権交代を受けて攻守逆転しての国会ですから、論戦の構図やその内容は注目されます。民主党が「国民との契約」というマニフェスト(政権公約)に盛り込まれた各種政策、特に日米関係など外交防衛、内政では郵政民営化の見直しや農家への戸別補償、さらには鳩山首相をはじめ各閣僚の答弁振りや、野党となった自民党の追及など、見所は盛り沢山です。
この稿では鳩山新政権の基本姿勢に疑問を投げかける意味で、これから年末にかけての焦点、10年度当初予算案編成に向けての基礎となる概算要求について記します。
概算要求の問題点
10月16日に政府が発表した概算要求総額は一般会計で過去最大の95兆円余。しかも本来なら予算化が当然と思われる事業なのに、あえて予算額を示さなかった「事項要求」があり、その額は3兆円以上といわれています。本来「事項要求」は予算の事実上要らない項目のはずで、今回のやりかたは極めて異例です。足しこむと98兆円超になり、概算要求総額を低く抑えるためとしか思えません。98兆円は麻生前内閣の09年度当初予算に比べて10%も増えてしまいます。今後予算案決定までどれほど削減できるかが焦点ですが、とても麻生内閣の当初予算額まで削れるとは思えません。
民主党の政権公約の「麻生政権以上の赤字国債は出さない」と、子供手当の新設や旧道路特定財源の揮発油税などの暫定税率廃止、高速道路の無料化、さらには米作農家への戸別補償などの目玉政策の両立は困難だということが、誰の目にも明らかになってきました。大不況による税収の大幅な減収予測がそれに追い討ちをかけています。これまでの予算を見直せば、財源は出てくる。増税や国債の増発の必要は無い――が、政権獲得後の休み返上の努力にもかかわらず、現実には思うような結果を出せないでいるようです。
こうした経過についてはマスコミでもかなり詳しく取り上げられており、焦点はどちらを重視するのか鳩山首相の政治決断にかかっていると報じられていますし、前回に記しましたが、何よりその際、国民世論の動向がカギを握っています。繰り返せば、無理な政策を掲げ「精一杯努力しましたがここまでしかできませんでした、御免なさい」となったとき、国民が「公約違反だ、だまされた」と非難するのか、「まあ仕方ない、よくやったほうだ」と容認するかです。その反応で鳩山首相の決断も違ってくるでしょう。来年の参議院選勝利を至上命題とする“新闇将軍”の判断で決まる、「落語の二人羽織政権」とは自民党員の私でも思いたくありません。
ただ今回私の言いたいのは、その点ではありません。
日本国の財政の現状
国家財政を一般家庭の家計に例える解説をよく目にします。大まかでも理解しやすいからでしょう。来年度の概算要求を当てはめると、年収460万円の収入(税収)の家庭で、借金の返済(国債償還)の200万を含めて900万以上の支出計画を立てていることになります。しかもこれまでに積みあがった借金総額は8000万円もに上り、さらに増収(増税)は見込めず、加えて来年は不況で収入は400万円を切りそう、そんな感じです。家計担当を交代した新主人が支出削減を模索していますが、新たに借金を積み増す以外に方策が見当たりません。
こうした例えに対し、国家財政と家計を比べるのは乱暴、あるいは家計の預貯金に当たる部分が考慮されていない――などの反論が、実は自民党政権時代からありましたが、いずれにしろ健全財政とは言えず、世界の先進諸国中最悪グループの一員と見られていることは紛れも無い事実です。
そしてなにより国家財政に限らず、家計も企業会計でも、「入るをはかりて出ずるを制す」というのが大原則ではないでしょうか。勿論、家計や企業で借金や融資を受けることは当たり前のことですが、返せる目処がついていることが大前提。返せないのを承知で借りれば刑事被告人になりかねません。ということで自民党主体から民主党主体になろうと、財政健全化は日本国政府の最大の課題の一つであることに変わりはないのです。
ただ不況の際など政府の対策として、企業(連鎖)倒産を防ぎ社会の金回りをよくするため、借金しても通常より多くの予算を使うことが有効とされています。新政権に3兆円削られた麻生補正もそのためのものでした。この辺の理解も新政権には希薄ではないかと私は危惧しています。概算要求の取り扱いを見ているとそう思わざるを得ないのです。
ある夜の会話
話は飛びますが、先月の夜東京で小さな集まりがありました。かつて政治の変革の必要性を感じ、皆で勉強しようと集まった仲間でもう20年近くになります。年に二、三回集まり、うち一回は泊り込みで、世話焼きの人の人柄もあり、細く長く続いています。今年の泊まりは5月、熱海でした。全員60歳前後ですが、温泉につかり夕食の後、カラオケルームに入って一曲も歌わないまま深夜まで議論した、そんな仲間です。今回の集いは、先の総選挙で4年近くの雌伏の後、当選を果たして復帰した二人(民主党)の祝賀会を兼ねたものでした。
初めのうちは当選者への祝意でしたが、気の置けない仲ですから、そのうち自然と民主党新政権への“問題提起”になりました。私も財政問題など追及の陣営でしたが、特に厳しかったのは地方首長をしている人からで、八ッ場ダムを例に、地方の実態をろくに調べないまま一部の人間で政策を決めているのではないか――という批判でした。対する民主党代議士側は四年も東京を離れていて「今浦島」だと、珍しく政策面での反論も少なく「明治維新は10年かかった。今は過渡期だから」とまとめられるものでした。
私も祝いの席で少し言い過ぎたかな、と思いつつもこれがこのグループのいいところだと思っています。きっとこれからの民主党内の論議の中で、私たちの言葉の一部が出てくると信じています。
公約にも軽重がある
政権公約の中身にも重みに差があります。その点は一般の方々は余り目が向かず、マスコミもことさら声高に採り上げていない感じがしますが、最重要なのは安全保障と財政です。健全財政を無視すれば(国債を無制限に出せば)ほとんどの政策は実現できる、ということ一つを理解できれば、それ以上の説明は無用でしょう。議員にとって、地元や有権者の要望の実現(予算化)は当然の望みでもあるのです。問題は政策(予算)と財政のバランスです。
その歯止めが、「財源はどこにある」でした。それでもなかなか止められず、財政赤字が積み上がりました。財源探しの名人・官僚と与党間の“相互扶助”が、その原因のひとつだったことは認めざるを得ません。そして手段、内容はともかくとして、赤字を減らそうとした小泉改革の“痛み”に対する国民の不満が、知らず知らずのうちに身についた与党ボケが、自民党の大惨敗の大きな原因になったことは確かだと思います。
その際、自民党の財政には永年の政官癒着による無駄が多い。我々ならその無駄を見つけられ、増税なしの予算の組み換えで政権公約を実現できる――と訴え、政権を奪取したのが現民主党政権だったのではないでしょうか。
政権交代の高揚感が余程強いのでしょう。政権公約の実現に前のめりになりすぎていると、私は強く感じています。国家財政を軽視し、財政悪化に多少目をつむっても公約実行、それも直接国民個々人への収入増、負担減になる政策を優先させている感じです。この点に関しては次回書きたいと思っていますが、まず無駄を見つけて、その額に見合った公約を実行すること、他の公約実現は見合う無駄(財源)が見つかるまで待ってもらうことが、民主党の最重要の政権公約(国民への約束)ではないでしょうか。(2009年11月7日記)
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