「活動報告国政編」トップイメージ

鳩山新政権スタート<その3>(2009年11月) 

鳩山新政権が発足してから2ヶ月、私なりにその特徴が見えてきた感じがしています。今回は独断と偏見で、「直接支給」「役割分担と権力集中」「地方(地元)軽視」「財務省支配」といった、これまでの政治との違いを列記しました。

直接支給

鳩山新政権の政策の中でまず目に付くのが、国民個々人に対する直接支給や減税策です。子供手当てはその典型ですし、コメ農家に対する戸別補償、ガソリン等の旧道路特定財源の暫定税率分廃止や高速道路の無料化などがあります。いずれも個々人の懐具合に直に関係するものです。

従来の政府・官僚の考え方としては、年金や生活保護費などは別として、直接国民に公金を給付することをなるべく避ける傾向がありました。国民の金回りが悪いと感じた時は減税で対処するのが通例でした。あるいは支援すべき人たちがいれば、その人たちが関連する団体や地方自治体を含む公的団体を通してお金を流す方法をとっていました。子供手当てではなく、給食費や修学旅行積立金などのかたちで省庁の外郭団体、あるいは自治体や教育委員会を通して支給するという感じの手法です。ちなみに民主党が官僚の天下り先、あるいは中抜きされて不効率として糾弾しているターゲットが、そうした公的団体にかなり重なっていると言ってよいでしょう。

この背景の一つには、役所が個々人に直接お金を手渡すことはバラマキに通じかねないとの忌避感があったような気がします。特に中央官庁には、そう感じます。我々は(事実上)制度を考え運用するのが仕事で直接金のやり取りには余り関係したくない、そんな感じです。さらに、このやり方では政治的ポピュリズムに巻き込まれ、行政の中立性に悪影響を及ぼしかねないとの考えがあると思います。

もっとも両者はどちらが良いという問題ではありません。欧州では直接支給の例は多く、効果を上げていますし、私自身ももっと直接支給があってよいと思っています。さらに言えば、麻生政権時の直接給付金もエコ自動車や省エネ家電購入時の補助もこの種の政策の一つです。その際、バラマキと批判的だったのが、当時野党の民主党でしたが。

この問題の別の側面は、実は私の問題視したいことなのですが、直接個々人の財布の中身に関係してくる性格から、有権者心理に影響してくるのではという点です。来年夏には民主党が単独過半数を目指す参議院選挙が控えています。この政策の肝は、民主党の新政策で“痛手”を受ける業界や会社・法人があったとして、それを痛感するのは幹部クラス。数の上では圧倒的に多い一般社員や職員は、倒産したり解雇されない限り、日常生活を助けるこの種のお金の方に恩恵を感じるのではないかという点だろうと考えます。

「選挙の神様」とされる新闇将軍・小沢幹事長の知恵かもしれません。小沢流では、選挙に際して有権者に好感を持たれる政策を実施するのは、いわば世界共通の政権党の権利。自民党時代もやっているし、とやかく言われる筋合いはない――といったところでしょう。何より個々の政策ではそれぞれ論議を呼んでも、個々の家計では「あわせ技一本」ではありませんが、あわせ効果で家計の助けになりそうです。ボーナスは減ったが、ガソリン代は下がったし高速代はただ、なりより子供手当てはありがたい、諦めかけた夏休みの旅行もできそうだ――となれば、まことに巧妙です。

そう勘ぐれば、赤字国債増発必至とされる中で、この種の公約実現にこだわるのも分かる気がします。問題は参院選までその期待感が続くのかどうかでしょう。

役割分担と権力集中

民主党の人事を見て感じるのは、実にドライというか見事な割り切り方です。大臣など政府要員を含めマスコミ等の表面に出る人は優秀ないわば精鋭。小選挙区で落選・ブロック比例で復活当選組は原則役職につけない。新人は採決要員、必要ない時は選挙区に帰って次回当選を期せ。地元の陳情や要請は個々に対応する必要なし、地元県連を通して幹事長の下に上げよ――等々、私考え決める人、あなたは汗かき賛成の挙手する人、の役割分担が明瞭になされている感じです。何か民主党国会議員に一流・二流・三流の階層ができたように感じます。

ちなみに私が副大臣をさせてもらった総務省を見ると、大臣・副大臣・政務官が計6人いますが、鳩山内閣の学歴を見ると東大5人、早稲田1人です。私の時は東大、一橋、早稲田、中央、法政、日大各1人でした。学歴だけで判断するのは危険ですが、極めて優秀な印象ではあります。

ともあれ新内閣ではいろいろな発言が飛び交い、「最終決定するのは私だ」と幾度となく鳩山総理が発言する事態が続いていますが、民主党内は一枚岩のように見えます。問題は政府側と党側に大きな食い違いが出た時どうなるかです。これからの冬期の典型的な気圧配置(西高東低)をもじれば、政高党低なのか党高政低なのかです。私の知る政治関係者の全てが後者、党が上と思っています。「小沢さんの性格から政策のことで内閣側にあまり注文はしないだろうが、もしぶつかることがあれば引くことはない」といったところです。

地方(地元)軽視

前回、友人の首長が復帰してきた民主党代議士の仲間に、八ツ場ダムを例に「現場の事情を聞かないまま中央で、しかも少数の幹部が頭の中だけで政策を決めているのでは」と苦言を呈していたと書きましたが、普天間基地移転問題などの例を見ても、地方、特に地元自治体に対する後手の対応が目につきます。郵政民営化問題の際、当時の小泉総理が地方議会の相次ぐ反対決議を無視したことを思い出します。

これまでの経過や地元の事情より、“国民に支持された”政権公約を優先する。しがらみがない民主党政権だからできる、それが政権交代の成果の一つだ、という感じです。この姿勢がいつまで続くか、地方の反応が今後どうなるのか、民主党政権の将来を決める大きな要素の一つだと思っています。

さらに気になる点があります。いわゆる事業仕分け作業で、かなり財源を含めて「地方に移管」と決めていますが、事業の受け皿となる地方とは具体的にどこなのでしょうか。地方という自治体はありません。単に国税を地方税に置き換えるだけでは、税収格差、地域間格差を増すだけです。現行の地方交付税の仕組みに各種補助事業の個別補填の仕組みはありません。恒常的な事業の財源補填は可能かもしれませんが、一時的に多くの費用(予算)を必要とする大型の公共事業の場合、どう財源を個々の地方自治体に移すのか、現行制度にはありません。その分配に中央官庁が絡めば地方への税源移譲になりませんし、まさか新たに地方税をプールする仕組みを作り、自治体間で分捕り合戦をさせるわけにもいかないでしょう。

またこれまで有能な地方首長の資質の一つに、国の各種制度に通じいろいろな補助金を組み合わせて、少ない自己資金で地元の事業を達成する才能がありました。それ自体問題なしとは言えませんが、財政力の弱い自治体の知恵でもあったのです。

小沢幹事長を先頭に「地方重視、地方が自由に使える財源を」との掛け声は良いとして、現在までの民主党の政策検討作業に、こうした地方の実態を踏まえた議論はうかがえません。そして何より、頭の中だけの地方重視で、「まず謙虚に地方の声を聞き、より良い制度を協力して作り上げていこう」という姿勢が欠けていると言わざるを得ませんし、その大切さの自覚もないように思えてならないのです。極言すれば、「中央官庁の中央集権」から「民主党首脳の究極の中央集権」になりかねない懸念すら、私は持っています。

財務省支配

郵政会社の社長人事で大蔵省の元事務次官が任命され、「官僚の天下り、渡り禁止」の公約に反すると議論を呼びましたが、一連の民主党の作業の影に財務省の姿が浮かんできます。郵政会社の新社長が、細川政権時代、小沢幹事長と盟友関係の大物大蔵次官であったことは政界の常識ですし、当時の郵政国営時代、郵貯・簡保の資金運営は大蔵省の担当であったこともそうです(その後、郵政省→総務省→公社・会社に)。

また事業仕分け作業の具体的な項目を決め、問題点を指摘したのも財務省の官僚でした。予算原案策定の際、各省の要求を跳ね返せず予算を認めざるを得なかった主計官の積年の恨みを晴らしているようにすら感じられます。もっとも財務省側にすれば、政治力や様々なしがらみで認めざるを得ず、財政赤字を積み増してきた旧来の政治行政に対し千載一遇の出直しのチャンスと捉えているのかもしれません。

それに関連すれば、財務官僚には地方自治体の行政・財政運用に対する拭いがたい不信感がうかがえます。地方の手前勝手な要望とそれに甘い政治家、さらに便乗して天下り先を増やす他官庁への不信もうかがえます。その地方擁護の代表が地方交付税を担当する総務省というわけです。多くの関係者が「仕分けになじまないのでは」と首をかしげた地方交付税(交付金)が、俎上に上がったのにはこうした背景もあったと私は確信しています。

地方交付税(交付金)とは

ちなみに地方交付税(交付金)と記しましたが、意味が解った方は相当この方面に詳しい方です。マスコミでもいちいち説明せず、地方交付税と地方交付税交付金の両者の表記が見受けられますが、実は両者の差はありません。同じものです。総務省が使うときは地方交付税、財務省が使うときは地方交付税交付金なのです。新聞記事などでこの用語の使い方で、どちらの側から出た記事なのか分かるほどです。

どうして一般の目からは滑稽とさえ見える事態になっているのか。この税の性格に対する両省の解釈が、半世紀にもわたり食い違ったままなのです。

この税は、国が徴収する五つの税目のうちその一定割合を自動的に地方へ配分する仕組みになっていますが、財務省は国税の一部を地方へ交付しているとの考えなのに、総務省は国税と一緒に徴収しているが一定割合分はあくまで地方税なのだ、と主張しているからなのです。いわば国民の関知しない、両省の面子の問題と言って良いと思いますが、厳密な法律の解釈問題としてはこの制度ができて以来の深刻な対立があるのです。

それはともかく、財務省の「官庁の中の官庁、国家運営の中心」と言う自負が顕在化してきたことは確かです。事業仕分けにどれくらい財務省関連が採り上げられるかで見当がつきます。小沢幹事長の承認の下、財政規律への感覚に乏しい民主党政権への財務省なりの危機感のあらわれなのか、それとも単にバブル崩壊後、とかく肩身の狭かった財務省の復権なのか、今はまだ私には分かりません。ただいずれにせよ財政力、担税力に乏しい地方自治体にとってますます厳しい時代を覚悟しなければならないようです。

そして全ての政策は来年夏の参院選に通じています。
(2009年11月15日記)

山崎 力