後援会の皆様どのような新年をお迎えになられましたか、まずは今年平成22年、西暦2010年が良い年になりますことを心からお祈り申し上げます。
私の住む青森市では、年末年始大雪となりましたが、何より昭和22年生まれの私としては、生まれる前の昭和の22年間と平成の同じ年月をどうしても比べてしまって、激動の昭和前期の印象を改めて強く持ってしまいます。また劇的に過ぎるアメリカ・ニューヨークの世界貿易センタービルなどへの同時多発テロで始まった感のある21世紀が、もう10年もたったのかと言う感慨もありました。
それより何より今年は私自身にとって、多くの方がご承知のとおり、政治生命をかけた年になります。昨年末の自民党青森県連による、今年7月に予定されている参議院通常選挙・青森選挙区の候補者公募に応募し、党員党友による三人の候補者に対する投票の結果、公認候補(予定者)に選定されたからです。去る1月24日の党大会で公認証書を頂きました。ご支持していただいた方々の期待に応えるだけではなく、自民党の再生、さらにはわが国の政権交代可能な成熟した民主主義体制の確立のためにも、なんとしても当選を果たしたいと思っております。そのためにこれからの半年、全力で頑張ります。
昭和と平成の違いはあれ同じ22年、山崎力の再生、再誕生の年にする決意です。
昨年の新春には「政治的にも経済的にも、わが日本国の将来を左右することになる大きな節目の年」と記しましたが、結果的にそのとおりになったと思います。政治の面では、言うまでもなく8月30日の衆院総選挙での自民党惨敗による政権交代、民主党主体の三党連立政権誕生と自民党の野党転落です。また経済面では、デフレによる景気の低迷と世界経済の先行き不安です。
「政権交代」「コンクリートから人へ」のスローガンで、文字通り政権交代を果たし、発足後五ヶ月を過ぎた民主党・鳩山政権ですが、小鳩政権と揶揄されるように、ぶれる鳩山由紀夫首相・鳩山内閣に対し小沢一郎民主党幹事長の最高実力者ぶりが際立ってきています。
鳩山首相の異常に高額な子供手当と何億円もの贈与税“脱税分納税”問題に続き、18日の通常国会開会を目前の1月15日には、小沢氏の元秘書の衆議院議員が政治資金規正法違反容疑で逮捕され、国会は冒頭から大荒れです。普天間基地移転をめぐる対米関係に見られる外交安保の問題や、予算案の内容を見ても、民主党への批判はそれこそいくらでもできます。しかし、私が所属する自民党への評価回復には直接つながらないでしょう。どうしたら国民の信頼を自民党に取り戻せるか、その難題に応えなければなりません。私は、野党になった現実を、もう一度直視することから始めるべきと思っています。それは、もう、いくら県民・国民に政治行政上の約束をしても、与党時代と違いそのまま政策や予算などで反映できない、という点です。政権に復帰するまでは“現世利益”は約束できないのです。
そうした野党となれば、与党・民主党政権の問題点を指摘すると同時に、われわれの考え方政策の方が、より県民・国民の幸福に資するという点を示さなければなりません。その為には、より深い党内論議が必要です。その上で明確な指針を打ち出さなければなりません。その資質は、民主政権の政策の問題点追及と共に、私自身、ほかの人より持っていると自負しています。特に地元・青森も含まれる、地方の問題、即ち活力回復、再生をまず打ち出したい、具体的にはこれまでの原稿を読んでいただくとして、それこそ、青森の将来の為、山崎力は全力で頑張ります。
話は変わりますが、振り返ると私個人にとってというより、山崎家にとって昨年は良い年ではありませんでした。年初より体調を崩していた父竜男が3月に入院、一度も家に帰れないまま8月15日、多臓器不全で死去しました。87歳でした。18日公示の総選挙の時期と重なり、内輪だけの葬儀を終えて弟一家が開業している栃木に帰った直後の21日、今度は母が脳梗塞で倒れて現在も入院中ですし、さらにほぼ同時に妻の頭痛がひどく診察してもらったら帯状疱疹(ヘルペス)で一週間の入院――ひどいものでした。時あたかも天下分け目の総選挙中、選挙後に設定した一般の方々においでいただく父の偲ぶ会の準備もあって、満足のいく手伝いができないままで、申し訳ない思いが残ったままです。年末の党公認が唯一うれしいことだったと言えます。
その意味でも、今年は私自身にとって良い年にしたい、それが多くの方々にとっても良い年につながるように頑張らなくては、努力しなくてはと、もう一度原点に立ち返って、選挙に臨みたいと決意しています。
私の政治の原点は、やはり祖父岩男、父竜男の影響を否定できません。世襲の件は置くとして、元新聞記者の悪いクセを出すと、私を含め親子三代、それぞれ肌合い、性格や得手不得手の異なる政治家といえると思います。戦後の貧しい時代の祖父、高度成長期の父、失われた十数年という停滞時の私という時代背景の違いあるのかもしれません。ただ、共通しているのは、あまりに金に縁のない点と、何より権力やポストというもへのこだわり、執着がない政治家という点ではないかと思います。議員や大臣や副大臣、あるいは知事といった肩書きはあくまで、県民・国民へのため仕事をしやすくするもので、それが山崎の政治の原点だと思っています。その原点に立ち返り、後援会の皆様のみならず、県民有権者の声を真摯に聞きながら、全力で頑張ります。繰り返しになりますが、山崎力にとって後のない、政治生命をかけた選挙の年となります。倍する御指導、御支援をお願い申し上げます。(2010年3月11日記)
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