
「平成18年度秋の叙勲」で、父の山崎竜男元環境庁長官が旭日重光章を受賞しました。
そこで、急遽、11月26日に祝賀会を開催しました。
当日は、竹内黎一元科学技術庁長官、木村守男前知事、中里信男元八戸市長、現職では党県連会長の大島理森代議士やNHK記者時代から親交のあった参議院議員の浅野勝人外務副大臣等22年間の議員生活でお世話になった方々、山崎岩男元知事の代から懇意にして頂いた方々など、多数にお出で頂きました。
「70歳の時に受賞の話があったが、『まだ若いから』と辞退したが、今やっと受賞しました。」と語った、父のお礼のご挨拶に微笑まれた方も多かったと思います。
一昨年、去年と長い入院を強いられた後での叙勲パーティーだったので、無事に終了し家族一同ホッとしました。
なお、父・竜男は大正11年(1922年)5月5日、岩男・イマの一人息子として東京で誕生。当時・岩男は中央大学生。
大湊小、東京・聖学院中学卒業後、(旧制高校相当の)中央大学予科卒業、同本科在学中に学徒動員で出征。昭和20年(1945年)、帝国海軍中尉で復員。翌年、青森医専(現弘前大医学部)入学。同卒業後、東京慈恵医大で医学博士。
産婦人科医として病院勤務後、昭和40年(1965年)に岩男が自民党公認決定後亡くなったことで参議院青森地方区より無所属で出馬し落選。昭和43年(1968年)、同選挙で当選。以後計4回当選。その間、行政管理政務次官、参議院文教常任委員長、同運輸常任委員会筆頭理事、自民党両院議員総会長を歴任し、平成元年(1989年)に宇野内閣で国務大臣環境庁長官を務めた後、平成3年(1991年)青森県知事選の落選を機に引退。
多趣味の人でもあり、戦前、少年時は空気銃、鉄道模型、学生時代には音楽、特にハーモニカ。全日本学生コンクールで第2位の腕前であった。海軍からの復員の際、ほとんどの人が米などの食料を“退職金”がわりに持ち返ったが、本人は重いSPレコード持参だったというエピソードも。また、オーディオにも同時に興味を持ち、戦後の一時期は東京・秋葉原で真空管などの部品を買い求めて、自ら電蓄を作ったり、聞いたり。音楽鑑賞は生涯の趣味であった。
このほかもう一つ。写真撮影も少年時代からで、医師になってからは現像・焼付けをやり、8mmムービーも。議員時代の視察の際に、何台ものカメラを持ち出していた。 |