「歴史的な『政権交代』実現」(2009年9月) 

 8月30日夜、第45回衆議院議員総選挙が開票された。NHK風に言えば、「その時、歴史が動いた」――。日本列島を覆い尽くした「政権交代」の熱風が日本の政治の歴史を変えた。自民党への積もりに積もった不満が民主党を政権の座に押し上げた。民主党308議席、自民党119議席。予想されたこととは言え、政治家も、そして有権者も、小選挙区制の怖さを再認識させられた。民主党は比例で候補者が足りなくなり、2議席を他党に献上した。「選挙の神様」を自任する小沢一郎代表代行ですら予測できなかった民主党大勝利は、永田町の常識がしみこんだ中央政界が、国民の意識の変化についていけなかったことの証左でもある。いずれにしろ、審判は下った。初めて国民がそれぞれの「1票」で、政治の風景をガラリと変えた。1955年の保守合同――自民党結成から54年目の革命ともいえる。しかし、こじ開けた扉の先に何があるのか。鳩山新内閣は日本をどう変えるのか。1億人の有権者の目にはまだ、その景色が見えてこない。

人事難航、「政権移行チーム」立ち消えに

 8月31日未明。都内の民主党開票センター。同党立候補者の一覧表に隙間なくつけられた勝利の赤いバラを背景に記者会見した鳩山由紀夫代表。「国民が勇気をもって政権交代を選んだ」と語る日焼けした顔は、こわばって見えた。祖父・鳩山一郎元首相が麻生太郎首相の祖父・吉田茂元首相から政権を奪って半世紀余。祖父が初代総裁として育てた自民党を壊滅的敗北に追い込み、悲願の政権交代を実現した由紀夫氏。両肩にのしかかる「歴史」の重さが笑顔を作る余裕を与えなかったのだろう。

 鳩山氏はすぐさま、人事構想に着手した。首相指名が行われる特別国会は9月16日と決まった。許された時間は半月余り。政権交代でなければ十分な時間だが、まず、社民、国民新両党などとの連立協議、それを踏まえての閣僚人事となると、やはり「時間との競争」だ。鳩山氏や岡田克也幹事長は当初、円滑に政権交代を進めるための「政権移行チーム」を発足させる考えだった。官房長官、副長官、財務相、外相など重要ポストを内定して、首相指名前に現内閣や霞が関などとの引き継ぎを行うという構想だ。しかし、選挙大勝で最高実力者となった小沢一郎代表代行らが「一部の人事先行は党内を混乱させる」と反対して立ち消えになった。

 このため、鳩山氏は「首相指名後に一気に組閣する」ことを義務付けられた。もちろん、「誰にも相談しないで一気に決める」ことができれば、鳩山氏の宰相としての評価は上がる。しかし、もし党内に不満が出て首相指名後の組閣作業自体が混乱すれば新政権は出だしから大きなダメージを受けることになる。

最大の難問は小沢氏の処遇

 すでに、永田町では様々な閣僚名簿が飛び交っている。「菅直人国家戦略局担当相」「藤井裕久財務相」「岡田克也外相」……。しかし、人事の最大のポイントは小沢氏の処遇だ。今回の選挙の結果、いわゆる「小沢チルドレン」は100人以上に膨れ上がった。シンパも含めれば「150人以上」との見方もある。大政党に匹敵する数だ。仮に、党内実力者が揃って入閣し、党に残るのは小沢氏だけ、となれば民主党本部は「小沢王国」となるのは確実。鳩山氏は「二重権力構造の排除」を力説してきたが、一部で取りざたされる「小沢幹事長」となれば完全な「二重権力構造」だ。というより、世間は「小沢氏の独裁体制」と受け取るに違いない。

社民と妥協すれば基本戦略に「ゆがみ」も

 社民、国民新両党との連立協議も難航している。福島瑞穂、亀井静香両党首を閣内に取り込んで、両党の不満を抑え込もうとの思惑が先行しているが、特に「安保・防衛」で民主党と対立する社民党との妥協は政権の性格すら歪めかねない。そもそも、民主党には党綱領が存在しない。国家の基本にかかわる重要政策でぶれれば、新内閣の支持率はあっという間に急落しかねない。「宇宙人」と揶揄される鳩山氏。天真爛漫な振る舞いが目立つ年上妻の幸(みゆき)夫人とともに、「好感度」は急上昇し、テレビのワイドショーなどは「鳩山もの」でもちきりだ。しかし、政治の現場は冷厳だ。人事の混乱はそのまま、宰相としての「資質」を疑わせる結果となる。16日の首相指名まで、鳩山氏は「生みの苦しみ」に耐えることができるかどうかで新内閣の評価が決まる。

「盛者必衰」で呆然自失――自民

 「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし たけき者もついには滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」――。あまりにも有名な平家物語の書き出し部分である。戦後すでに64年。その大半を政権与党として君臨してきた自民党の崩壊。しかし、「天罰」を与えた有権者は「心を入れかえて復活しろ」と考えているようだ。選挙直後の世論調査でも「自民党の政権復帰を期待」する声が6割以上だ。要するに今回の選挙は「民主党への期待」よりも「自民党への失望」が上回っていたことを立証している。では、自民党に復活のチャンスはあるのか。

 8月30日深夜、開票作業が進む中、麻生首相は「責任は重大」として自民党総裁を辞任する考えを明らかにした。当然である。ただ、それを受けての自民党後継総裁選びで早くも党内混乱が露呈した。混乱の原因は麻生首相(自民党総裁)と党執行部が党内の意見調整もせずに9月18日総裁選告示――28日投票という日程を決めたからだ。「広く党員の意見も聞き、選挙敗北の分析、反省もしたうえで次のリーダーを選ぶためには一定の時間をかけなければならない」という理屈だ。

首相指名で「白紙」続出なら大野党失格

 しかし、党内からはすぐさま異論、不満が噴出した。特別国会召集は9月16日。その日に首相指名が行われて鳩山首相が誕生する。その首相指名で「麻生太郎」と書かせるのか、という不満だ。新総裁が決まっていなければ首相指名では必然的に「現総裁」に投票せざるを得ない。9月1日に行われた党総務会でも出席者が口々に「辞める総裁の名前を書くことはできない」と執行部を追及した。このままでいけば「白紙」組が大量に出そうな雲行きだ。「どうせ総理になれないのだから、誰に投票したって関係ない。そんなことは小事だ。自民党の立て直しのほうが大事」との声もある。しかし、首相指名選挙というのは有権者から議席を与えられた議員が最初に意思表示する重要な機会だ。ましてや、いったん野に下っても、改めて政権交代を目指す大野党ならば、鳩山首相と対峙する首相候補を明確にし、その下で一致結束して与党と渡り合うのが当たり前だ。その意気込みと姿勢を示すチャンスは今回の首相指名選挙しかないのだ。

 もし、党議拘束もできず、実質的な「自主投票」とでもなれば、有権者は「もうこの党はダメだ」と見放すだろう。反省に時間をかけるというが「反省だけなら猿でもできる」。そもそも、麻生首相の総裁辞任表明から首相指名選挙まで半月以上ある。これまでも総裁公選規程を融通無碍に運営してきた自民党が、突然、ルールにこだわるというのは不可思議だ。「半月では拙速で一か月かければ十分な論議ができる」というなら、これまでの総裁選びはほとんど「拙速」だったことになる。

 ただ、自民党内は予想以上の茫然自失状態だ。いまだに総裁選に立候補しようと人物が現れない。本命といわれた舛添要一厚生労働相は出馬を辞退した。小池百合子氏も「小選挙区で敗れた」ことを理由に不出馬を表明した。石原伸晃氏も「白紙」。谷垣禎一氏は「世代交代を」と及び腰だ。わずかに、石破茂農水相だけが意欲を示しているが、まだ「模様見」の段階だ。若手から「世代交代のため新しいリーダーを」という声はあるが、党所属国会議員が半減して、「20人の推薦」という出馬条件が重くのしかかる。10月には神奈川と静岡の参院補選、そして来年7月の参院選。連敗すればまた総裁交代の話になりかねない。「敗戦処理」は誰かに押し付けたい、という本音が透けて見える。

不思議な偶然「308」と「119」

 前回の「郵政選挙」と今回の「政権交代選挙」で分かったことが一つある。少なくとも日本では「小選挙区制は二大政党制を作る」という定義は必ずしも正確でない、ということだ。二回とも巨大な与党が出現し、議会での論争も含め「真っ当な二大政党の対峙」は実現しなかったからだ。そのことを考えても、自民党がここでへたり込んでいるのは有権者に対する裏切りでもある。 選挙結果をみて不思議な偶然に気づいた。民主党「308」自民党「119」。英国などでは月日を日付から書く。つまり、「308」は8月30日、「119」は9月11日だ。前者は今回の投票日、そして後者は4年前の投票日だ。二大政党制の先輩の英国。何かの暗示のように思えてならない。衆院の過半数は241議席。「次の選挙が1月24日だったら」などと考えたくなるが……。

(2009年9月3日記) 平河三郎


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