◎“ポスト菅”は野田氏、反小沢票結集で海江田氏破る
「ノーサイドにしましょう、もう。怨念を超えた政治を…」−。8月29日午後、“ポスト菅”を選ぶ民主党代表選を勝ち抜いた野田佳彦財務相は目を潤ますようにして会場の民主党議員に呼びかけた。序盤戦で本命視されながら、党内最大グループの小沢一郎元代表が海江田万里経済産業相の支持に回り、野田氏支援と見られた人気者の前原誠司前外相の土壇場の出馬で上位2人の決選投票への進出も危ぶまれた野田氏だけに、喜びもひとしおだったのだろう。政策論争どころか一時代前の自民党総裁選の様な露骨な多数派工作。その中心はやはり小沢元代表。相も変わらぬ「小沢VS反小沢」の醜い争い。もし、小沢氏が推す海江田氏が勝っていれば「民主党は完全に国民の信を失い、党崩壊の危機に瀕していた」(民主党長老)はずだ。その意味で「かろうじて民主党の良識を示せた」(若手)結果ともいえる。野田氏の主張の柱は財政再建。税と社会保障の一体改革は不可避として増税の必要性を訴えたことで、民主党内の不満分子の標的となり、20人の推薦人確保にも苦労したが、大連立推進も含め他候補に比べて主張がブレなかったことが党内浮動票をひきつけた。
ただ、野田氏のいう「挙党一致」の態勢が築けるかどうか見通しは立っていない。8月30日の衆参両院での首相指名選挙で第95代、62人目の首相となった野田氏は、党役員人事を先行させた上で9月2日にも組閣、野田新内閣を発足させる。野田政権はまず、震災復興や景気回復・円高対策のための第3次補正予算案の編成に全力を挙げる。その過程では自民、公明など野党側の協力取り付けに腐心することになるが、民主党マニフェストの撤回を主張する自公両党に妥協すれば小沢グループを中心とする党内のマニフェスト至上主義者達の反発は必至。しかも、ちょうど2年前の政権交代以来もう3人目の首相だけに、「3次補正など当面の緊急課題さえ片付けば国民の信を問うべきだ」との自民党などの主張には国民の半数以上が賛意を示している。代表就任直後の「マニフェストの理念は間違っていない。あと2年間の与えられた任期で実現を目指す」との野田氏の言葉はもはや国民の胸には響かないだろう。民主党内にも「結局、来年度予算成立後には解散に追い込まれる」との声が広がっている。選挙通の間では「選挙があれば民主党は政権党から転落する」のが共通認識。「野党にいい顔をすれば党内がついてこない。党内に配慮すれば野党が反発し、ねじれ国会で政策決定ができない」(民主党幹部)というジレンマを抱えるだけに、野田氏は代表として残された1年の任期を民主党最後の首相として崖っぷちの政権運営を強いられそうだ。
◇「ペテン師」首相のもたらした“災厄”は消えず
「与えられた条件の中でやるべきことはやった。気持ちよく新しい人に引き継ぎたい」−。残暑厳しい8月26日午後、民主党両院議員総会で菅直人首相が退陣のあいさつをした。脂っけが抜けた顔、憑き物が落ちたようなに柔和な笑顔。「あの異様な政権への執着はなんだったのか」と誰もが感じた一瞬だった。しかし、菅直人というリーダーのもたらした“災厄”は消えるわけではない。「ペテン師」とまで言われた6月2日の「退陣表明」から86日。「辞める」「辞めない」の空疎な駆け引きは東日本大震災からの復興に苦しむ被災者を絶望の淵に陥れ、リーマンショックを上回る世界的恐慌にも何の手だても打てなくした。「千年に一度」という大震災の時の首相であったことを「歴史に名が残る」などと喜んでいる神経は「楽観的に過ぎるかも」という首相本人の弁を聞いても苛立ちと怒りを募らせる国民が大多数だろう。「これからは一政治家として、一市民として、震災の復興や原発事故の収束、そしてなにより原発に頼らない社会の構築に取り組む」とのきれいごとに耳を貸す国民もいないだろう。「とにかく菅さんが辞めてホッとした。行く手を阻んでいた大きなガレキが撤去されたような気持」(有力財界人)というのが率直な感想だ。
それにしても、民主党という政党は「懲りない政治家」の集合体のように見える。菅首相の退陣表明を受けて後継を決める代表選挙は8月27日告示―29日投票という短期決戦になったが、5人の候補者が乱立した上、政策論争そっちのけの多数派工作に終始した。20人の推薦人を確保して立候補したのは前原誠司前外相、馬淵澄夫前国土交通相、海江田万里経済産業相、野田氏、鹿野道彦農水相。当初本命視された野田氏に対し、小沢元代表と鳩山由紀夫前首相が「反主流統一候補」として海江田氏支持を表明。しかも、野田氏を支援するはずだった前原氏も参戦して「誰が勝つか分からない」(民主党若手)の大乱戦となった。そうなると威力を発揮するのはやはり「数」。案の定、小沢・鳩山陣営は推薦人の引き抜きやポスト乱発による他陣営の切り崩し工作を展開。候補者達も小沢氏らの主張する「マニフェスト堅持」「増税反対」などに寄り添うような発言を繰り返し、マスコミがそろって「小沢主導の代表選」と書き立てる状況となった。
◇象徴的は「小沢氏処分見直し」
なかでも象徴的だったのが小沢氏に対する処分見直し問題。党執行部が長時間をかけて決定した「党員資格停止」処分なのに、「新しい事実が出れば見直すのは当然」(馬淵氏)などとそろって柔軟姿勢に。唯一、前原氏だけは「党の決定は変えない」と突っ張ったが、そもそも、この問題が「争点」になること自体が国民のひんしゅくを買い、依然として「小沢」「反小沢」の醜い権力闘争が民主党を覆っている実態を露呈したことは間違いない。
このため、代表選での政策論争はちっとも深まらず、マスコミが伝えるのも多数派工作ばかり。投票日当日の新聞各紙の見出しは「海江田氏優勢、前原、野田氏が2位争いー決選投票の公算」だった。29日昼過ぎとなった民主党両院議員総会での第一回投票では海江田氏143票、野田氏102票、前原氏74票、鹿野氏52票、馬淵氏24票。海江田氏のトップは予想通りだったが、野田氏が100票を超えたことには会場からも「オオッ!」というどよめきが起こった。
一回戦で破れた候補者達の票はやはり野田氏に流れ、続いて行われた決選投票では野田氏215票、海江田氏177票と大逆転で野田氏の新代表が決まった。大政党の党首選で決選投票で逆転したのは1956年の自民党総裁選での石橋湛山氏選出以来55年ぶりの珍事。小沢陣営は「一回戦で圧倒的1位の候補が2、3、4位連合でひっくり返されるのはおかしい」と憤ったが、党執行部は「作戦通り」とにんまり。ただ、こうした経過はまさに「昔の自民党総裁選そのもの」(自民党幹部)。民主党主流派幹部は「数を誇る小沢氏も代表選で3連敗となれば影響力が落ちる」とほくそ笑むが、「刑事被告人で党員資格停止中」の人物が白昼堂々と首相を決める選挙を引っ掻き回し、あわや勝利しようとしたことは民主党の根源的な矛盾を天下に公表したとしか言えないだろう。
◇「解散回避」ではまた1年で“断末魔”にー野田新政権
野田新代表は「ノーサイドの精神で挙党一致を」と呼びかけたが、小沢氏は「人事を見てから対応を決める」と突き放した。「幹事長職など選挙と金を仕切るポストを渡せ」という脅しとみられても仕方がない。野田氏がこれに応じればマスコミは「小沢氏に屈服」と書き立て、国民の批判も受けて内閣支持率も回復しない可能性が大きい。逆に菅内閣のように「脱小沢」に舵を切れば党内は真っ二つとなり、野党対策どころか党内対策で政権運営が行き詰ることになりかねない。
さらに、野田氏が「誠実に実行する」と明言したマニフェスト修正に関する自民、公明両党との「3党合意」を進めようとすれば小沢グル―プの反発は必至。復興財源と税と社会保障の抜本改革実現のための増税も、党内の反対論を抑え込めない限り、野党の協力は得られるはずがない。要するに「小沢に反対すれば党内が割れ、小沢に同調すれば野党の協力が得られない」というあちら立てればこちらが立たずという状況なのだ。
野田首相誕生は国民が熱狂したあの政権交代選挙からちょうど2年。過去の衆院解散までの平均年月がおおよそ2年半という事実を踏まえると新政権は否応なく解散風の吹く永田町で政局を運営しなければならない。とくに、政権交代前の自民党政権に対し「国民に信を問わないでころころ首相だけを代えることが政治不信の最大の原因」と党をあげて攻撃してきた民主党だけに、いくら「選挙で勝利すれば4年間の任期全うが本来の姿」と言い募っても、「天に唾する行為」と批判されても仕方がない。
大震災からの早期復興や景気対策が国民の声だとすれば、新政権は党内の亀裂を恐れずにマニフェスト修正などで野党の協力を取り付け、第3次補正だけでなく本格復興のカギとなる来年度予算も与野党協力して編成し早期成立を実現することに全力を挙げるしか生き残る道はない。その前提として「来年度予算成立後の衆院解散」を約束するくらいの度胸と度量がなければ、新政権もまた1年で断末魔を迎えることになりかねない。
(平成23年8月30日記) 泉 宏 |
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