「鳴り響く政治決選の号砲」(2008年9月)
「まさか」「またか」――。防災の日の9月1日夜。永田町を大型ハリケーンが襲った。
突然「ヤーメタ」と他人事総理。夜更けの大都市繁華街では「福田首相、退陣表明」の号外がまき散らされ、政局秋の陣はいきなり、本番に突入した。「寸前暗黒」――。永田町の格言は生きていた。
後継者を決める自民党総裁選は10日、告示された。投票日は22日。大本命の麻生太郎幹事長を先頭に、与謝野馨経済財政担当相、小池百合子元防衛相、石原伸晃元政調会長、石破茂前防衛相の5人が立候補を届け出た。実力者に女性と若手政策通。百花繚乱だ。テレビ出演や地方演説会などお祭り騒ぎが続く。
かたや、8日告示、21日投票の民主党代表選は予想通り小沢一郎代表の無投票再選。満を持しての小沢氏の政権奪取宣言も自民総裁選劇場の前にかすんだ。
勢いづく自民党は、早くも、麻生政権誕生を前提に10月解散―11月総選挙に走り出した。本命は10月28日公示―11月9日投票。最短なら10月26日投票もあり得るという。
これを受け、与野党の別なく、現職衆院議員と立候補予定者の選挙活動は一気に本格化した。自公政権継続か、民主党政権誕生か。21世紀の日本の進路を決める政治決戦の号砲が鳴った。
他人事総理の「あなたとは違うんです」
それにしても、である。福田康夫首相の突然の退陣表明には誰もが「脱力」した。
9月1日午後8時過ぎ、マスコミなどへの首相官邸からの連絡で騒ぎが始まった。「9時半から首相が緊急会見」。首相と一体であるはずの官邸職員もほとんどが「寝耳に水」。孤高の人・福田首相の秘密主義は徹底していた。
時間通りに始まった退陣会見。独白のようにメモを読み、思うようにならない国会運営、民主党への恨み言を繰り返して「本日、辞任することを決意しました」。
続いての質疑応答。質問者は計8人。淡々とした首相の表情が一変したのはこの最後のやりとりだった。
「一般に、総理の会見が国民には他人事のように聞こえると言われてきた。今日の退陣会見を聞いても、そのような印象だ。安倍前総理に続く、こういう形の辞め方になったことについて、自民党を中心とする現在の政権に与える影響というものをどのようにお考えか」
「現在の政権。自民党・公明党政権ですか」
「はい」
「それは、順調にいけばいいですよ。しかし、私のこの先を見通す、この目の中には、決して順調でない可能性がある。また、その状況の中で不測の事態に陥ってはいけない。そういうことも考えました。『他人事のように』というふうにあなたはおっしゃったけど、私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたとは違うんです」
会見場が凍りついた。
3週間前、五輪連覇・北島康介が涙のインタビューで発した「何も言えねぇ」とは対極の「捨て台詞」。
皮肉屋の永田町スズメはつぶやいた。「今年の流行語大賞の有力候補かな?」。
「2ちゃんねる」にすぐ「あなたとは違うんです」のスレッドが立った。
ごり押し公明けん制、小沢民主を肩透かし
政治的に検証すると、このやりとりには福田流の「退陣の理由」が凝縮している。
首相の言葉を翻訳すると@このまま国会に突入しても、公明党との間はうまく行かない可能性が高いAインド洋での給油継続の特措法を再議決しようとしても、公明党が反対すれば無理Bそうなれば早晩、民主党の思惑通りに解散に追い込まれ、福田政権は野垂れ死にし、自民党は選挙で惨敗するCそれが読めるから今、局面を変えるため退陣するのだ――ということ。
支持団体と党の事情を優先して要求をごり押しする与党・公明党へのけん制と、政局オンリーで攻め立てる小沢・民主党への肩透かし、である。
政治家・福田康夫の「最初で最後の政治的パフォーマンス」だったともいえよう。
永田町流の戦略・戦術論としては正しい。
小沢民主党代表が再選出馬を表明したのが同じ1日の午後。「狙い澄ました退陣会見」(首相側近)でもあった。その後の後継総裁選びのお祭り騒ぎをみても、首相は「してやったり」だろう。
ただ、冷静かつ大局で考えれば、やはり「余りにも無責任」(自民長老)のそしりは免れない。
安倍晋三前首相が「体調不良」で突然政権を投げ出したのが一年前の9月12日。2代続けての政権投げ出しに外国マスコミの反応は一様に「日本の政治は不可解」。明らかに国際社会での日本の信用はがた落ちしている。
日本国民にとっても素朴な疑問は「それなら、なぜ、一年前に首相になったの?」「なんで内閣を改造して景気対策をまとめたの?」「総理大臣って、国民のために困難に立ち向かう人じゃなかったの?」等々いくらでも湧いてくる。
自民党だけでなく政治そのものが失った信頼は回復不能にもみえる。
5氏が立候補、華々しく「顔見世興行」を
しかし、そうした「正論」「あるべき論」とは関係なく、現実は進む。
10日午前11時。自民党本部で総裁選立候補の受け付け。届け出順はくじ引きで@石原A小池B麻生C石破D与謝野――と決まった。
新聞やテレビはこの届け出順を報道の基準とするので、5氏を並べた写真は真ん中が麻生氏、左右の端が石原氏と与謝野氏となる。なにやら暗示的だ。
親子二代での挑戦となる石原氏は「大先輩の胸を借りるつもりで挑戦する」、初めての女性候補の小池氏は「今日から自民党が生まれ変わる。オンリーワンの精神でいく」、本命の麻生氏は「一年以内にある総選挙で誰が民主党と戦うのか」、防衛オタクといわれる石破氏は「安保と国民生活を一体として語れる世の中を」、最年長で政策通の与謝野氏は「真実を国民に語って理解を得る努力をするのが政治家の責任」などと、それぞれ総裁選出馬の決意と理由を語った。
選挙期間は12日間。5人が一体となった「総裁選一座の顔見世興行」がマスコミを巻き込んでにぎにぎしく展開される。それがそのまま解散・総選挙につながることを狙った自民党自作自演の大芝居だ。
今回の総裁選は「緊急事態」ということで自民党所属国会議員の386票(市長選出馬で失職する見通しの1人を除く)と各都道府県に3票が割り当てられた141票の合計527票で争われる。投票は22日午後自民党本部で行われ、第1回投票で過半数(264票)を超える候補者がいなければ、上位2名の決選投票となる。
選挙はやってみなければ分からない。自民党総裁選は過去、幾多の逆転劇などドラマを生んできた。今回の立候補者5人というのは、現在のような総裁選方式となってからでは最多。しかも、派閥単位での投票ではなく、大派閥が実質的に自主投票となるのは初めての事態だ。
ベストシナリオは「決選投票で麻生」
しかし、福田首相が退陣表明した直後、自民党実力者や幹部達の間で考えられた「総裁選シナリオ」は(1)総裁選を麻生氏の独走にはしない(2)そのため、3人以上の候補者を立てる(3)その中に女性候補を加える(4)票を分散して決選投票に持ち込む――というものだった。
もちろん、麻生総理・総裁を前提としたシナリオで、24日召集の臨時国会で首相指名・新内閣発足、29日の首相所信表明、10月1日からの衆参代表質問を経て10月3日夕にも解散、という日程が念頭にある。
民主党が「起死回生を狙った壮大な猿芝居」と批判するのも当然だ。自民党執行部の連絡役となるある中堅議員は苦笑しながら言った。「自民党議員はみんな分かっていると思うんです。でも、本当にシナリオ通りに踊ってくれるのかは正直いって不安です」。
すでに票固めは進んでいる。
麻生陣営は「議員票で165票、地方票で100票とれば過半数。これに何票上積みできるかが勝負」と意気込む。もちろん、一回戦での過半数獲得が目標だが、あえて楽勝ムードを否定する。問題は誰が2位になるか、というよりするか、である。世論調査の人気投票などでみると、麻生氏に次ぐ人気者は小池氏。これに石原氏が続き、与謝野、石破両氏は支持が少ない。その一方で、党内的に見ると与謝野氏の評価が高く、小池、石原、石破各氏の支持は限定的だ。
ベストシナリオは1回戦で麻生氏の得票が230票程度にとどまり、与謝野氏が他の3人を僅差で抑えて2位。決選投票で与謝野氏の議員票が伸びて麻生320票、与謝野200票くらいで決着、互いに健闘を称え合って大団円――というもの。
しかし、選挙は相手を攻撃することからスタートするため、どういう展開となるかは予測不能。党幹部も「自民党内の反麻生組は潜在的なものを含めると三分の二以上。本気のけんかにすると、大逆転の可能性もゼロではない」と苦笑する。
「やがて悲しき…」――政党政治の正念場
「寸前暗黒」「政界一寸先は闇」。言い古された言葉だが、今回の政変劇をみると永田町では格言は生きている。
そのこと自体は悪いことではない。ただ、これまで起こっていることのすべては「永田町の論理」である。残念なことに国民目線はどこにもない。
おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな(芭蕉)。
5人の総裁候補の一人でも、魂胆が透けて見えるような発言や態度を示せば、総裁選劇場は国民からのブーイングに包まれる。もちろん、小沢民主や他の政党の対応も同じように厳しい視線にさらされている。ワイドショーに一喜一憂している場合ではない。日本の政党政治の正念場、である。
(2008年9月10日記)
平河三郎 |
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