「デフレスパイラルの麻生内閣」(2008年12月)
年末。クリスマスとお正月。ジングルベルが鳴り響く盛り場に酔客があふれていたのはもう昔話。「百年に一度」の大不況直撃で庶民の財布のヒモはこれまで以上に固い。花のお江戸の銀座など、大都会のごく一部には賑わいが残るが、地方都市は一様に寒々しい。アメリカがくしゃみをすれば風邪を引くと言うのがこれまでの日本だったが、アメリカが肺炎ならいったいどうなるのか。先の見えない不安と苛立ちが列島を覆う。
今年の世相を表した漢字は「変」。もちろん今年一年のさまざまな「変化(チェンジ)」からとったものだが、永田町に限って言えば「なにか変」の「変」としか読めない。「あなたとは違うんです」といって突然政権を投げ出した前首相と「漢字が読めない」ために人気急落で解散もできない現首相、その首相を「チンピラ」と呼んで「解散しろ」一点張りの次期首相候補。「どっちも嫌い」が6割という世論調査結果に政治への国民の不信と怒りが凝縮している。今年もあと一週間。直下型地震のような不況に年越しもままならない多くの国民にとって、永田町で繰り広げられている権力闘争は「本当に変」としか言いようがない。
半月前の12月8日。あの真珠湾攻撃からちょうど67年。奇しくも同じ月曜日。凍りついたのは米国でなく政府・自民党だった。朝日新聞22%、読売新聞と毎日新聞21%―。各社がいっせいに実施した世論調査での内閣支持率の数字。麻生政権発足からわずか2カ月余で支持率半減。しかも、不支持率は6割前後に達した。「明るく元気」が売り物の麻生太郎首相も「すべては私の責任」とガックリ。首相周辺からは「もう、解散なんてできない。野垂れ死にかも」との悲鳴が漏れた。自民党内では若手、中堅、ベテランを問わず反麻生勢力がいっせいに会合を開き、首相批判の大合唱。小泉純一郎元首相も立ち上がった。しかし、首相を補佐するはずの幹事長も官房長官も傍観するだけ。自民党との協議で首相の指示が簡単に覆され、政策決定もままならない百家争鳴の無政府状態に陥った。
これで底かと思われた支持率急落にはさらに先があった。12月19日午後、時事通信社が配信した世論調査結果は内閣支持率16.7%・不支持64.7%。同社調査で前月がそれぞれ38.8%・36.5%だったのだから半減どころではなかった。直前に数字を知らされた自民党幹部は「そこまで下がったか」と絶句。首相側近も「支持率下落も底なし沼なのか」と頭を抱えた。「アメリカはオバマ、日本はオバカ」。口の悪いタレントの冗談だが、笑って済ませられる話ではない。国民からリーダーが信用されない国を他国が評価するわけがないからだ。ワイドショーはこぞって不況と政治の混乱を取り上げる。「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも」…。麻生内閣そのものがデフレスパイラルに陥った。
民主支持も下落、「蟹工船」の共産が上昇
アメリカは初の黒人大統領に夢を託した。比類なき演説の巧みさ、スマートな身のこなしに世界中が沸く。本当は無理かもしれない「アメリカの再生」を青年・オバマに期待する。その熱気はテレビ画面からも伝わってくる。それに比べ、日本の政治には夢も希望もない。内閣支持率急落の陰に隠れて目立たないが、政党支持率を見ると自民党だけでなく民主党も下落している。支持率が上昇しているのはあの「蟹工船」ブームに乗る共産党と終わったはずの社民党、それに「支持政党なし」の無党派層だ。
もちろん、「次期衆院選で比例代表ではどの政党に投票するか」との設問ではどの調査でも民主党が自民党を大きくリードしている。「首相にふさわしいのは」でも民主党・小沢一郎氏が麻生首相を上回っている。民主党が「一日も早く解散しろ」というのも当然だ。「一回は民主党にやらせてみれば」という声が多いのも事実。しかし、それは「民主党への期待」ではなく「自民党への失望と怒り」が原因だ。国民が不満のはけ口を探す中、メディアも含め、よってたかって批判の標的にされた麻生首相は「不運な政治家」(自民長老)とも言えるが、自分でまいた種という意味では「自業自得」だ。
「貧すれば鈍する」…。内閣支持率急落以来、自民党内では議員同士の罵り合いが目立っている。
反麻生の先頭を切ったのは渡辺喜美元行政改革担当相。二次補正の提出先送りに「政局より政策というのはウソだったのか」と噛み付き、支持率急落が報じられた12月8日には都内で開いた自身の政治資金パーティで、新党結成に向けて裸一貫で自民党を飛び出す覚悟をにじます一方、首相を退陣に追い込む戦略についても解説してみせた。麻生政権を「崖っぷち」と断じた石原信晃自民党幹事長代理、渡辺氏に同調する塩崎恭久元官房長官。この3人はいずれも前回金融危機に「政策新人類」として頭角を現したニューリーダー達だ。
百鬼夜行、「YKKK」も再編うかがう
また、総裁選で麻生氏の対抗馬として小池百合子元防衛相を担いだ中川秀直元幹事長は反麻生色の強い議員を集めて社会保障議員連盟を立ち上げた。「政界再編への布石」と受け取られている。さらに、小泉元首相とのYKKトリオで知られた加藤紘一元幹事長と山崎拓元副総裁も「自民党はもはや賞味期限切れ」と公言し、亀井静香国民新党代表代行、菅直人民主党代表代行との4人で「YKKK」なる会合を持ち、政界再編の機会をうかがう。まさに、百鬼夜行だ。
これに対し、細田幹事長は「離党するならしてみろ。刺客候補を送り込む」と露骨に脅しをかけ、塩崎氏は言論弾圧だとして安政の大獄を例に引き「幕府の倒れる時期を早めた」と応酬。小泉チルドレンを抱える武部勤元幹事長も「(刺客発言は)本当に馬鹿な発言」と批判した。まさに「売り言葉に買い言葉」。そのこと自体が自民党不信の連鎖となることを全く理解していない醜態だ。
このように、麻生内閣と自民党が混乱すればするほど支持率は落ち、解散・総選挙は即「政権交代」とのムードが高まる。となれば、麻生首相にとって、政策や外交などで成果をあげて少しでも支持率を回復させない限り、解散は「自殺行為」となる。もちろん、民主党は小沢氏が先頭に立って押せ押せムードで解散を迫るが、「追い詰めれば追い詰めるほど首相は解散を先送りする」というジレンマに陥りつつあるのも事実。
年明け以降の政治日程をみると、通常国会召集は1月5日。政府は冒頭に第二次補正予算案と関連法案、続いて本来の召集日だったはずの1月19日に来年度予算案を国会に提出する方針だ。自民党執行部は (1)国会冒頭に財政演説と各党代表質問を行った上で衆院予算委員会を開き、二次補正と関連法案を1月16日までに衆院を通過させる (2)2月中旬までに補正と関連法案を成立させ、定額給付金の年度内支給を実現する (3)補正成立後は来年度予算の審議に全力をあげ、年度内成立を目指すーとの日程を前提に与野党折衝を進める考え。
「定額給付金」めぐり与野党激突
これに対し民主党は「まず二次補正で国民の大多数がおかしいと考えている定額給付金も含めて強行突破しようとするなら、国会冒頭から徹底抗戦だ」と身構える。たしかに、与党が三分の二以上の議席を占める衆院では押し切られても、与党少数の参院は民主党の協力がない限り、審議の長期化は避けられない。民主党が参院で徹底抗戦すれば二次補正本体は2月中旬に自然成立しても、関連法案は「60日ルールによる衆院での再議決」は3月中旬までもつれ込む。しかも、再議決は「三分の二」が必要なため、もし、自民党内から17人以上の造反議員が出れば関連法案は成立しない。そうなれば、当然、二次補正の目玉政策である定額給付金も支給できず、麻生内閣は解散か総辞職の瀬戸際に追い込まれる。小沢民主党代表が「年明け以降、そう時間をおかずに解散・総選挙になる」と繰り返すのも、こうした政局展開を念頭においているからだ。
しかし、定額給付金を除けば、二次補正は民主党の要求もかなり取り入れた内容だ。民主党の抵抗で、なによりスピードが重要な景気対策の実施が遅れることになれば、民主党も国民の批判は免れない。その上、来年度予算の成立も大幅に遅れれば「民主党は政局優先で国民生活を無視している」との不満が噴き出る可能性もある。ここにきて民主党が定額給付金をやめてその財源を雇用対策などに振り向ける修正案を通常国会冒頭に提出する方針を示したのも、批判を恐れてのことだ。「徹底抗戦」か「柔軟対応」かは、その時点での世論次第というわけだ。
来年度政府予算案は景気対策を前面に掲げた過去最高の歳出規模となった。財源の多くはいわゆる「埋蔵金」。その存在をめぐって自民党内で政局絡みの論争があったことなど忘れたかのような豹変ぶりだ。ただ、麻生首相が強くこだわった消費税の引き上げ開始時期は「2011年」と明記する税制の「中期プログラム」が来年度予算案とともに閣議決定された。
「選挙だ、再編だなどと言っている場合ではない」ー首相
クリスマスイブの12月24日昼前、予算編成終了を受けて記者会見した麻生首相は「異常な経済には異例な対応が必要」と自ら予算の具体的内容をパネルで説明。その上で「一部に選挙だ、連立だ、政界再編だという声があるが、百年に一度の危機だ。そんなことを言っている場合ではない。どんなに批判があっても立ち向かう」と政策遂行への不退転の決意を表明。民主党が定額給付金の分離を求めていることについても「今、その考えはない」と拒否する姿勢を明確にした。
ある新聞のコラムで「ブッシュ米大統領は靴を投げられ、日本の首相は匙(さじ)を投げられた」揶揄された麻生首相。年明けには首相公邸に入って「職務に精励」するという。側近によると支持率急落にも首相は「いまさら気にしてもしょうがない。前に進むだけだ」とめげている様子はない。
連日、新聞やテレビは「不況」「首切り」など暗いニュースのオンパレード。政治や経済だけでなく、日本全体が「負の連鎖」ですくんでいる。3ヵ月前の9月24日。就任記者会見の冒頭、「日本を明るく強い国にする。それが私に課せられた使命」と決意を語った麻生首相。初心に戻って、周囲の雑音などに惑わされず、遮二無二前進するしか道はない。
(2008年12月24日記)
平河三郎 |
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