意見交換「今後の経済協力のあり方について

(平成9年5月19日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(林田悠紀夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
  国際問題に関する調査を議題といたします。
  本日は、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」のうち、我が国の今後の経済協力について自由討議を行います。
  まず、本日の運営について御説明申し上げます。
  本日は、我が国の今後の経済協力について二時間程度、大体六時をめどにいたしまして、これまでの調査を踏まえ、委員相互間で自由に意見交換をしていただきたいと存じます。
  また、発言に関しましてお願いがございまするが、大体一人一回当たりの発言を五分以内にしていただきまして、必要がありましたならば二回、三回とお願いをしたいと存じます。
  それでは、これより我が国の今後の経済協力について自由討議を行います。
  これまでの政府及び参考人に対する質疑、自由討議では、我が国の経済協力をどのように評価し、経済協力の進め方はいかにあるべきかが議論の中心になっておりました。
  また、ODAに関しては、国民の理解、支持、参加を得たものとしていくため、情報公開の促進、NGO等との連携の強化、さらに国会の関与はどのように進められるべきかも同時に議論されてまいりました。
  これらを一つの切り口といたしまして、委員の皆様方で自由に意見を交わしていただきたいと存じます。
  それでは、御発言を希望される方は挙手をお願いいたします。
○馳浩君 自由民主党の馳浩でございます。よろしくお願いいたします。
  日本の経済協力のあり方についてひとつ考える、これは大きな問題点だったと思うんですけれども、我々が調査会でこうやって議論しておるさなかに、昨年の十二月来、ペルーの日本大使公邸におきまして人質事件がありました。無事、無事といいますか、武力突入によって解決したわけでありますけれども、こういうペルーにおいてテロリストが日本大使公邸に突入して人質をとったという事件の背景には、日本の経済協力のあり方に対するペルー国内の不満といったものが、一つそのはけ口として日本大使公邸がねらわれたというふうな象徴的な事件であったのではないかと思います。
  そういう意味では、今後より一層経済協力のあり方について国民の理解と、それから援助を受ける国の国民の理解というものが得られるような進め方がぜひ必要ではないかということを、これは我々日本国民に対して示した事件であると思いますので、この点についての今後の取り組みというものを大切にしていただきたいと思います。
  と同時に、私は連休にレバノンという国を訪問してまいりまして、無償、それから円借款、技術協力といった経済協力の点についてレバノンの首相、大統領、議長と懇談をしてまいりまして、非常な示唆を与えられました。
  といいますのも、例えばレバノンの首都ベイルート南部の二つの都市において、日本は百三十億円に上る環境に関する有償資金援助協力を行っておりまして、大変な感謝の言葉をいただきました。
  といいますのも、まだまだ復興に向けて再興途中にあるレバノンの国内ではありますけれども、その中でもとりわけ都市の上下水道の整備、それから汚水処理、そういったものに対する支援というものを日本が中心になって資金を協力してくれたということの理解でありまして、こういった分野に関して日本が積極的に協力していくといったことは、やはりその国にとって喜ばれる生活、民生部門の発展にかかわることでありますから、今後とも積極的にしていくべきであろうということを私も理解いたしました。
  と同時に、これは本当に細かいことでありますけれども、三千八百万円で柔道の畳とか施設、これを一昨年ほどまでに日本として寄附しているんですね。ところが、レバノンの柔道協会の方々から、日本に柔道の畳を援助していただいたけれども、教える人がいないので、年をとってもう十分教えられないので、若い指導者をぜひよこしていただきたいと。といいますのも、二年後にはレバノンにおいてアジアの競技会が行われますので、それまでにやはり指導者を十分派遣していただきたいというような点で要請がありました。
  と同時に、感謝の面で、レバノンから日本国内に、ODAの技術協力の中で昨年においては八名のODAを活用した人材を派遣して育てていただいて、そしてレバノン国内に戻って技術者として活躍してもらっている。そういった点での感謝をするという言葉をレバノンの大統領からいただきまして、より一層人的な貢献というものが必要であろうということも再認識をいたしまして、あらゆる面において日本の経済援助が本当に期待されているというふうな印象を受けました。
  そういう観点からも、その国の内情に応じた、そして感謝される、そして日本国内の国民からもODAにお金を出すということに対して理解を得るような方法でもって経済援助が進められていくべきだということをまず私最初に発言させていただきたいと思います。
  以上でございます。
○赤桐操君 アジア太平洋地域の経済と経済協力について意見を申し上げたいと思います。
  アジア太平洋地域の経済は、この地域の人々の努力と、我が国や欧米諸国からの投資、技術移転などが相まって自立的な発展の軌道に乗ることができたと思います。今後は、人口、食糧、環境、エネルギーなどの中長期的な課題を多国間の地域協力でどのように解決していくか、またアジア太平洋の発展途上国が開発に伴う環境問題や貧富の格差などをどのように克服し、是正していくかがかぎであろうと考えられます。
  この調査会でも、アジアの経済発展に寄与してきた我が国の経済協力、とりわけODAについてさまざまな建設的な意見が述べられてまいりました。その中で、多くの参考人や委員の先生方の意見は、我が国のODAが曲がり角に立っていること、限られた財政のもとで国民の支持と参加が得られるODAにしていくためには官民一体となって知恵を出し合っていかなければならないということであろうと思われるのであります。
  ODAの実施体制の強化、情報公開の充実、NGOを初め国民の参加の促進、評価体制の拡充などを進めるためには、国会がODAについての基本方向を指し示し、ODAの実施状況と政府の対応方針が国会に報告されることを通じて、国民に情報が提供され、風通しのよい国民的な論議がなされることが大切であると思われるのでありますが、基本法の問題を含め、ODA改革については、本来の最終年に向けて検討が深められるべきものと考えられるのであります。
  この二年目では、多くの参考人、先生方から一致して取り上げられた保健・医療、教育などの社会開発分野にODAの重点をより一層置くというソフト面におけるODAを重視すること、来年度以降のODA政策、予算に反映させるよう政府に求めていくべきではないかと思われます。
  あわせて、青年海外協力隊員の身分保障、帰国後の能力の活用を初め、NGO関係者にODA事業に携わってもらうなど、国際協力、国際交流の分野における人材育成に本腰を入れて取り組むべきものと考えられます。
  このように人材の養成は我が国のためだけではないのでありまして、APEC諸国というかアジア太平洋諸国の共通の若者の教育、研修の場が考えられてよいのではないかと思われるのであります。
  以上であります。
○齋藤勁君 ただいま赤桐委員のODAの人材についてのお話がございましたけれども、私も関連をいたしまして、人材の開発等にかかわることについて一、二提案をさせていただきたいというふうに思います。
  厳しい我が国の財政状況のもとでございます。この間の議論の中でもODAそのものが聖域ではないという認識が広く示されているわけですけれども、そういう中で、日本のODAは今まさに本当に曲がり角に来ているんだなという印象をやっぱり強く持たざるを得ないと思います。
  事実、政府サイドでも、外務省の二十一世紀に向けてのODA改革懇談会を初め、通産省、経済企画庁といった関連省庁の審議会等でも今後の日本の経済援助について議論がなされておるんですけれども、この国会においても日本の経済援助につき議論を深めていくことが必要不可欠ではないかというふうに思います。
  いずれにしましても、ODAそのものは日本の国際貢献の重要な柱であり、国際社会における日本の評価に直接結びつくものでありまして、私ども当調査会におきましても、今後ともその理念、実施体制あるいは事後評価体制、そして国会の関与を含めました問題につきさらに議論を深めて、長期的な視点、視野から必要なことは政府に言っていくことが必要だというふうに思っております。
  さて、二年目に入りました調査会でございますが、参考人、そして各議員の間でODAについて活発な議論がされてきています。その中で、援助のいわゆるソフト化について多くの方々が意見を述べられてきたというふうに思います。
  インフラの整備の重要性とそれに対するODAは言うまでもないんですが、特にこの十年間において約二兆ドル必要だというふうに言われるアジアのインフラ整備にどのように対応していくのかということは、これはもう別途検討していかなきゃならない問題だというふうに思います。そして、ハードからソフトへという考え方は、一般論として今後の援助を考えるに当たりましてキーワードになるものであり、ソフト化の推進については、当調査会からも意見具申をしていくべきものと私は判断をしております。
  ところで、ハードからソフト、一口に援助のソフト化といっても、その内容が大変多岐にわたっていると思います。
  私は、人材の開発、とりわけ留学生の受け入れにつきまして一言申し上げさせていただきますけれども、留学生の受け入れば、長期的に見ていわゆる親日家、そういう人を養成することができる極めて重要な事業であるというふうに思います。すなわち、実際日本に生活をしていただく、そして日本人、日本社会を理解した留学生が母国ないし国際社会で活躍することは、当該留学生だけでなくて、日本にとっても重要な財産になるというふうに思います。現在、政府では留学生十万人計画を推進しておりますが、去年の五月現在での外国人留学生は約五万二千人であり、二〇〇〇年には十万人の留学生受け入れとの同計画の実現には非常に疑問符も実は持たれております。留学生数の伸び悩みにこたえるためには、受け入れ体制の整備といった条件面の整備にとどまらず、留学生事業の持つ意味を理解し、グローバル化の中でのいわゆるソフトパワーの充実といった観点から政策を立案していくということが不可欠であるというふうに思います。
  最後にもう一つ、人材開発という点から一つ加えますと、途上国内における高等教育機関進学のための奨学金をODAを使って出すことができないのだろうかというふうに考えています。途上国内での高等教育機関進学のための奨学金をこのODAを使って出すということです。
  言ってみれば、途上国において優秀な学生の方々が国外に留学する道がある一方、残念ながら経済上の問題から、能力はあっても国内の高等教育機関にさえ進むことができないという多くの若者がいるというふうに思います。ついては、このような制度、ODAを使って奨学金をということを実現するために政府において検討を開始するよう、この私どもの調査会で提言をしていくということにはならないのだろうかということについて、私の方から提案をさせていただきたいというふうに思います。
  以上です。
○笠井亮君 この間の参考人質疑の中で、参考人からも経済協力のあり方について、各国の活力ある国内経済の発展あるいは豊かな国民生活につながるかどうかということが重要なメルクマールの一つとして強調されたと思います。まさに対等、公平とか、あるいは自主性などのさまざまな原則が貫かれるべきであるというふうに考えております。
  そこで、経済協力をする対象の相手国が一体何を望んでいるかということなんですけれども、ことし四月に行われた第十二回の非同盟諸国外相会議の最終文書を見ましたが、その中ではこうありました。特に、より貧しい社会における開発と生活の質の向上に関心を向けることが最重要課題であるべきときに、開発支援に対する国際社会のコミットメントが弱まっていることを憂慮した、こう指摘がありまして、協力的自立の立場に立った対等の協力、これを先進国に強く求めております。
  また、この文書の中では、先進諸国に対して非経済的目的や国内政治の目的を達成するために貿易や投資を利用することを差し控えるように要求して、そうしたやり方が多国間経済システムと発展途上国の貿易・投資の展望に有害であると、そこまで警告をしていることを我が国としては重く
受けとめる必要があるんじゃないかというふうに思うわけであります。
  この点で、多国間経済協力の枠組みとしてのAPECの問題もさまざまに議論されましたが、この現状を見ますと、貿易・投資の自由化をめぐって、いわば自主性を重んじる途上国に対して、米国などが同等性ということでこれを主張して綱引きが展開をされているという現状があると思うんです。
  米国の意図は、昨年十一月にクリントン大統領がオーストラリア議会でアジア太平洋政策演説を行いまして、そこで明らかになったように、アジアの未来が不確かならば我が国、つまり米国の未来は確保され得ないという国益と関与の立場に立っているということだと思います。我が国がこれに同調してAPECに臨むようなこと、あるいは臨んでいるということは、まさに非同盟諸国の警告にあるように真の経済協力に資するものとはならないということを申し上げたいと思うんです。
  また、経済協力を自由に討議して進めていこうという枠組みとして始まったAPECについて、さきのフィリピン会議では政府は、経済問題を広い意味でとらえていく立場で臨んだということでありますが、まさにその行き着くところは政治安保機構ではないかという危惧が表明もされました。そういう中で、一昨年の大阪会議でアメリカが望んで、村山前首相が賛意を表明して、マハティール首相が大反対したような、APECを政治安保問題を協議する場につながるものにするようなことがあってはならないというふうに思うわけでございます。
  さて、ODAについても量から質への見直しということが共通して指摘されてまいりました。それはこれまでの進め方の破綻あるいは行き詰まりの反映だというふうに私は思うのです。同時に、ODA改革懇談会の「緊急意見」というのが去る十三日に出されました。これを見ますと、国益だとかあるいは企業益、企業の利益の立場からより効率化を追求するものになっているんじゃないかというのが率直な私の感想でありまして、そもそもそういう立場自体が経済協力とか援助ということになじまないんじゃないかというふうに率直に思っております。
  我が国民の多くは、テレビで目にするような飢餓、貧困にあえぐ諸国民を救済するのが本当のODAだと思っているし、そうあるべきだと思っている。ところが、軍事費と並んで二二%の伸びとなった一兆円にも上るODAの現状が、援助を必要とする貧困国には少なくて、米国の軍事戦略重点国援助を肩がわりしたり、ODAで食べているのはだれかという参考人の指摘もありましたけれども、国内産業の空洞化につながる大企業の海外進出の地ならしに多く使われているという現状があるんです。そして、それがしばしば腐敗の温床となっていると言わざるを得ないということがあると思うんです。
  まさにそういう中で、今ODAの質の根本にメスを入れて、飢餓、貧困の救済あるいは途上国の経済的な自立への貢献に根本的に切りかえるということをやっていけば、今よりも縮減した予算でも本当に援助を必要としている国々の人々に喜ばれる援助を行えて、十分にその役割を果たせるんじゃないかというふうに考えるところであります。
  ODA基本法については、二月二十四日でしたか意見表明があった際に、各会派の議員とも大いに推進していこうという意見表明をされているわけですから、改めてこの問題の具体化をどうするかということについて本調査会でも協議を具体化して詰めていくということを私からもぜひ希望しておきたいと思います。
○魚住裕一郎君 平成会の魚住でございます。
  先般、五月十三日、外務大臣の懇談会であります二十一世紀に向けてのODA改革懇談会、そこから「財政構造改革に関する緊急意見」というものが発表されました。集中的な改革期間においてできる限り財政負担を抑えて、しかもODAに期待される役割を確保していこうという観点から、二国間援助の推進を中心にしてやっていこうというような趣旨かと思いますけれども、意見が出されました。
  ただ、こういうような中で、マスコミ論調的にもかなりコストパフォーマンスというか効率性を考え、かつ地域も限定して特化すべきだというような意見も出ております。ただ、私自身は、このODA、経済協力というものがおくれた国を助けるというような発想ではなく、人類の一員としてあるいはアジアの一員としてともに生きる、共生というような観点からやはり続けるべきではないかというふうに考えております。
  そういうような中で、我が国の経済協力、ODAが途上国の自助努力を支援するというようなポリシーでアジア太平洋地域の成長に寄与してきた。そして、社会経済基盤の整備に努めるとともに、自立的な発展のために人材の育成、人づくり援助に重点を置いてきたことも評価できるというふうに思っております。
  高等教育や技術教育ばかりではなく、途上国それぞれの国情を十分認識しながら、初等教育の分野まで含めたすそ野の広い人づくり援助を行うこと、このプロセスにおいて留学生の受け入れを初めとする人的な交流、知的交流を進めて広い意味での親日家、先ほども出てまいりましたけれども、親日家を育てていくことは二十一世紀の我が国の平和と繁栄を確保していく上で重要な先行投資であるというふうに考えております。
  さらに、アジア太平洋地域が自然環境の保全と両立した安定した経済成長を遂げ、民族、文化の多様性を豊かにはぐくんでいくために、アジア太平洋文明とも奮うべき知的創造に向けてアジア太平洋地域の人的交流、知的交流の活性化、そのシンボルとして、例えばアジア太平洋大学とも言うべき教育交流ネットワークの創設も我が国が提唱すべき課題ではないだろうかというふうに考える次第であります。
  先ほど留学生のことも取り上げられましたけれども、十万人計画もございますけれども、留学生の大半は中国大陸の方々であります。留学生を多く受け入れようという体制のもと、その留学生の卵ともいうべき就学生、これは非常に国の入国管理の政策にも関係がありますけれども、多くの就学生をまず受け入れて留学生も多く来てもらう、これが今後の親日家を多く育てる大きなポイントではないかなということを申し述べて、私の意見表明を終わります。
○益田洋介君 まず今、留学崖の話が魚住委員の方から出ましたので、私の留学生に対する若干の考え方を述べさせていただきます。
  私が大学の理工学部に通っておりましたころ、二人の留学生がインドネシアとタイからそれぞれ来ておりまして、土木工学科だったものですから、帰ってお二人とも今エンジニアとしてもう指導的な立場にいらっしゃるというふうに仄聞しておりますけれども、かなり風習の違い、言葉の違いで彼らは在学当時やはり随分悩んでおりました。幸いにして明るい性格でありましたので、二人とも四年間充実した生活を彼らの場合は送ったような印象を受けております。
  しかし一方で、最近になっても聞きますことは、途中でやはり道を踏み外すといいますか、うまく方向修正ができずに、中途で志半ばで断念して帰っていかれるというような方も多々あると思います。私の知っているこのインドネシアとタイランドからの留学生は、たまたま二人とも素封家の出身であったということで経済的な苦労はしていなかったようですけれども、やはり勉強はしたいんだけれども、資金的な問題がどうしても解決できないといった方がいらっしゃると思います。私は、やはりこの国際問題調査会を通じて政府あるいは財界に奨学金制度の充実ということを訴えていくべきではないか、そのような印象を強くしております。
  また、先ほど笠井委員からODA基本法についてやはりもっと時間をとって検討すべきであろうという御提言がありました。私もこれには全く大
賛成でありまして、実は先輩の木庭議員とこの間この話をいたしました。我が党としては党を挙げて賛成したいということを確認しましたし、一昨年の通常会においては、新進党として参議院でつくった法案を衆議院でまず提出したという経緯もあったそうで、ぜひともこれはひとつ、成果物を調査会としても残すという意味からも、真剣にさらに検討を加えて法案として提出できるような形のところまで持っていきたいなというふうに考えております。
  それから、最初に馳委員からレバノンのベイルートに行かれたという話を聞きましたが、私にとっても個人的に非常に懐かしいところで、かつての自由貿易港であった時代に行ったことが一度あります。繁栄をしておりまして、非常に活気のある港であったという印象を持っております。そのときに食べた野バトが非常においしかったということもまた覚えているんですが、残念ながら騒乱状態に陥った後、こうした自由貿易港としての立場をとれなくなって、それが香港にすべて移転して今日の香港での繁栄が築かれたというふうな流れは自分でも見てきたつもりですが、現況を、政治情勢それから社会経済情勢その他について後ほど若干コメントいただければと思っております。
  ありがとうございました。
○上田耕一郎君 この調査会は以前全会一致でODAについての決議をつくって、これが九二年のODA大綱、政府の閣議決定にも大きな影響を与えた、そういう歴史があるんですけれども、前回外務省の局長も強調されたように、九六年度は何と三五%も減ってしまうという状況になって、先ほど赤桐委員も言われたような曲がり角にあると思うんですね。
  それで、ことしの参考人は数えてみますと七人お見えになって、それぞれ専門的な研究に基づいて非常に充実した意見を述べられたと思うんです。それで、調査室も七人の意見の要旨をまとめていただきましたし、きょうもまたその提言についてまとめていらっしゃるんですけれども、できればこの曲がり角のときに、以前の歴史的な役割を果たした決議に次いで、この七人の参考人の積極的提言の中で、全会一致になるようなものをやっぱりこの調査会のことしのまとめとしてつくるということにぜひ努力したらどうかと、そう思うんです。
  私も調査室でまとめていただいたものや議事録をもう一度少し見直してみたんですけれども、例えば特に第一のアジアの情勢について言うと、それぞれの参考人が、とにかくアジアの経済発展というのは非常にすごい、二十一世紀はアジアの世紀だというような評価をそろってお出しになっている。
  しかし、その中にさまざまな問題があって、リム参考人なんかは日本はどうも立ちおくれているんじゃないかという意見があるんですけれども、竹中参考人は、これはアメリカがアジア太平洋地域を新たなフロンティアとして猛烈な力を入れているということをかなり事実に基づいて述べられている。それで、同時に、ASEAN諸国の動向、特に中国が今後どうなるか、かなりいろんな議論がここにあったと思うんです。
  そういうアメリカの力の入れ方と比べると、アジアの経済発展で日本は大きな役割を果たしたんだけれども、今はどうも立ちおくれているんじゃないかというような指摘が出てくるような情勢の中で、じゃ日本はこれからどういうふうに特にODA問題についてやっていくかということを、参考人の方々の意見の中からくみ上げるべきものはくみ上げなきゃいかぬと思うんです。
  参考人の方々は、アジアの発展の中で同時にさまざまな影があるということを皆さんそろって指摘しています。広野参考人は、所得格差の問題、地域格差の問題を、それから農業のおくれの問題などはいろんな方が言われました。特に竹中、広野その他の方々は、アジアで環境問題の重大化、酸性雨、その他その他、これが非常に重大になるだろうということを述べています。竹中参考人は、同時に世界で唯一軍事拡大の地域にここがなっている、これは非常に大きな問題だ、そういう軍事拡大の問題などは大きなリスクを生み出しかねないということなども指摘されているわけです。
  そういうアジアの情勢の中で、日本のODAについてこれらの方々が述べておられることを少し考えてみましたら、まず第一は、日本のODAの目標、中身、この問題について幾つか出されています。
  一つはもっと自主性を強化してほしいという意見で、特に広野さんは御自分の体験に基づいて、欧米諸国にくっついていけばいいんだというのは直さにゃいかぬ、むしろ欧米諸国を刺激して、彼らをアクティベートして、新興工業国あるいは途上国が味方になるような方向に日本が働きかけていくべきだと。この中でマレーシアのマハティールさんのEAECとは違うけれどもと言って、やっぱり独自の東アジアにおけるそういう経済圏への日本の本当の味方としてのODA、このことを強調されている点があります。
  それから、リム参考人は、やっぱり日本の自主性を要望して自主外交の確立、推進ということを言われた。私たちもアメリカの戦略援助に追随し過ぎているんじゃないかということをずっとこれまで主張してきたんですけれども、やっぱり今のような状況の中でまず日本のODAの本当の意味での自主性、これを要望されている。
  私の質問に対して広野さんは、世界銀行の構造協議については数年前までは確かに日本は物を言わなかった、近ごろ言い出したということを言われたんだけれども、やっぱりこういう自主性の強化が一つ大事ですね。
  二番目に強調されているのは、西川参考人がやっぱり人間開発、これを強調されて、これは九〇年の国連開発計画でも出たし、社会発展、保健、教育、実質所得の増大等々、これは竹中参考人もODAというのは本質を言うと社会政策なんだということも言われている。リム参考人も民生の向上を大いに要望したいというので、やっぱりこれまでのやり方から発展途上国の人間開発、民生の向上、これに向けての転換というのがかなり共通して出されている二番目の問題じゃないかと思うんです。
  それから、具体的な中身については、有償、無償、技術協力、これが非常にばらばらだ、これを一元化してほしいというのを西川参考人もそれから経団連の藤原参考人も共通して言われておりました。これは十九省庁ばらばらだということともつながりがあるんでしょうけれども、新しい状況の中で、有償、無償、技術協力の三つをこの地域またそれぞれの国々あるいはブロックに対してどう有機的に一元化していくかということが指摘されてきていると思うんです。
  それからその次に、人的支援、教育の問題、人事交流の問題等々、これに力を入れてほしいというのはそれぞれの人が言われています。
  それから、さらに民間資本のこともさまざまの方が強調しておられて、日経の長谷川アジア部長は、アジア開発銀行が今後五年間に一兆ドル必要になっているが、ODAだけじゃ足りないので民間資本ということを言われたし、広野、藤原参考人もやっぱりその点を強調したんですね。だから、ODAの目標や中身についてもかなり転換を図るべき時期に来ていて、それをそれぞれの参考人がそういう研究に基づいてこの調査会で提言をされていかれたので、その辺について我々も主体的に一致できる点は盛り込んでやっていかなきゃならぬのじゃないかというふうに思うんです。
  最後に、ODAを実行していく体制についてもいろんな意見が出ました。やっぱり政府主導から国民参加、市民参加、こういうことを皆さん大変言われまして、NGOの問題等々をそれぞれ非常に強調されましたし、これはプラサートさんなんかもその点を強調されている。それから、特に西川さん、藤原さんは、今のODAの援助体制の一元化問題、それからOECFとJICA、これを統合して、十九省庁ばらばらなものを一つの国際協力庁にまとめてやっていただけないかという要望がありました。
  それから、ODA基本法については、きょうもいろいろ御意見がありましたけれども、馳さんはここで大変積極的御意見も言われたので、自民党からもそういう意見が出るのでこれは一致点になってくるのかなと、これはぜひ自民党としても検討していただきたいというふうに思うんです。
  そういう点で、国会審議の問題は参考人の方々は余り触れられませんでしたけれども、ただ藤原さんが余り個別のものを国会審議するとこれはなかなか動かないというんだけれども、我々もその点もある程度わかります。しかし同時に、ヨーロッパ各国でやっているようなそういうマイナスの起きないような形で、国民に責任を持てるような形での国会審議というのはやっぱり可能だろうと思いますので、ODAの基本法の提出と同時に、国会審議の問題なども大いに前向きにやっていきたいと思うんです。
  以上、この一年間で七人の方々から出された問題点を、調査室もいろいろまとめてくださっているんですけれども、ことしの報告にぜひ盛り込む方向で努力させていただきたいというふうに思います。
  以上です。
○林芳正君 ありがとうございます。
  諸先生から何点かもう御意見がありましたので、重なるかもしれませんけれども、私が考えておりますことを述べさせていただきたいと思います。
  今、財政構造改革ということで、かなりここ数年、今からは財政事情が厳しい中でODAの額というものはこれはもう減る傾向にあるということを我々も認識をしていかなければならないということは、各参考人からあったとおりであるというふうに認識をしております。たまたま来年度におきましては、多分為替もこういう状況でありますから、ドルベースにするとかなりの減少というものを見込まなければいけないんではないかな、こう思っております。
  そういった情勢の中で、やはり量から質への転換ということをいろんな方がおっしゃっておりまして、その中で私は、いろんな方がおっしゃったわけですけれども、法律で決めるか大綱ということにするかは別といたしましても、基本方針というものをやっぱり再構築する必要性があるだろう、こういうふうに思っております。
  我が国の国益ということのために税金を使うということであれば、我が国の外交のツールという側面をもう少し強く打ち出すべきではないのかというのが一つであります。また、基本理念としては、世銀のレポートで「イースト・エイジアン・ミラクル」というのがこの五、六年になって初めて出てきたわけでございまして、アジア型の開発理論といいますか、そういうものに対する我が国の考え方というものをもう少し明らかにしていくべきではないかな、こういうふうに思っております。
  これは、開発独裁がいいとか悪いとかいう話ではなくて、もう少しその国の経済の発展段階に応じていろんな経済の制度があるはずであるというようなことを、我が国のみずからの歴史を振り返りながら、アジア型の発展モデルというものをもう少し理論的に構築していってもいいんじゃないかなという気が私はしております。
  そういった意味で、外務省におきましてはFASIDというところで、援助理論についてのまだささやかながらも大学院的なものをつくっておられるようでありますけれども、いろんなところでばらばらにやるのでなくて、むしろどこか一つに統合しまして、この援助理論というものをまず基本の理念と、それからどうやったら効率的に実施できるかということについて、またその他についてもう少し学問的に深める場があってもいいんではないかな、こういうふうに思っておるところでございます。
  その中で援助体制というものも当然出てくるわけでございまして、今行革の議論の中で輸銀とOECFの統合というものをもう一度白紙に戻して輸銀、開銀というものをやった方がいいんではないかという意見もまた出てきておるわけでありますけれども、この輸銀、JICA、OECFという実施機関をどうやったらいいかということもむしろこの場でいろんな議論をしていただいたらと、こういうふうに思っております。
  また、国会の関与の仕方、先ほど基本法というお話も出ておったわけでございますけれども、どこまで国会が関与していくかというのは、この行政と立法の関係という意味においても大変に難しい問題であります。最近の論文を見ておりますと、アカウンタビリティーとエンパワーメントという議論が出ておりまして、私はこれは傾聴に値する議論だなと思っております。
  財政事情が厳しい中で納税者の方のお金を使うということでありますから、これはアカウンタビリティーということは大変に大事になってくるわけであります。一方で国会から行政機関、また行政機関から現場の実施機関に対するエンパワーメント、ある程度任せるという考え方というのも実際に効率的に物事をやっていく中で必要になっていくのかなと。
  そしてもう一段階、この実施機関から相手国の政府、また実際に今から援助がなくなった後で自分たちで国をつくって運営していかれる相手国の方に対するエンパワーメントということも、この援助理念、また理論の中に取り入れていかなければならない概念であろうと私は思っております。その辺をこちらの調査会で十分な論議をこの残りの一年間で尽くしていただければとお願いを申し上げまして、意見の表明とさせていただきます。
○馳浩君 先ほど益田理事からお尋ねがありました点で、レバノンの政治状況、それから日本とレバノンの二国間関係、それからベイルートを中心とした再建計画といった問題、これは恐らく日本としての経済援助の問題にも絡んでおりますので、その点について簡潔に三点申し上げさせていただきたいと思います。
  十八年間に及ぶ内戦が終わりまして、現在のレバノンは政治的には安定しております。といいますのも、国会が百二十八議席あるんですけれども、そのうち六十四議席をキリスト教系、残りの六十四議席をイスラム教系で分け合う形になっておりまして、それがはっきりとしておるだけに政治的な均衡が保たれている、緊張感の中で政治が安定しているという状況であります。
  ハラウィ大統領がキリスト教のマロン派、それから議長がベリ議長といいましてイスラム教のシーア派、これはある意味では過激派の民兵組織の議長であったんですが、これが国会における議長としてにらみをきかせているといった形です。そして、首相がハリリ首相といいまして、これはもともとサウジアラビアの土建会社で成功した実業家なんです。一九九二年に首相に選任されて以来、中東あるいはヨーロッパ、フランス、イギリスなどの資本を活用した国家再建計画といったものをつくりまして、それを強力に実行して、非常に積極的に対外関係にも取り組んでおられるハリリ首相、これがイスラム教スンニ派、この三党体制で政治が緊張感の中で安定しておるという状況でありました。
  それから、日本との関係なんですが、昨年の五月にやっと在レバノン日本大使館が再建されまして、石垣大使が赴任をされました。レバノンに対する日本としての援助ということで、友好な関係を保ちましようということなんですが、私が感じた印象としては、日本としては非常に腰が引けているという印象を受けました。なぜならば、内戦が終わり次第もう二年前ぐらいから欧米の国は大使館を再開して、あるいは内戦中も滞在して援助をしておったにもかかわらず、日本は安全にならないとやってこないのかという意味で、レバノンという国に対する理解が浅いのではないかという意味での非難の声というのが町の中にありました。
  それは、レバノン市内の声とか国内の声だけではなくて、パーティーで伊藤忠、それから太知、日商岩井などの商社の皆さん方とも懇談する場がありまして、実は我々はヨルダンのアンマンとかけ持ちでこのレバノンにいるんだ、ベイルートに来ているんだ、もうちょっと日本が早く大使館を再開してくれれば我々もビジネスチャンスに飛びつくことができて、我々の資本をうまくベイルート復興計画にも活用できたのにちょっと残念である、日本として政府が表に立ってもっと支援計画に参加するべきであったのではないかという声があったのも事実であります。
  もちろん、日本赤軍の話もありましたが、これは司法手続にのっとって、レバノン国内における不法滞在であるとか旅券偽造であるとか、そういった犯罪を犯しているので、裁判の後、刑期は恐らく十年ぐらいだろう、それが終わり次第身柄は引き渡すという公式発言でありましたが、恐らく今後の日本との関係によって刑期が早まるのかなという印象も国会内にはありました。
  最後に、ベイルート市内は実は町じゅう至るところが建設現場でありまして、私はある意味では途上国という見方をしておったのですが、大変認識違いをいたしました。
  といいますのも、株式会社ソリデール社という民間の会社は、地主が大体株主となって、その株を買っているのが在外のレバノン人であったりアラブ人であったり、あるいはヨーロッパ、アメリカの資本であったりするわけです。
  民間会社がインフラ整備をしたり、あるいはビルを建てたりして、そのインフラ整備があと二年で終わると言っておりましたけれども、終わった後に道路であるとか上下水道であるとかビルであるとかを国に売るんだそうです。よくそんな資金がありましたねというふうな言い方をしましたら、いやいや、何をおっしゃいます、もともとレバノンというのは昔から自由貿易経済の中心でありまして、金融でもっていた町でありますから、そういう意味での資本というのは十分在外レバノン人であるとかアラブの方々とかに株式を買っていただいて、損をするような国の再建というのはしませんというハリリ首相の意見をいただきました。
  と同時に、我々がレバノン空港に到着したときにマスコミにインタビューされたんですけれども、日本政府としてあるいは日本としてどんなプロジェクトを今回の訪問で我々に持ってきてくれたのかと、はっきりとそういうふうな聞き方をしてくるわけですね。
  そういう意味では、恐らく経済大国として彼らの耳に届いておるであろう日本に対する期待と、いや、我々は政府間レベルの外交の、ある意味では顔見せにやってきたんだという当たりさわりのない答弁をしましたところ、非常に落胆をしていた。という意味では、そういう民活の部分で非常にはっきりと日本に期待する、そして政府レベルの援助においてもはっきりとしたプロジェクトを持ってきてもらいたいという声があったということで、ちょっとそういう点で、私も政治家としてそうかもしれませんが、日本としては援助について情報不足であるなということも感じましたし、その点での報告ということにさせていただきたいと思います。
  あと、実は先ほども上田理事に申し上げようと思ったんですが、ODA基本法の問題について、私の意見が最終的に自民党の意見になるかどうかわからないのですが、以前の意見表明のときにも申し上げましたとおり、国別援助計画あるいは事前審査、そして案件の進捗状況、それから事後評価といった面に関しての国会のやっぱり関与を強くするためにも、ODA基本法を通じて私たちが政府開発援助といったものに対してより声を反映させていく必要があるのではないかということを思っておりますので、それをまさしくこの調査会から上げていくべきではないかなという意見であります。
  以上です。
○板垣正君 私は、今までいろいろ講師のお話を伺い、またきょうの各先生方の御意見におおむね私自身も賛成であります。
  特に、予算が非常に制約されてくると、そうするとODA予算は削られるのは当たり前なんだというふうな流れが余りにすぐ出てくることを懸念するんですね。やはり財政が厳しい中で、もちろん量より質と、さっきお話のあったような内容的な問題というものも非常に重大でございます。
  同時に、やはり日本という国の立場からいって、これは援助といいますか、そういった実のある経済協力を日本も、これは日本自身が生きていくためにも積極的なODA、そしてまた、大きな曲がり角にあると言われるいろいろな角度から検討される必要がある。しかし、今までの特に東南アジア等についての援助、これは賠償から始まったわけですけれども、しかし引き続いての重点的なODA活動というものは、いろいろな問題点をはらみながら、しかし今日の活力のある東南アジアのああした姿というものと日本のODA活動というものは結びついているものも大きいと思うんです。そういう面では、過去は過去で評価しつつ、しかし変えるべきところは大きく変えていかなければならない、こういう考え方を持っております。
  そういう面で、この調査会でこうして検討されて、これは安全保障問題になると上田先生と一致できるかどうかわかりませんけれども、この問題ならいろいろな問題点で、まさに決議的な形でもお進めいただけるというふうなことで結構なことじゃないかな、こう思います。
  それで、私は三点言いたいんですが、やはり人材が大事だと思います。特に、我が国の場合、援助に当たる人たち、援助担当要員というのが諸外国に比べると少ないと聞きました。JICAでも全部で三百人ぐらいだというんでしょう。それがしかも日本相手には十九省庁があって、これまた煩雑で、つまりそういうことに追いまくられている。本当に地元の地についた活動というものが阻害されるといいますか、そういう点で、これまた非常に厳しい中ですけれども、やはり重点的に援助担当要員というものを、陣容、人材、質のいい、かつ人的にももっとふやしていく、重点的にふやしていくということが大事ではないか。
  それからもう一つは、千何百万の日本人が海外に行くというんですが、これとてつまり日本の国益のためにいろんな国と友好的な関係を開いていく、そういう意味合いを持ったODAということになれば、それを担っているのは皆日本人です。この間、あれは曽野綾子さんですか、ヨーロッパの方に行って、とにかく日本から来た若い女性の観光というのか、ブランド物の店にずらっと行列をつくってそういうものを買いまくるという姿、それを曽野綾子さんは、そういうのは本当に教養ある人たちの姿ではないんだ、むしろ逆なんだ、こういうことを痛烈に言っていましたね。
  そういう面で、じゃ今の学校教育でODAの意味というようなことを本当に教えているんだろうか。国民が関心がないとか、それはやり方が悪いから国民の理解が足りない面もあるかもしれませんが、私は、もっと基本として学校教育の面でも社会教育の面でも、やはりこの国柄からいって非常に大事なことなんだ、こういうものが十分教えられていないのではないのか。ほとんど無関心ではないのか、子供たちは。これは重大な問題で、今後は教育の問題でもやはり取り上げるなり、あるいはそういうPR問題なんかも、海外に行く人たちもそのぐらいのある程度の知識は持って行ってもらうというくらいの積極性が必要ではないか。
  それからもう一点は、透明性の問題がよく言われます。やはり事前の調査とかでき上がった検査とか、こういうものを本当にシステム的に透明性のあるものにしていかなければならない。そういう面も含めますと、やはり理念とかそういうシステム的なものについて一つの基本法といいますか、これは論議を積み重ねてきた問題ですが、大綱というのは非常に大ざっぱで、中国に大綱を本当に適用したら中国の援助なんかは私はできないと思うんです。
  そういうこともありますが、今、転機に来ているこの問題についての取り組みにおいては、やはり我々の責任としても一つの理念、システム的なものを織り込んだ基本法的なものも大いに検討に値するんじゃないかな、こういう感じを持っております。
  以上です。
○山崎力君 平成会の山崎でございます。今の問題で二、三、私なりの考え方を言っておきたいということがございます。
  今、板垣先生のおっしゃった言葉はまさにそのとおりなんですが、そうすると、過去のODAに対する政府・与党の対応が板垣先生のような考え方でずっと来たのかなというような感じをまず持ちました。方向性としては全く同じで、やはり基本法制定の方に行っていいんじゃないか、来年の我々の一つの活動の目標としてそういった基本法制定へ向けた動きをすべきではなかろうかと私自身は思っております。
  その前段階といたしまして私が申し上げたいのは、ODAの問題で我々がまず考えなければいかぬことは、量より質へということのあれもございますけれども、要するに、幾らでも金があれば、余裕があるときにできるよいアイデアというものと、金がなくなって不自由になったときに何をすべきかという意味でのアイデアというものは違ってくるのではないだろうか。その辺を我々がどう考えるかということが一点あろうかと思っております。
  そのときに、それを担保するといいますか保証するのは、先ほど林先生ですか、おっしゃられたアカウンタビリティーという言葉がまさに一番の基本になるだろうと思っておりますが、それもいわゆるアカウンタビリティーが国内に向けたものなのか、国外に向けたものなのか。両者に向けられたものでなければならないと思っております。それが国の外と内とで違うような説明があれば、これはまさに世界の中に生きる我々にとって大きな問題になるのではないだろうかと。そういったいわゆる日本向けと海外向けの説明が一致できるアカウンタビリティーというものをどう構築していくかということが一つの使命ではないかと思っております。
  そういった意味におきまして、私たちが考えなければいけないもう一つの点は、ODAに関しては基本的に二律背反性がある。我が国が自主的に考えるということであれば、ある意味においてはその対象国の意思に反する場合も出てこようと思うわけでございます。
  それから、昨今よく言われるインフラから民生へということも、果たしてその国がインフラを要望しているんだろうか、それとも民生を要望しているんだろうか、その政府に対する対応を我々がどうしたらいいのか絡んできます。
  我々としては、もうおたくのインフラはいいはずです、それより民生あるいは環境の方に金をかけた方がいいんじゃないですかということが、彼らにとっての自主性、インフラを整備してほしいという自主性を損なう場合、どう対応したらいいのか。それもケース・バイ・ケースで、ある国についてはインフラでいきましょう、政府の言うとおりインフラでいきましょう、ある国についてはもうおたくのインフラはいいから民生の方をやった方がいいんじゃないんですかとか、そういったことをどこのだれが判断してどうやるか、それを国民に説明できるのか、外国の政府に広く説明できるのか、そういった点が一番の問題になってくるのではないかと私は思っております。
  という意味で、最終的に我々がこのODAの問題を考える場合、本当に最初にかちっとしたことを決めておかなければならないのは、ODAに金を使うということが我々にとって国際社会へのメッセージであるという点でございます。自分たち日本という国が国際社会の中でどう生きようとしているのか、あるいはどういうふうに共生しようとしているかといったときに確固たるメッセージとして伝わるものであるということが、それが一種の対外的なアカウンタビリティーであろうと思うんです。
  それを私たちは、与野党を問わず政府を問わずこれでいくんだ、この基礎的な考え方でいくんだということを、単なる抽象論ではなくて、もう一歩進んだ各論にまである程度踏み込んだ形でできるかどうかということが、これからのODAのまず考えなければいけない基本的な点であろうと思います。それを国内的にも字にした形で明らかにするには、大綱よりもむしろ基本法の制定の方が望ましいというのが私の考え方でございます。
  以上でございます。

○木宮和彦君 皆さんの御意見を承っておりまして、ごもっともなことばかりで、板垣先生あるいは今の山崎先生、全くそのとおりだと思うんです。これから根本的にODAについてのフォーマルをつくると同時に、何が必要で何が本当にいいかということを、どうも今までの政治家とかあるいは財界の一部の人たちが恣意的に物事をやり過ぎたんじゃないかと。それは、金が余っていたからついそういうことをやったんだという結果論があるんじゃないかというお話がございました。私も同感でございますが、やっぱり少額精鋭といいますかあるいは少数精鋭といいますか、少なければ非常に苦労してむだのないようにやるのが本来のODAの精神ではないかと思います。
  私は、そういう難しい話はわかりませんが、学校の経営者でございますので留学生問題については非常に熱心に自分でもいつも考えております。御承知のように、中曽根総理大臣時代に十万人計画というものを立てまして、二〇〇〇年までに十万人というんですが、実は去年が五万三千八百人で十万人には到底達しそうもないです。それだけじゃなくて最近はちょっと減っているんです、前年度よりも。
  どこに理由があるかというと、いろんな理由があると思います。例えば語学の問題、受け入れる学校の問題、パスポートの問題あるいは生活環境が違う。バイトをしないと食っていけないとか、あるいは学位とか修士というものを簡単に出してくれないとか、言い出せば切りばないと思いますが、それにしても十万人の計画を立てたので、物でやるより人間の方がよほど賢いと、私はそう思うんです。
  これは、財界でつくっている留学生支援企業協力推進協会というのが財団法人であるんですけれども、これはどういうことをやっているかというと、各会社の社員寮を提供してくれ、最近は空き室もあるので、それをぜひ同じ値段で提供してくれと。そうしますと、二食つきで割合環境のいいところを二万円とか二万五千円くらいでもって置いていただける。それができますと、結局余りバイトをしなくても済むということで勉強が十分できる。
  それだけじゃなくて、日本人がほとんどでして、その中の空き室に二、三人かせいぜい五人くらいが入っているわけですから、日本人と非常に仲よくなる。そして語学力もつくと。管理人がいますので、管理人のおばさんなりあるいはおじさんが非常に熱心な人だと、その外国人留学生を一生懸命お世話する。それによって日本人が非常に好きになる。あるいは、食事も寮でやっていますから非常にバランスがとれた食事がとれる、だから余り栄養的におかしくならない、そういうことがある。
  それからなお、部屋も非常にきれいで、バス・トイレつきでありますが、それで安いということです。それと、もっと大事なことは、防災的に安全装置ができているということで非常に快適な生活が送れる。これはちょっとした会社の善意があればそれがある程度実行できるので、毎年四百人から五百人くらいの者がそれを利用しているようでございます。
  あの阪神の地震のときに神戸大学の学生の死んだ数は忘れましたけれども、大体七十人ぐらい亡くなったのかな、そのうち留学生が四十人ぐらい死んじゃったというんですね。なぜだといったら、特に中国人ですから、金がないものだから、もうあしたつぶれてもおかしくないようなところに、一万円とか一万五千円くらいの安い家賃のところへ住んでおって、やっぱりそれが一番最初にやられてしまって犠牲になったという話も聞いております。それじゃ何のために日本に留学してきたのか全く私はわからないと思うので、留学生をいかにしてふやして、しかも帰ってから向こうでもって立派に成功すればそれが親日家になるわけですから、ぜひそういう具体的なことを地道に重ねてやってもらう方がいいと思います。
  この間のペルーでもって、ペルーの医者が赤十字の人と一緒に行ったり来たりしているのがよくテレビに出ていましたけれども、あの人は日本語がぺらぺらなんです。なぜぺらぺらかというと、これは大阪大学の医学部に七年間おって、四年間は会社の寮の空き室におって、それで医学を勉強して帰られて、それで現在ペルーでもってお医者さんをやっているんです。この人は医者の技術もいいのでしょうけれども、それ以上に日本語が非常に堪能であるために、あそこへ抑留されていた日本人が、本当にあのお医者さんがいなけりゃ心配でしょうがなかったということを言っていた。そういうのは実際外へ余り出てきておりませんけれども、やはり留学生が活躍した一つのあかしたと、私はそう思うんです。
  それは橋をつくるのも、先ほどの市場をつくるのもいいでしょうけれども、道路をつくるのもいいでしょうけれども、ODAの金の使い方は人的支援、文化的な支援、あるいは知的な交流ができるような支援、そういうことにもっと、物よりも心といいますか、ソフトを使えるように役所も考えてもらいたいし我々も考えなくちゃいけないというふうに私は思いますので、ぜひひとつ皆様方の御意見も承りたいと思います。
  以上です。
○武田邦太郎君 先ほど来一部の委員方、特に上田委員から、政府援助する諸国、政府援助を受ける側の諸国がオールグローバルに協議、検討して援助の総合性あるいは計画性、効率性を十分検討して新しい出発を考えたらどうかという意味の御発言があったかと思いますが、これはぜひ少しでも早くこの問題を国際的に持ち出して、そういうことを検討する機会を提唱していただきたい、こう思います。
  そこで、そういうことを前提にして、私は二つの特殊問題を申し上げて御検討をいただきたいと思います。
  その一つは食糧問題です。これは日本の穀物の自給率は三〇%しかないわけで、特に肉類を二百何十万トンか輸入しておりますから、これを穀物に計算すると二〇%ぐらいしか自給していないんですね。だから、余り偉そうなことは日本は国際的に言えないんですが、中国などはアメリカのワールドウォッチ研究所が盛んに警告しているのを御承知と思います。二十一世紀は飢餓の世紀になるだろうと。特に問題は中国である、だれが中国を養うのか、こういう問題を提起して国際的に大分問題になりました。中国自身も、中国が持っている耕地面積は世界の七%しかないのに人口は二〇%以上ある、どうして生きるかということを真剣に検討しております。
  しかし、日本と中国だけじゃなくて、北朝鮮は御承知のとおりでありますが、韓国もまた食糧の自給率は非常に低い。それからモンゴルなんかもそうであります、東南アジアはやや楽ですがね。だから、やはり東北アジアが共通に持っているものは、当面は食糧問題だということが言えると思うんですね。
  そういう意味で、当面増産ということの第一は品種改良でありますし、第二は農地の基盤整備です。第三はその上に立った技術改良でありますが、そういう方法論は一応日本では持っておりますので、これらの各国が食糧の増産、自給率の向上を協力して研究する。これが援助と言えるかどうかわかりませんけれども、日本はそういう研究的な面では若干進んでおりますので、私の目算では現在の一定面積からとれる穀物の量は米、麦、大豆、トウモロコシ、コウリャン、大体二倍ぐらいはとれるだろうという目算を持っております。
  それから、もう一つは林業ですね。これは、全世界的に森林がどんどんとだめになっていって、その面からも酸素が減って炭酸ガスがやたらにふえる。地球の温暖化に非常に影響しているということになっておりますが、林業の振興ということは恐らく全世界的に余り研究が進んでいないんじゃないかと思うんです。
  日本もそうでありますけれども、中国、朝鮮半島、モンゴル、これは非常に急ぐ問題でありますが、これも私は大体技術的な見当だけでいえば、林業は三倍ぐらいのスピードアップができるという見当を持っております。ぜひこういう問題を、ほかの国にもでありますけれども、当面日本が近くに位置している国々と共同研究をするということを検討したらどうかと思います。
  これは米国が、先ほど来お話がありましたが、アジアに対して軍事的、経済的に非常な関心を持っておりますので、こういう提案が非常にアメリカの神経を逆なでする心配がありますので、アメリカに敵対する意味は全くないという外交的な配慮がどうしても必要だと。むしろ、それを言い出す前に先行的に米国と協調する、あるいは協力できるかどうか、そういうことの配慮が必要でありますが、日本としてはこれを第一に考えたらどうかという気がいたします。それ以外の経済援助については、日本が真っ先にやるということじゃなくて、援助する国々と協調し、計画をともにするということがいいと思うんです。
  それから、もう一つの特殊問題としては、沖縄の再建です。私も何回か沖縄へ参りましたが、やはり第二の香港をつくるとか新しい都市計画をするとか、そういうところは具体的には相当進んでおりますけれども、一次産業的なことはほとんど進んでおりません。
  私が考えますのは、世界の途上国は多くが熱帯、亜熱帯の国でありますので、そういう国々を応援する意味でも沖縄に一次産業を主体とする総合的な大学をつくる。できればハーバードその他、アメリカの大学は外国の学生が行って、効率的な研究あるいは教育を受けるというのが非常に進んでおりますので、そういうアメリカの大学の協力なども受けながら、一次産業をまず研究して総合的な途上国の建設に寄与し得るような研究教育機関の国際的なものを沖縄に計画できないかと。
  特に私が問題にしますのは、これは先ほどの諸国の建設の中でも問題なのはエネルギーですね。清潔なエネルギー、つまり太陽エネルギーだとかあるいは水力、三峡ダムのようなでかいものもありますけれども、川の上流の小規模の水力、あるいは風力です。そういうようにエネルギーの清潔なものを開発するということをできる限り沖縄でやって、海水を淡水化して農業その他に活用する、こういうことは農業、林業を盛んにする非常に基礎的な作業でありますが、世界的には余りできておりません。こういうことを沖縄でやるということをひとつ御検討いただければと思います。
  以上です。
○大脇雅子君 この調査会では、アジア経済の発展に寄与してきた我が国の経済協力、とりわけODAについてさまざまな建設的な意見が述べられました。その中で、我が国のODAが曲がり角に立っているということ、そして限られた財政のもとで国民の支持と参加が得られるODAが求められているということであったと思われます。
  ODAは、平和憲法を持つ日本にとって、平和的国際協力及び貢献として、国際社会へのメッセージとして極めて重要であると思われます。
  第一に、ODAの要綱を国是としてODA基本法という形に策定すべきだと考えます。そして、国会報告などを通じて国会論議を活発にし、外交政策の一環としてイニシアチブを持っていくべきだというふうに思います。
  第二は、ODAの実施主体として、実施体制といたしまして四省庁、十九省庁等さまざまな形に分割しておりますものを統合して、国際援助庁のようなものにまとめて、インフラなどは民間の協力分野との関係を考えて総合的、効果的なODAを行うべきだと思われます。とりわけ、フォローアップを組織的にしていくということが必要だと思います。
  第三は、今後は人口とか食糧とか環境、エネルギーなどの中長期的な課題を多国間の地域協力でどう解決していくかということ、またアジア太平洋の発展途上国の間の環境問題とか貧富の格差というものに対して、保健・医療、教育という社会開発分野で我が国がどのように貢献していけるかという展望を持つべきだと思います。
  第四に、多重的、多層的な人的交流が求められておりますので、人材の育成や技術移転等に軸足を移して、きめ細やかにNGOと協力をしてODAを行うべきだと思われます。とりわけ、人材の養成というのは我が国の次の世代のための平和のかけ橋だと思われますので、そうした若者の教育や研修の場が考えられるべきだと考えます。
○南野知惠子君 ありがとうございます。
  アジア太平洋地域の問題につきましては、本当に皆様方の御発言、または参考人でおいでいただきました方々の御発言などでもいろいろと勉強させていただきましたが、ODAが日本の顔が見えるのかどうかというところに一つ問題を持っております。
  この前、カンボジアの地雷の問題なども我々の援助ということで展開できたわけです。二年ぐらい前に体験しました欧州議員会議に行かせていただいたときも、あのときはボスニア・ヘルツェゴビナの戦いがまだ続いているときに、武器が欲しいというようないろいろな会合がそのときに持たれていたんですが、そういう問題につきましては、明石代表のリザインなどが出されたその時期でございました。その欧州議員会議の様子を明石代表に御報告にも立ち寄ったんです。
  それはザグレブだったんですが、そのザグレブでも、日本からの援助が出されているにもかかわらず、日本人の方で現地の方と結婚しておられる女性が五人ぐらいおられるんですが、その方々いわく、自分たちが望んでいることで援助してもらえていないんだというような意見が出ました。どうしてかとお尋ねしましたら、だるまストーブが送られてきたと。それは相当多くの量のだるまストーブだったんですけれども、それを送られてきても自分たちは燃やすものがないんだというようなことで、それよりももっと別なものを援助してもらいたかったんだと。
  何かと聞きますと、ヤギなどが欲しいと。どうしてヤギなのかと聞きますと、ヤギのお乳の問題もあるんですけれども、地雷を発見してもらえる、そういったものが欲しいというような話も出たりしています。相手国のニーズに合わせた我々の援助、しかもザグレブの場合には、結局日本のマークが何一つなかった。倉庫を二カ所ぐらい見せていただいたんですが、そういうような形で顔の見えない状況だったのが少し残念に思っております。
  そういうような意味では、特にアジアでは、カンボジアの例もありますけれども、ベトナムでは医療問題についていろいろと私たちも顔を出しております。その医療問題についても、先ほど木宮先生のお話にもありましたけれども、医療のマンパワーの提供というようなところが一番大きな課題になっているようでございます。
  もちろん、向こうから来て勉強するという留学生の受け入れの状況と同時に、またこちらから行って現地のニーズに合った援助が何かできないものだろうかなということで、向こうの助産婦会を設立したりして医療の提供をしながら、向こうの女性の開発ということも基本に入れながら展開してきたのがあるわけなんです。そういう人材の提供ということがODAの中でさらに望まれるのではないかなと思っております。
  それからもう一つの点は、今我々の手元に配られております二十九ページの資料などには、我が国のODAの実績の問題、またはDACのレートの推移だとか、それから我が国のODA実績のGNPに関連する問題とか、いろいろな表が載っておりますけれども、その表は円のレート、円高または円安という問題、またはドルとの換算という問題によってこのような差ができると思いますが、GNPに対してのこの表から見ますと、もうなくなってしまうのではないかというような誤解を招かれないような説明ということもこの中に必要になってくるのではないかと思っております。
  そういう意味では、日本が援助しているものが相手国にわかっている、わからせるということも必要でしょうけれども、国内の日本人がまだ理解できていないという部分が多いのではないかと思いますので、もろもろのところを整理していただいて、国内の人たちにどのような形でODAの活動がされているかということも、もう一度アピールしてみることも必要ではないかなというふうに思っております。
○直嶋正行君 先ほどから委員の皆さんからいろんな意見が出ていますが、私は自分の意見を申し上げると同時に、提案を申し上げたいと思います。
  と言いますのは、先ほど来、何人かの方の意見の中にも出てまいりましたが、ぜひこの機会にODA基本法を我が国際問題調査会として議論し、まとめる、そういう方向で努力をすべきではないか、また理事の皆さん方にはぜひそういう議論を今後の調査会のテーマの一つとして取り上げていただきたい、こう思うわけであります。
  さっきからお話がございますように、私は今幾つかの点でやはり日本のODAを見直すべき非常にいい機会ではないかなと。また、ODA基本法を通して、よく顔の見えない日本という言い方がされますが、やはり我が国の考え方というのをより明確にしていく、そしてそれを国民の意思として外にアピールをしていくということは非常に大事ではないかというふうに思っております。
  先ほどお話がございましたように、今幾つかの点で日本のODAがそのあり方を問われているということは間違いないと思うわけです。さっきも量から質への転換というお話もございましたし、援助を対象としてきました国々の経済的な発展等による受け入れ国サイドのさまざまな変化がまず第一点として挙げられるんじゃないかと思います。
  また同時に、やはり日本の国内情勢が大きく変わってきているんじゃないかと思うわけであります。前回も御意見がございましたが、今私どもにとって非常に大きな課題は行財政改革ではないかと思います。そういう中で、ODA資金についても従来のようなやり方を続けることはこれから非常に難しいんではないかと思います。そういう意味では、やはり我が国の国内情勢の変化も踏まえたさらに効率的で効果的なODAのあり方というものを議論する必要があります。また、その実施主体として、よく言われます、今縦割りになっている行政サイドのかかわり合い方といいますか担当のあり方等もやはり見直しを迫られているんではないかな、こう思うわけであります。
  また、先ほどもお話がございましたように、この間の変化の中で、このアジア太平洋地域だけとは言えないと思うのでありますが、いろんな意味で共通の制約要因といいますか、こういうものが明確になっているんじゃないかと思います。環境の問題であるとか、あるいは人口、資源、エネルギー、食糧、これからこういった制約要因をどうクリアしながらこのアジア太平洋地域全体の持続的な発展といいますか、地球社会の持続的な発展を図っていくかということは、非常に重要な二十一世紀のテーマだと思うわけであります。
  そういうものをもろもろ整理をする中で、私たちの意思として基本的なことをODA基本法に書き込む、そして意思表示をしていくということは、極めて時宜に合ったテーマだと思うわけでございます。
  さっきの板垣先生の御発言に私非常に啓発されましてこういうことを申し上げる気になったわけでございますが、これは本当に共通の問題として大いに議論を深め得るテーマではないかと思いますので、ぜひとも重ねて理事の皆さん方あるいは会長のリーダーシップを御期待申し上げまして、要請を申し上げる次第でございます。
  ありがとうございました。
○山本一太君 いろいろお話ししたいことはあるんですけれども、一応五分間ルールというふうに伺いましたから一点に絞って、今、直嶋先生のおっしゃったODA基本法のことについて私なりの意見をちょっと述べさせていただきたいと思います。
  板垣先生もおっしゃったということですが、私は、この調査会でODA基本法について議論をするというのは大変健全なことですし、ODA基本法をつくるということについてはもちろん基本的に反対ではありませんし、どちらかといえば賛成なんです。しかしながら、やはりODA基本法を実際に考えていくときにはきちっと考慮に入れておかなければいけないことも幾つかあるんじゃないかと思うんです。
  私は、このODA基本法という考え方がずっと浮かんだり消えたりしている背景には幾つかの要因があると思っております。
  一つはやはり、事実も一部ありますけれども、マスコミの随分尾ひれのついた報道なんかもありまして、もう一般の中に日本がODAで使っているお金はほとんどむだになっている、こういう根強いコンセプトがあるのかなという感じがします。一部事実のところもあって、とにかく援助に携わっている人間は日本は数少ないですから、例えばあるアフリカの国で何百という案件に担当官が目を通すということは事実上不可能ですので、その現地の例えばいろいろな業者とかコンサルタントとかメーカーの方々の力をもらいながらいろいろ案件を選んでいるというような、むしろ体制からくる問題なんかも細かく言えば確かにあると思います。
  これはやはり、日本から調査団を送るなりいろんなフォローをしながら考えていかなければいけないんじゃないかなと。まずこの第一点、ODAはほとんどむだ遣いされているんではないかと。一部はありますけれども、全体としてはちょっと違う、ゆがんだ認識があるということが一点あると思うんです。
  もう一つは、林議員がよく使う言葉で、私も最近利用させてもらっているんですけれども、アカウンタビリティー、説明する責任というところで評価がきちっとできていないんじゃないか。ODAで使ったお金がうまくいっているのかうまくいっていないのか。無償や技協を通じてつくった箱物がちゃんと動いているのか、その技術協力のプロジェクトが文字どおり、先ほど直嶋先生がおっしゃったように、持続可能というか、サステーナブルなのかどうか、ここら辺の評価がきちんとできていないんではないかというコンセプトがあると思うんです。これについてもまだいろんな問題があると思うんですけれども、私がJICAに勤めていた経験からしますと、評価に少しずつ力を入れていろんなシステムをそれなりには考えてきているということはあります。
  私は、評価についてはどんどん日本から調査団を送って、現地の大使館とかあるいは現地政府と十分相談をしながらいろんな情報交換をする、これがやはりきちっとした案件を選定するサポートにもなるんじゃないかなというふうに思います。
  それともう一つ、今このODAがむだ遣いされている、評価がちゃんとなっていないんじゃないかという認識のほかに、もう一つあるのはODA外交の話だと思うんですね。それは、もう委員の皆さん方はもちろん御存じだと思うんですけれども、ODA大綱の中にあるいわば柱、精神の中に、いわゆる民主化の程度とか武器輸出をしているかどうかとか、そういうことを配慮して総合的に日本の国益を考えてODA外交をつくっていくという部分があるわけです。
  それについては、例えば中国の核実験の問題なんかのときに、どうして円借款まできちんと凍結できないのか、場合によってはああいう精神があるんだったらほかにも当てはめて、もうちょっと違った毅然とした姿勢をとれないか。それは、やはりそこら辺の理念がきちっとしていないからだと。法律がきちっとあって、まさに先ほど直嶋先生がおっしゃった顔の見える形のODA外交ができていないからじゃないか。大きく言うとこんないろんな背景があってODA基本法の考え方というのが私は出てきているんだろうと。それはそれなりにすごく理解できることだとは思うんです。
  しかしながら、私が思いますのは、もしODA基本法をつくるのであれば、基本法をつくることによって明らかに生じるメリット、これをやっぱり最大限に生かす形の法律にしていく必要があるんではないかと思うんです。国会報告は確かに大事なんですけれども、例えば基本法の中である程度指針を定めて、この地域、この国に大体このぐらいの無償援助をすると決めてしまったときに、国際政治はやっぱり生き物ですから、そこでいろいろな情勢に合わせて、文字どおり日本の総合的な安全保障とか国益に合わせてODA外交を展開していくときに、足かせにならないような機動性を担保できるような法律でなければいけないとか、そういう機能性を高めるとか質を高めるとか、こういう議論は簡単なんですけれども、実際に法律をつくることで、つくらない状態よりも確実によくなるということを考慮した上でやはりODA基本法の議論というのは進めていくべきではないかと。
  ですから、もしこの調査会でODA基本法を議論するのであれば、まずそこら辺のところから整理して、何のために法律をつくるのか、法律をつくることによって生じるメリットは何なのか、デメリットがあればいかにしてそれをいい形に担保していくのかというところを勉強しながら、議論をしながら練り上げていく必要があるんではないかなというふうに私はまず思います。
  二点目なんですけれども、このODA基本法はもう随分昔からいろんな方々がおっしゃって、我々が政治の世界に入る前も、上田先生のお話によればいろいろとODA基本法の話をこの調査会でなさったということなんですが、結局実現しなかったということは、やっぱりいろんな問題があって、いろいろと乗り越えなければいけない障害に当たってできなかったということだと思うんですね。
  ですから、その援助庁の問題も言うのは簡単なんです。援助の機能を高めるために援助庁をつくる、無償と技協をもっと機能的にさせる、借款をそれに加える。じゃ、ただその援助庁をつくって、各省庁から出向になって、そこにJICAとOECFみたいのが入れば本当にいい援助庁ができるのかという問題もあります。これは援助庁の問題もしかりなんですが、やるからにはただ議論するだけではなくて、メイク・イット・ハプンという、ちょっと英語を使わせていただければ、実現をすると、やるからにはきちっとした議論を立てて、きちっとした法律の骨子をつくって、そのモメンタムをこの国際問題調査会から出して、きちっと衆参に広げて現実に基本法に結びつけていく。今までとは違った切り口、今までとは違った力の集め方をしながら、やっぱり私は実現をさせていかなければここで取り上げる意味がないんじゃないかなというふうに思うんです。
  最後に一点申し上げたいのは、アカウンタビリティーの問題で、援助のことがよくわからないとか、情報公開が十分でないという議論はいつもあります。外務省の方もいろいろODAのインフォメーションセンターとか、広報についていろいろなシステムを設けていると思うんですが、私は住専の問題でも思いましたし、消費税でも思いましたし、常にどんなに長い間議論してもやっぱり議論が足りないと言われるんです。どこまでが十分なのか、どうすれば本当に議論を十分に尽くせるのか。
  今まで、例えば大事な問題で議論を十分に尽くしたという政治問題があるかなと。例えば二年、三年、四年、いろんな内閣がかわる中で議論してきたことでも、結局何か国民に対する説明が足りないと言われるんですね。ですから、私が考えているのは、もう一度ODAのこの情報公開ということを考え直して、むしろ自分がシステムの犠牲になっているから情報が入ってこないという考え方をやはり日本の国民一人一人が改めて、自己の責任でちゃんと情報をとっていくと。
  例えば今、外務省が援助の情報をみんなインターネットに入れているということを聞いていいことだと思っているんですけれども、そこにチャンスがあるんですよと。あなたは税金を払っていて、あなたがやる気があれば情報をとれるんですよ、それをやらなくて、やっぱりODAはいかぬとかいう話はやはりそれぞれの個人の怠慢じゃないかと。ちょっと厳しい言い方かもしれませんが、そういう認識を政治家も国民一人一人も持ってもらわないと、いつまでたっても情報は足りないと言われますし、いかに広報しても議論は足りないと言われると思うんです。
  それはODA基本法についても同じではないかなというふうに思いますので、その三点について、またいろいろこれからも委員の皆さん方の御意見を例えればなと思います。
○上田耕一郎君 以前、ここで決議をつくったときに、今のODA基本法の問題で一番の障害はやっぱり率直に申しまして外務省の態度だったんです。これは当時の理事の報告によりますと、外務省は二点、一つは一元化です、絶対困ると。もう一つは国会審議。この二点で非常に強い抵抗がありまして、それで自民党も含めて満場一致でできたんですけれども、基本法については検討という方向で文章化せざるを得なかった。
  だから、これは古い時代ですから、当時としてはもうとにかく一元化は困る、国会審議は困るという、その二点の抵抗があったんですけれども、その後大きく情勢が変化しました、きょうのいろんな御発言もあったように。ですから、当時はそういうことがあったんだけれども、今のお話のように、もうきょうは時間がありませんから申し上げないけれども、ぜひ積極的にこの参議院の調査会が推進力として役割を果たしたいというふうに思うんです。
○会長(林田悠紀夫君) 予定した時間が参りましたので、本日の自由討議はこの程度とさせていただきます。
  委員各位には、貴重な御意見をいただきましてまことにありがとうございました。
  次回は、来る二十一日に、アジア太、平洋地域における安全保障につていの自由討議を予定しておりますが、次回の調査会におきましても活発な議論をお願いしたいと思いますので、何とぞ委員各位の御協力をお願い申し上げます。
  本日はこれにて散会いたします。
    午後五時五十一分散会