質問「『アジア通貨危機の教訓について』他

(平成10年2月25日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 改革クラブの山崎でございます。
  まず、岡部先生にお伺いしたいんですが、仰せになった分析等はほとんど私と考え方は一致しているんですが、一番私自身が迷っていて、先生のところでどこからその断言が出てくるかな、結論が出てくるかなというのが一点ありましたので、そのところをお伺いしたいんです。
  要するに、その都度外交であったということがあるわけで、それは今はやりの言葉で言うと臨機応変の外交ということになるんだろうと思うんです。そこで、小国の殻に閉じこもりがちだ、積極外交をせよ、それで確固たる信念を持ってやりなさい、やらなければだめであると、こういう話で、それはそれで私自身も一つの考え方だろうと思うんですが、果たしてこれを本当に国民が望んでいるんだろうか。民主主義国家としての国民がこういう国家を望んでいるんだろうかということになると、はたと私自身は困惑するわけです。
  簡単に言えば、ちょっと古い言葉になりますけれども、一つの国家理念とすれば、戦後我が国は一貫して銭ゲバ国家を目指してきた。要するに経済がすべて、金がもうかればいい、キャッチアップすればいい、そこのところにそのほかの理念は要らないと。ですから、いろいろ若い連中が盛り上がって反政府運動をしたこともあったんですが、それは一種の逃げだったと私は思っております。
  そういった中で、結局今あるのは、どちらかというとアノミーの感覚が全般的になってモラルハザードを起こしている。これはもうある種の精神の流れからいけば必然なんですが、そこで振り返ってどうするのといったときに、それじゃ何をもって理念を得るのか。平和が、あるいは国際協力かといったところで、そこをバックアップする一つの正義といいますか、これが正しい正しくない、あるいはアメリカ風に考えてゲームの思想でもいいんですけれども、そこまで割り切れない。何があるんだという点が私の一番今の疑問といいますか、先生の分析を聞いてもその結論に達するのは非常に難しいなというのはその点でございますので、これはあわせて小島先生からもお伺いできればということでございます。
  それから、小島先生の方にはい参考人の場合、いろいろな表現でおっしゃっていらっしゃるんですが、今回の問題における一番の根幹の問題はやはり資本といいますか、金融といいますか、そういったマネーの流れが国家をグローバルに越えちゃっている。それも、その流れが各国のコントロールのもとで動くのであればともかく、わけのわからない無国籍とも言えるような大きな金の塊があって、それが国家を離れたところで動いている。これが最終的に古典的な見えざる手によって落ちつくところに落ちつくだろうというのがフリーマーケットの考え方なんでしょうけれども、それで今の国家体制がもつんだろうか。
  今回のアジアの通貨危機の問題で非常に象徴的なのは、そこでいわゆる通貨の切り下げをせずに済んでいる国というのは、リンクしている中国を除けば台湾と日本なわけです。この両国に共通しているというのはドルを持っていた、国としてドルがあったということが防波堤になっていた。ところが、ほかのところは、ドルが潤沢に来ているときはやっていたけれども、それが流れが一たんストップし回収をやった途端にもう完全におかしくなってしまって、それを政府自体なかなかコントロールできないような状態になっていたんじゃないか。そうだとすれば、これからそこをどうコントロールできるのかできないのか。先ほどもいろいろおっしゃっていらっしゃいました、そこのところだろうと思うんですけれども、そこが見えないと、いつ何ときこのことが起こるのかなと。
  今回のIMFの投資でよくリカバーしたとしても、いつ何とき同じようなことが起こるかもしれない。教訓を引き出すとしたら、それじゃもう政府管理で先ほどもおっしゃったような短期のやつをストップさせるのかと。そこのところで各国の主権を認めるような形にするのかというマハティールのいら立ちというのがまさにそこだろうと思うんですけれども、その辺がこれからのグローバルスタンダードと言われる経済の流れと逆行する一つのきっかけになるんじゃないかなという気もしているんですが、その辺のところのお考えをお示し願えればと思います。
  以上です。

○参考人(岡部達味君) ただいま御指摘の点でございますけれども、これは私も回答が非常に難しい問題でございますが、率直に言わせていただきますと、この一番大きな責任は政治家の先生方にあるというふうに申し上げたいと思います。
  国民が望んでいるかどうかといえば、はっきり言って望んでいないと思います。しかし、それで日本国が成り立っていくか、あるいは世界が平和を維持していけるかといったら、いけないだろうというのが私どもの危惧でございます。その場合にそれをどういうふうに打破するかと言えば、それは政治家の先生方が選挙のときに、ここに道路をつくってやるから、ここに橋をかけてやるからというような選挙をなさるということが一番大きなマイナスである。
  参議院は特に良識の府であるというふうに言われておりますが、にもかかわらず参議院の衆議院化という言葉もあるわけでございまして、参議院の先生方は利益誘導型の選挙ではなくて国の将来を本当に考えた選挙をしていただきたい。そのために一回か二回は落選なさる先生方もいらっしゃるかもしれませんけれども、それが私どもの参議院に対する最大の期待でございます。
  したがいまして、私は、ただいまの御質問はそのままお返ししたいというふうに考えております。
○参考人(小島明君) 今、委員おっしゃられた、先ほどの報告で幾つかの言葉を使っていたと。まさにその問題、私も途中で話しながら気がついていたのです。
  というのは、今回のアジアの問題を経済危機ということでくくってはいけないんだ、それは通貨・銀行危機、通貨・金融危機、その両方ですね、通貨の問題と銀行、金融の危機だと。実体経済、貯蓄率が低過ぎるとか財政がパンクしたとか、そういうあれじゃなくて、実体的なところ、いわゆるファンダメンタルズというのは必ずしも脱線し切っちゃったわけじゃなくて、やっぱり通貨・金融危機。
  では、なぜ通貨が問題かというのは、これで市場化と逆行するんじゃなくて、むしろ市場化を進めなくちゃいけない一つの決定的な問題があります。アジアの国々は、外国から資金を取り入れて経済を動かしたんですが、そのためにいろんなところで自由にしました。しかし、その自由な市場と全く違う極めて重要な非市場的なところが為替を人為的に管理したということです。要するに、ドルと連動させた。連動の仕方は九割連動とか一〇〇%連動とか差がありますが、結局ドルと運命をともにしたのです。経済構造が同じだったら一緒に動いて結構なんですが、全く違うのにドルと連動したためにどんどん実態とかけ離れてしまった。これは市場の状況と離れて人為的に為替が決まった。これがアタックされたわけです。
  だから、まず為替についていえば、市場の今の体制である変動制にゆだねざるを得ないと思います。一九七三年をもって主要国の間で固定相場制は全部終わりました。そういう中で、アジアの一部が特定通貨に対して、経済の体質も全然違うのに人為的に固定させてペッグしていったというところに無理があった。そこが恐らくそもそも一番の発端だったと思います。
  では、なぜそれをやったかというと、資金を海外から取り入れなくちゃいけないという要素があった。投資家にとってみたら、ドルを持っていってバーツにかえて為替が下落したら回収するときにひどいことになりますから、ドル保証があるという話で安心して投資をしたということなんです。しかし、そういう形で投資家に対してリスクを回避させるというか安心させるよりも、やっぱりファンダメンタルズ、インフレを起こさないとか、そういう実体経済の運営がより大事になってきた、そういう時代としてとらえなくちゃいけないと思います。
  それから、資金でもいろんな種類があります。日本の企業のトヨタが例えばインドネシアに行って工場を起こす、そのときに資金を持っていきます。これはある意味で受け入れる方にとって返済圧力がない、返済義務がない資金です。そこに資金が行って、工場をつくって定着する定住型の資金、これは短期の金融波乱の原因にはなりません。
  問題なのは、アジアがいつの間にかだんだんそういう長い安定した定着型の資金じゃなくて短期の資金にどんどん依存しようとしたということです。それがバブルです。アジアの経済の中に、日本のバブルほどではありませんでしたが、一割、二割のバブル要素があって、その調整が一つはあったということだと思います。それは、マクロ経済の管理がいかに重要かということ、これは日本の反省でもあるわけですが、その日本の失敗からアジアが学ばなかったということかもしれません。
  ですから、マクロ経済がしっかりしていると余りにひどいインフレになったりしない、バブルが起こらない。定義上つぶれるからバブルなわけで、バブルが起こると、社会的、心理学的な問題でしょう、もうみんなかっとなってしまうわけです。ちゃんと赤い信号があってもとまらない、マーケットが信号を出してもとまらないようなパニックになるわけです。だから、マクロ経済をいかに管理し、ちゃんとしたバランスをとることが必要かということと、それから、マーケットの一番の基本である価格メカニズムを尊重するような為替レートの柔軟な変動を入れない限りは、また危機の繰り返しになると思います。
(後略)