質問「『都市づくり・町づくりについて』他

(平成10年5月19日参議院国土・環境委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 最後の質問になりまして、質問通告をさせていただいたのがそのままというわけではないんですが、大分重なった形での質問が前の委員からなされて答弁もありましたので、若干虫食い的というとおかしいんですが、そういった形で質問をさせていただきます。
  まず、この問題の基本というのは非常に大きな問題がございまして、その一つの関連として今回の法案が出てきたというふうに認識するわけですけれども、まずこの問題、すなわち都市という問題、都市づくり、町づくりの問題で建設省としてはどのようなものをこれからの二十一世紀の都市というふうに考えてそれを進めていこうとするのかということでございます。そういうことで今回の法案がどう役立つのか、そういう点でどのようにお考えか、まずお聞きいたします。

○政府委員(木下博夫君) けさほどからいろいろ御論議いただいておりまして、多少お答えがダブるかもしれませんが、確かに先生の言っておられたように、その都度の制度改正というのはまず現状をどう認識するかというところからスタートするのが常道であろうと思っております。そういう意味からいきますと、都市をどう考えるか、あるいは将来にわたってどう進めていくかということでございますが、これは以前にもお答えさせていただいておりますが、今や既成市街地の再構築というものが都市政策において大変重要であろうかと思っております。
  ただ、それにしましても、例えば大変大きな都市圏が形成されております三大都市圏に代表されるようなエリアと、あるいは地方都市によってもまだまだ様相は異なっておりますので、私たち制度としてはかなりそういう意味では多種多様な顔を持ったものになっていくかと思っております。基本におきましてはそうした都市の中心市街地における再構築、それから地方におけるいわば個性ある町づくりという意味で、各都市が自分たちのいわば道具立てとして使えるような多様性のある制度を構築することが今回お願いしている法案の趣旨というふうに御理解いただきたいと思います。
○山崎力君 そのお気持ちは非常によくわかるんですが、ちょっと話が飛ぶようですが、今NHKのテレビで「徳川慶喜」というのを毎日曜日やっております。ごらんになっているかどうかあれですけれども、その中身はともかくとして、私がちょっと取り上げたのは、放送の始まるときに幕末の写真を入れて出演者等を並べているシーンがあるんですが、その中で当時の江戸の町並みが出ているんです。それからもう一つ言えば、古い写真でいろいろな時代の町並みというものもある。まさに日本の顔である大都市のあれなんですが、機能面はともかくとしまして、あれ以来日本の都市政策というのはあったのかなという気が正直するわけです。
  ごく一部を除けば人工的な都市というのは北海道あるいは旧満州国に限られて、私自身のこれは個人的な意見で言えば、日本の主な都市というのは江戸時代の財産のそれこそ食いつなぎで来た部分が多いんじゃないか。それがにっちもさっちもいかなくなって、その都度その都度、先ほど局長から現状認識ということがあったんですが、そのときそのときの要望に押されてそれを何とかかんとか役所として対応していこうということで、とうとう国が、もう行けるところまで、やれるところまでやったんだけれどもうまくいかぬ、そこで今回地方に任せようじゃないかというような感覚で物を見られるんじゃないかという気が私はするわけです。
  ということは、繰り返しになりますけれども、あるべき日本の都市の姿がどういうものだということをとうとう建設省がグランドデザインを描けないまま今日に至っているんではないだろうかというふうな感想を持つんですが、その辺についてお考えがあれば。

○政府委員(木下博夫君) 大変難しい御質問でございますが、おっしゃられたように都市というのはかなり古い時代から形成されてきておりますから、その都市によっては江戸時代の財産、そういうものを今継承しているところもありますし、極端に言えばその財産を食いつぶしかねないような町もあることも事実だと思います。
  しかし、今回の問題の一番大きなポイントというのは、冒頭に上野委員からも御質問がございましたけれども、昭和四十三年に当時の急激な人口、産業のいわば膨張という中で都市が大きくひずんでいく中で、整然とした町づくり、都市づくりをしていくということであろうと思います。
  私ども先ほど都市の再構築と申し上げましたが、そういう意味では局面は三十年経過いたしまして少し変わってきておりますので、それに沿った制度をつくっていかなきゃいけない。地方に任せるというのは、タイミングは確かにそういうふうに見られてもいたし方ないかもわかりませんけれども、逆に地方がそれなりの関心を持ってまいりまして、確かに戦前などはもっともっと各都市に個性があったと思います。それは恐らく、私が今申し上げた人口や産業の急激な成長の中でいささか高度成長によって各都市が個性を失って、いわば高度成長を実現したという意味での見返りだったのかもしれませんが、もう一回その原点に返って、どこへ行ってもやはりそれぞれの町に誇りあるいはゆとりがあるような町づくりのためには、私は一つは地方に権限をおろしていくことが同時に必要でなかろうかという認識に立っております。
○山崎力君 ポイントはそういうことでこの法案が出てきたのだろうと思うんですけれども、この際ですから一言言わせていただければ、国として一つの町づくりとして私はいい方向に行っているのかどうか疑問に思う点を一つ申し上げたいと思います。
  というのは、私の記憶にある中でも、お堀端のあのビル街、いわゆる三信ビルでしたか、日比谷の交差点から東京駅に至るあのビル街、第一生命から始まって明治生命、日本郵船ビル、海上火災と、あの流れと、それから霞が関と言われているビル街、要するに警視庁から内務省ビル、焼けて戦後新しく建った外務省あるいは大蔵省、文部省と、逆に言えば明治時代の法務省から最高裁、そういう流れ。その中で農水省の薄べったいあのコンクリートの打ち出しのビルがいかにも安っぽい戦後の安普請だというようなことを記憶している者として、今やっている、警視庁が建て直り、それから最高裁は移り、そういったビルの都市景観として、まさにあれは国家事業としての官庁街をつくっているわけですけれども、ビルとしての機能性はともかくとして、全く都市としての発想のない人たちが勝手にそれぞれのところでビルをつくっているんじゃないだろうか。一番国が直接関与できるところであの程度の街路しかできないんだったらどうしようもない。
  それから、海上ビルの高層化の問題のときに問題になりました。それで、反対された方がああいうふうな都市景観になるよというふうなことで反対されてああいう形になったわけですけれども、現実を見た場合、かつての都市空間としての景観と今のああいう景観とどちらがいいかと言えば、機能は劣っているかもしらぬけれどもかえって昔の方がよかったんじゃないかという発想を持っておりますので、その辺のところでの不信感というものが現実に都市づくりにあるわけです、私の感覚からすれば。
  その辺のところは感想はともかくとして、そういうふうなところで、今回、地方の要望がそういうふうなことだから個性ある町並みをつくっていきたい。特に地方の中核でおられる方たちが、今度は別の話になるわけですけれども、中心市街地の活性化をあわせた都市づくりをしていきたい、町づくり、空洞化対策をしたいというところでのおろし方なんです。そのときに私がわからないのは、どこまで国が関与し、どこまで県がやり、どこまで担当市町村がやるのだという役割分担です。国はここまでやりますよと、県はここをやってください、それで地元市町村はこういうところをやってくださいというところがはっきり見えてこなければ、そのときの力関係、アイデアを出す能力と実行力という、予算面での力関係によって決まってくるのではないか。そこのときに今問題にされかかっているのは私権、これは昔からのことですけれども、まさに日本人の一番よって立つところでございまして、土地というもの、町づくりというものは。
  後藤新平の大ぶろしき、いわゆる悪名高きと言われていた行政府、いわゆる天皇陛下の人たちがやろうとしても頑としてはねつけられてうまくいかなかった。そういった土地に対する日本人の執着心ということからいきますと、ただ地方におろしただけでうまくいくのか。
  確かに、いいところは若干出るかもしれません。しかし、本当に枠づくりをきちっとした上でおろしているのかなという疑問がぬぐえないんですが、その辺の対応策はどういうふうになっておりますでしょうか。

○政府委員(木下博夫君) おっしゃられた霞が関かいわいの話も、まさに明治のころに、くどくなりますけれども、新橋におりた外国の要人を迎えるべく、あそこのあたりの一つのゾーンというものが日本の誇りであったということを我々も教えられてきたわけでございます。そういう意味では、今日的にいささかその後に建った建物と、これは官庁営繕も大変大きな責任、役割を持っておることは言うまでもないことでありますが、民間の建築も含めて、我々は後世に残すべき都市あるいは建築物をもっと性根を入れてつくっていかなきゃいけないということは先生おっしゃるとおりでございます。
  今回、地方へおろすことだけで本当にどうかということでありますが、大変雑駁な言い方でありますが、まずは仕組み、制度がなければ地方におりませんので、そういう意味では基本的に町づくりの原点は地方公共団体、とりわけ市町村におろしていきたいと思っておりますが、その体制、陣容、必ずしも十分でないこともわかっております。
  それから、けさほどからの御議論の中でも、一部には国家みずからがやらなきゃいけない仕事も当然あるわけであります。そういう意味では裏返しの話として、地方分権の流れと同時に、国がしかるべき責任を持ってやる、この役割、けじめというのは先生おっしゃったようにきちっと決めていきませんと、すべて地方にゆだねればめでたしめでたしということではないことも私はよく承知しているわけでございます。
  ただ、やはり国としてもう一つやっていかなきゃならないのは、地方におろしたときにいかに横の連携をそれぞれの公共団体がとれるのか、あるいはそれに対して支援をどういう体制で組めるのかということは、決してお邪魔でない限りにおいて地方への支援をしていかなきゃいけない、そういう要素は国として持っているのじゃなかろうかと思っております。
○山崎力君 そこのところの実効性あらしめるのは予算ですけれども、予算をどういうふうに、法律だけやれるようにおろしたってその分の予算が地方におりなければどうしようもないわけですから、その辺のところはきちっと権限を移譲して、やらせるのならその分の裏づけの予算を建設省として考えるということをやっていただきたいと思います。
  都市の再開発というのは極めて難しい問題でして、それこそそれぞれのところがあるんですが、これは一言で言えば地域の地方性がなくなっている。地方の民家がどんどん建てかわって、それぞれ地域性のあった民家が普通のどこにでもある住宅に変わってきている。これはこれでいいのかもしれません、住み心地はよくなっているわけですから。ただ、先ほどの話で言えば、大都市のスプロール化に対しての歯どめ措置としての四十三年の法律、今度それがドーナツ化、空洞化に対しての再開発と、ある意味では後追いであることは間違いない。もちろん、現状は法律の予想したことをどんどん超えていくわけですからしようがないわけですけれども、ただその対処だけでやっていて本当にいいのか。
  ある意味においては、自分の思いどおりの町づくりというか都市をつくるというのは、専制君主時代はまさに為政者の最大の道楽だと言われたこともあるわけです。それで、まさに江戸時代の町というのは、それぞれの城主が町割りを区切って、ここは武家の屋敷、ここは町屋、ここは社寺というふうな形でやっておりますし、そういったのが町であって在にあるところは村だと、町と村との違いというのはそこにあるんだというふうにずっと言われてきているわけです。
  そういった中で、ここのところで出てこなければいけないのは、二十一世紀のあるべき都市像というのはどうなんだと、建設省さんでこういうものが来るべきものですよと。それで、我々の最大の都市政策の失敗は、都市に自然を組み入れるということができなかった。それから後の方にも関連してまいりますと、市街化調整区域の問題も出てきましたけれども、日本は江戸時代から明治、恐らく昭和の時代に入っても、町であってもすぐ近くに良好な自然環境があったということがかえって悪い状況になってしまった。そこのところを残せないままどんどんスプロール化して、結局大した特色のない家だけが広がっていったということが、私に言わせれば大きな都市政策としての失敗であったのではないかと思うわけです。
  どこの町を思い浮かべても、名古屋とかそういったところも、いわゆる都市型の自然を豊かに守った公園というのはほとんどないと言っていい。東京で言えば、旧大名屋敷の庭園以外で明治以降できたところというのは、ごく小さな日比谷公園と、あるいはもう一つ言えば明治神宮の外苑、内苑、そういったところだけです。あとはもうほとんど大名庭園が、上野公園にしたってあれは寛永寺の跡地ですし、周辺もほとんどそういったところだ。井の頭公園が若干そういったところがありますけれども。
  そういったことを考えると、本当におくれてきている。基本を踏まえないで、地方にもそういったものが進んできている、地方の中核都市にも進んできている。そういった中で、市街化調整区域の開発容認ということを考えて、そこのところを踏まえないでやっていいのか。結局、そのときできたところは自然環境も良好な住宅地域になりました。ところが、二次三次の開発が済んでみたら、最初のところの周辺の自然が消えてしまって、市街化区域と同じような住宅地になってしまうのじゃないか。そういう懸念をぬぐい切れないんですが、その辺の歯どめというのは考えていらっしゃるんでしょうか。

○政府委員(木下博夫君) 大変多岐にわたって御質問というが御指摘いただきまして、全部お答えするにはあれですが、二十一世紀のあるべき都市像を示せということは、これは大臣のもとでお答えするのは私も大変胸が痛むわけでございます。しかし、しっかりそういうものは建設省としてやっていかなきゃいけない、あるいは政府全体として考えなきゃいけない、これは御指摘のとおりであります。
  お答えはちょっとそこについては具体的に申し上げかねますが、いずれにしろ都市がそういうことで今ダイナミックに動いております。次の世代につなげていくための都市づくりという意味で、今回の都市計画法の改正は、けさほども御議論がございましたけれども、これは抜本改正ではございません。どちらかといえば市街化区域と調整区域のフリンジのところ、いわばそういうところで起こる事態についてより整然とした土地利用をしていきたいということでございます。
  基本は、市街化調整区域の持っている性格は私たちは変えるつもりはありませんで、むしろばら建ち、スプロールの危険性のあるところをある一種の計画として閉じ込めるというと言い過ぎになろうかと思いますが、整然とした土地利用を誘導していくのがこの地区計画だと私ども思っております。
  その問題はその問題としてありますが、今おっしゃられたようにもっと本質的な問題といいますか、全体を占める問題で、地方により強力なリーダーシップのもとに都市づくりをしていく雰囲気づくりをどういう仕掛けでつくっていくかということは、引き続きの懸案事項として私たちさらに検討させていただきたいと思います。
○山崎力君 大臣に、建設省として最後のあれなんですが、そういう都市に対する基本的なスタンスというもの、これは本当に難しいところはあろうかと思うんです。
  特に、土地に対する執着、一戸建てに対する執着の強い国民性の中で都市をどうするんだ。もちろん価格の問題がありますが、その辺のところを建設省として、都市というものを、私も地方出身ですし、大臣もそういったところはあると思うので、東京や大都市に何代も住んでいる方との感覚が違うかもしれませんけれども、その辺のところでのお気持ちを例えればと思います。

○国務大臣(瓦力君) 我が国においての近代都市づくりというのはどういったことから始まったのだろうか、こう考えるわけでございますけれども、いよいよ戦後の一極集中のように多数の方々が都市へ集まり、住宅問題であくせくとし、やがて振り返ってみましたらもう高齢化社会に入って、団地の階段すら上るのが大変だというような、この短い三、四十年の間にもう大きく変わりました。
  一方、その中におきまして都市に対する考え方もまた新たな意識として生まれてまいりましたし、都市機能を有する交通手段も相当変わってまいりましたから、これから強い町づくり、安心ができる町づくりであり機能的な町づくりであり、住宅もこれから質の問題でも整備されていく。まして今日、門戸が開かれて、住宅も各国の性能が持ち込まれてくる時代でございますから、改めて言えば、安全でしかも美しい都市というものをつくり得る意識が地方にも出てまいりましたし、地方にもそれだけのまた歴史を踏まえた町を愛する気持ちもありますので、大いに期待してまいりたいと思っております。
  総じて言いますと、市街地整備のうち下水道であるとか公園とか街路などは欧米社会に比べて大変おくれておるわけでございますから、この面では都市基盤をしっかりつくり上げていくことが大事でありましょうし、またさきにも申し上げたわけでございますが、国民のニーズの多様化、加えて文化、景観、環境あるいは福祉でありますとか、こういった問題がその中にあるわけでございます。加えて申し上げれば、これから本格的に土地の有効高度利用というものにも私どもは取り組んでいかなきゃなりませんし、都市が防災に構造化されていく、そういう課題もございますので、そういうものを追求しながら、私は地方の自主的な意思が発揮される町づくりといいますか、そのことが魅力的であれば日本という国の都市整備というのは国際的に並んで評価されるんではないか。
  私は、仙台へ初め早いうちに行ってみたときは何というそっけない町になったんだろうと思いましたけれども、最近仙台へ行きましたら相当緑が、街路樹もきれいになりまして、杜の都といったのは一時なくなったかと思っておりましたら、きれいな町になってまいりました。私のところの石川県は兼六園を持つ金沢市でございますので相当情緒がある町でございますが、そのキャパシティーだけではもう新しい町づくりと言えなくなってまいりましたので、いわゆる道路の整備であるとか新しい通信時代へ向けた町づくりをしなきゃならぬような状態になってまいりました。
  道路というのは大変変わりまして、ここに永田先生もいらっしゃいますけれども、富山、高岡、金沢と並びますと、北陸自動車道がつなぐ状況は一変してまいりました。手前みそなことを言って申しわけありません。だから、だんだんこれから変わっていくんだろう、それを競い合わせてみたい、こういうような気持ちもしないわけではありません。
○山崎力君 いろいろ御答弁いただきましたが、成熟した都市型社会というような表現もいろいろされているわけですが、そこに一言言わせていただければ、生まれて育って死ぬことが過不足なくできる町というのが成熟した都市ではないかなと私個人は思っております。
  最後に、時間もないのであれですが、国土庁長官にお伺いしておきたいと思います。
  というのは、今回都市の問題は出ておりますけれども、利用計画法の感覚から言えば、まさに都市だけでなくて日本国土全体の利用をどうするんだという話がありまして、我々の中にはやはりバブルのツケというものをどう処理しなきゃいかぬのかということがまだ課題として残されております。
  私自身の感覚からすれば、税制の問題、特に土地の担保制度をどうするのか、最終的にはこれが全部金融にひっかぶってくる。金融以外ならつぶれてもかわりの事業が残ってやれるわけですけれども、金融がつぶれたらこれは大変なことになる。そういったところの総括ができていないところがある意味では今回のバブルの一番の問題点だろうと私は思います。
  それで、先ほども赤桐先生からありましたけれども、バブルの復活に対してどうするんだと、今はそういうことなんだけれども将来起きるんじゃないかというふうなことで、その歯どめをどうするんだということがやっぱり一番の問題であろうと思うわけでございます。
  そういった中で、今回のいろいろな法案というのは、先ほども対症療法的な法案だということはわかるんですが、将来的にこの問題に国土庁としてどう歯どめをしていけるんだと、自分の範囲内でどうするんだということのお考えをお聞かせ願いまして、私の質問を終わりたいと思います。

○国務大臣(亀井久興君) 今の御質問にお答えをする前に、都市のビジョンとか都市計画というお話が出ましたので、ちょっと私の方からも考え方を申し上げたいと思います。
  御承知のとおり、新しい全国総合開発計画を策定したばかりでございまして、「二十一世紀の国土のグランドデザイン」と呼んでおりますが、その中に今委員が御指摘になりましたさまざまな観点からの検討も十分にした上でつくられたわけでございます。都市のことについてもいろいろ触れておるわけでございまして、特に都市のリノベーション、再構築ということも言っておるわけでございまして、「地域の自立の促進と美しい国土の創造」というサブタイトルもつけておりますけれども、地域の個性というものを十分に発揮できるそうした広域国際交流圏をつくっていこうという発想もあるわけでございまして、大都市のリノベーションということに基づいた新しい都市計画というものもこれからつくっていかなくてはならないわけでございます。
  また、こうしたこれからの公共投資のさまざまな計画とかあるいは三大都市圏の整備計画とか地方の開発計画とか、これも新しい長期ビジョンに基づいてつくられていくわけでございますので、ぜひとも全総に示されました理念に基づいた都市計画がつくられていくということを私ども期待しておるところでございます。
  それから、今の御質問でございますけれども、確かに再び地価が上昇するというようなことは防いでいかなくてはならないわけでございまして、そのための歯どめは私どもも十分に考えておるところでございます。
  今回も事前届け出から事後の届け出ということに移行するわけでございますけれども、しかし実際に取引をされたその価格というものが把握できるわけでございますし、またその届け出の件数等も常に掌握をしていくということでございますので、地価が上昇する、そういう懸念が出てきたときには機敏に対応して注視区域を設けるというようなことも考えておるわけでございます。また、監視区域制度というものもそのまま残しているわけでございますから、著しい地価の上昇ということがあれば当然のことながらこうした制度もまた発動するということでございますので、その点につきましては十分に私ども注意を払ってまいりたい、かように考えております。
(後略)