質問「『建築基準法改正と地方分権』ほか

(平成10年6月2日参議院国土・環境委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 改革クラブの山崎でございます。時間が制約されておりますので、短目にお答え願えればと思います。
  私は、この問題で今素人として法案審議に入って一番感じておりますことは、本来建築物の安全性のチェックをするべきというかその規範であるべき建築基準法が、その建築確認作業というところにおいて町づくりの部分と密接に関係してきてしまっている。要するに、純技術的な安全性を担保すればいい法律というものが、その単体ではなくて集団というものをどうしたらいいかというところまで来ている。ところが、それは別に都市計画法その他と関係しているものですから、その辺の役割分担が不明確になっているのではないかという基本的な認識に立ち至っております。
  そういった意味で、要するに建築確認作業で一番違反は何なのかといったら、建ぺい率と容積率だというんです。安全性の問題はもうごくごく一部だと、ごくごくではないんですけれども。そうすると、これは本当に建築基準法に基づく作業を建築主事たちはしているのか、そういう本来の趣旨からして外れているんじゃないかという気がしております。
  そこで、松浦参考人にお伺いしたいんですが、本来どうしても市民ないし国民がやってほしいというニーズがあるのならば、確認作業を三〇%でここ何十年来やってきたということはおかしいんじゃないか。幾ら市の予算が乏しいとはいえ、これに対して予算と人員をぶち込むというのは行政庁として、地方庁であっても当然ではないかと思うんですが、それを現実にやってこれなかった。ということは、それだけ市民のニーズがなかったというふうに考えてよろしいんではないかという気もするんですが、その点いかがでしょうか。

○参考人(松浦幸雄君) 御指摘のことでございますけれども、私ども高崎市におきましては、今先生御指摘のような状況が続いて、三割ではなくてうちの場合は完了検査やなんかは二割ぐらいでございますけれども、確認の段階におきましていろいろと作業がたまってくることも事実でございます。職員数も少ないということになりまして、先ほど私の陳述にもございましたように今いろいろと数少ない職員の中でそれをやりくりしておりまして、現状は先生の御指摘されるとおりであろうというふうに思っております。
  今後、この改正によりまして民間開放されるということになるわけでございまして、そうした職員にとっては今の改正は非常にいいことであろうというふうに私どもは思っておるわけでございます。
○山崎力君 ただいまというあれですけれども、本当にニーズがあるならばもう十年前二十年前から人員確保しているはずなんです。やっていないということは、それだけ市民のニーズがなかったということです。安全さえ確保していれば、ほかの町並みその他のところは、建て主としては、一般の住宅もアパートの集団住宅の経営者も含めて壊れるような家では困るけれどもその最低限の担保さえとれていれば、他人に迷惑をかけるということは御近所のつき合いということからの面だけであって余り言ってもらいたくない。そこのところを踏まえないでこの問題を考えても、僕はある程度むだだろうという部分があるわけです。
  そこでもう一つ、この問題の一つとして図書閲覧で、不動産を、住宅建造物をしっかり把握させる、情報公開すると言うんですが、これが実効性があるところまでの作業というのは、高崎市の場合にはどのくらいでその書類の整備ができるとお考えでしょうか。これから新しいものだけをやっていくというんでは、これは一〇%二〇%で、全体的にはそういった形でいけばほとんど実用性にならないという図書閲覧の作業になると思うんですが、その辺の見通しはどうでございましょうか。

○参考人(松浦幸雄君) 今具体的なあれについてはちょっとお答えできないわけでございます。その数字等については私どもまだ確認をしておりません。申しわけございません。
○山崎力君 申しわけないんですが、そういったことを私どもは実際の現場の首長さんの代表として来られた方に期待していたわけであります。法律の方向はいいんだけれども実際の現場でどうなのかというのをお聞きしたかったんですが、そういった意味で参考人として一番お詳しい方でも全然そういう数字がないということになれば、現段階では絵にかいたもちと判断させていただかざるを得ないというふうになってしまうわけでございます。
  それでもう一つ、今度は神田参考人にお伺いしたいんですが、安全性の問題で一番我々がショックを受けたのは、公共建造物が阪神・淡路で大分やられた。それが、あの時間帯でよかったけれどももっと違っていたら、例えば新幹線の鉄橋一つにしてもこれはもう千人単位の死者がふえていたかもしらぬと言われているわけですが、そういった点での結論。
  それから、先ほど気になった発言でいきますと、要するに施工不良なのか何なのかはっきりしていなけのでということが言われておりました。問題点が出てくるのは、設計のミスなのか、材料不良なのか、施工のミスなのか、いろいろ破壊された場合の、壊れた場合の要件はあると思うんですが、一言で今言われているのは古い耐震設計がやっぱり弱かった、新しいところはもっていたと、こういうことなんです。さはさりながら、古いところで公共的に言えば非常に重要なところがある。新幹線、それから私が驚いたのは地下鉄の崩壊、それからもちろん高速道路、一番目立ったところですけれども。それから公共建造物、県庁とか警察署とかというところがやられている。
  その辺のところを含めて、建築学会として何が安全性の最低限の問題で見直さなきゃいかぬのかという結論的なものは何か出ているんでしょうか。

○参考人(神田順君) 順序を終わりの方から順番にさかのぼりたいと思うんですが、建築学会といたしましては、ここ二年半ぐらいにわたりましていろいろ検討して、最終的には現在七十二の提言というような形で取りまとめたものをお出ししております。それについても、具体的に例えば行政にどういうことを希望するのか、あるいは一般の国民としてどういう形で考えていかなきゃいけないのか、そういうあたりについての具体的な対策を今検討している段階でございます。
  それから、例えば公共建築物が壊れたということに関しましては、警察署ですとか消防署ですとか病院とかが地震のときにどれだけの役割があるのかというあたりをあらかじめ検討した上で、一般の建築物と同じ強さでいいのか、その辺の問題をやはりもう一度取り上げておく必要があるんだろうと思います。
  以前、基準法改正のときに、これは重要度係数というような言い方で呼んでおりますけれども、そういう形でその法律に盛り込むことに関してはかなり反対がございましたようですが、現実に地震災害に対してどういうふうに対応するのかということを考えますと、法律がたとえミニマムのリクワイアメントであったとしても、地方公共団体あるいは住んでいる人たちがどういう建物にどれだけの安全性が必要なのかということを認識していただくことが必要なんだろうというふうに思います。
  それから、私が申し上げました施工不良、手抜き等の事柄につきましては、現実に八一年以降設計施工された建物の倒壊のパーセントを統計から申し上げますと、その数は十分少ない数だというふうに思っております。ですから、統計的な意味合いからはむしろ安全性はもう少し低くていいのかもしれないというふうに思うほどであります。
  ただ、非常に残念なことは、これは建設省に注文することはなかなか難しい国民全体の問題だと僕は思うんですけれども、どうしても責任を明らかにしない体質が日本全体にございます。ロサンゼルスでノースリッジがあったときには、市がかなり厳しい強権をもってその証拠を明らかにするんだということで検査に乗り出したわけです。もし日本でそういうことをやろうとすれば、すぐ動けるだけの人とかお金が必要なわけで、なかなかそういうことに対してうまく動けていないというところがあって、残念なことに実際に壊れてしまったり、場合によっては大手の建設会社がつくったものでもコンクリートの強度が必ずしも十分でもなかったというようなことは、裏では聞いているんですけれども、果たしてそういう数が幾つあってその原因が何であったかというようなことについて公開する資料の形ではできていないと思います。この辺は今回の反省に立ちまして、将来こういうことがあったときに迅速な対応がとれるように、そしてやはり設計者の責任あるいは施工者の責任、その責任も壊れたことだけが責任ではないんだと思うんです。
  お医者さんが手術をするときに、どういう手術をするかという判断の適切なところの責任はあるけれども、患者が亡くなること自体に対しては医者が責任をとるという性質のものではないわけです。設計者が適切なレベルに対しての設定に関しては責任があると思うんですが、現実に壊れるかどうかということと適切な判断をしたかどうかということを区別して議論できるような状況をやはり日本全体でつくっていかなきゃいけない。そのためには、建設省としても指導という立場でそういう方向に国民が考えていけるような指導をお願いできればというふうに思っております。
○山崎力君 今の問題は非常に私にも身につまされるところがありまして、「もんじゅ」のときとこの間の日銀のときに内部監査の実務上の責任者が二人とも自殺しております。そういった国民性があるということは重々承知した上で、これは時間がありませんので坪内参考人に要望だけ申し上げておきたいんです。
  日本の一流建設会社というものであれば、この間の阪神・淡路のときに被害を受けたあるいは被害を受けなかった御社の建造物がこれだけあって、そのうちの被害状況はこうでありというような報告書を出されるところがこれからの一流の建設会社ではないかというような感じを私は持っておりますので、関係者の間でそういった方向で御検討願えればと思います。
  最後に、片方参考人にお伺いしたいんですが、いろいろ反対の理由それから問題点を言われておりますが、いわゆる技術的な問題、建築基準法の問題が国民的議論になじむのだろうかという根本的な疑問を私は持っております。
  と申しますのは、先ほどの絡みでいけば、純技術的な安全性の問題に関してのことはちょっとなじまない。むしろこの問題でなじむのは、先ほどの例の日照権であるとか、容積率によって土地価格が上がるとか、あるいは借家人の権利とかあるわけですが、これはどちらかというと都市計画法的な絡みの方からきているダブった問題だ。
  そこで、極端かもしれませんけれども、例えば地方分権で、その土地土地の町づくりを建築基準法で認めるようにしたらどうか。これはまさに用途規制、建ぺい率その他出てくるんですが、これは松浦参考人にもお聞き願いたい。時間の関係でお答えは結構です。
  我が町は、要するに強権でもないんですけれども、市民の理解、すなわち市議会の議決をもって条例をやる。この区画はまさに発展させたい、よって容積率を一〇〇〇%に認めよう、そのかわりこっちの方はもう二階建て以上は認めない、あるいは極端に言えば鉄筋コンクリートは認めない、最近は一般住宅でも鉄筋建てが出てきていますけれども。そういったある意味で言えば極端なことも、先ほど片方参考人のことで言えば、地方分権的にやっていけば住民の理解さえ受ければできるということになるんですが、逆に進めれば。そういう考え方、そこまで地方分権に任せて、国はある程度やって、地方の人たちの納得ずくであればそこまでやっていいというお考えかどうか、お聞かせ願いたいと思います。

○参考人(片方信也君) 御指摘の点についてお答えしたいと思います。
  どこまで地方分権でというようなところの線の引き方については、御質問の中でも私の理解不足で聞き取り得ないところもややございましたが、基本的にはやはり安全性あるいは財産権の保障に絡むような基本的な骨組みは基準法で明確にさせるということが必要ですし、それ以外について特に御指摘のとおり町づくりや都市計画との関連が強くなってきておりますので、そういう側面から考えても地域、地方自治体の方に任せていくことが可能ではないかというように思っております。
  その際に、とりわけ重要な問題として出てまいりますのは、建築の質を高いレベルでどう確保するかということがあろうかと思うんです。特に、先ほど来も議論がありましたが、建築物を生産する際の設計者やあるいは職人さんやら施工監理等々の業務の関係が、お互いにそこが責任体制が持てるようにきちっとなっているかというと、その点にやはり今一つの大きな問題点があるというように考えておりまして、従来特に建築士、建築技術者につきましては建築手法制定にかかわっていろいろ議論があった経過があるわけです。特にそれは建築技術者、建築士の施工との兼業規定をどうするかということをめぐって随分長い議論がされ、そこのところは法文上も盛り込まれずに現行法ができているという経過がございます。
  そのことからいきまして、改めて建築技術者の特に中間検査等の検査がございましたけれども、それ以前に現場の、先ほど品質の管理というような御発言もございましたが、高い技術的なレベルを確保するための建築士の施工監理の仕組みをどういうふうに地方自治体で支えていけるのかということが課題になってくるというふうに思っております。
○山崎力君 終わります。
(後略)