質問「わが国外交のあり方について

(平成11年2月10日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 二点プラスアルファでお伺いしたいんです。
  一つは、先ほどの中ではちょっと抜けた感じがあるんですが、ペーパーの中に座標軸という言葉があります。それと、いわゆる国益という言葉も出てまいりました。そういうふうなものを国として持つ、漠然とでもいわゆる外交上持つということは、これはある程度必要だろうと思うんですが、そこのところに正義という感覚があるのかないのかという点を、非常に抽象的ですが、お伺いしたいと思います。これが今、正義というかわりに人道という言葉が非常にはやっておりますけれども、若干言葉としてずれている意味もある。その辺のところをどういうふうにお考えかということを一点お伺いしたいと思います。
  それからもう一点は、これはいわゆるヨーロッパ的といいますか、アングロアメリカ的ということなんでしょうが、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間のヨーロッパのいわゆるエスタブリッシュメントの考え方、それに伴うミュンヘン協定からヒトラーの台頭を許して第二次世界大戦に入ってしまった。そこのところが、向こうの方々の上層部には、いわゆる目先の平和よりは恒久的な平和のためにむしろ戦力を使った方がいいのだという考え方がありまして、それがいわば第二次世界大戦以降のアジアの人たちと大きく違うところではないかというふうに私は思っているんです。その辺での外交上の、コンフリクトというか、そういう摩擦があるのかないのか。その辺のところで大きなそごが、日本外交と、協力すべきアメリカあるいはヨーロッパの主要各国との違いが出ているんじゃないのかというふうに思っているんですけれども、その辺の私の考え方を含めて、お考えを伺えればと思います。

○参考人(岡本行夫君) 座標軸の問題につきましては、今、正義ということをおっしゃられました。私は、それが大変に大事な意味を持つと思います。
  いい例は、湾岸戦争のときでありまして、山崎先生は人道ということをおっしゃいましたが、日本はあのときにはさらに対話あるいは平和、協和、話し合い、そういったことを非常に重要視して、そして小学校では先生たちが子供に、皆さん、フセインというのは悪い人ですね、暴力で人の家に侵入しましたね。だけれども、皆さん、ブッシュというのも悪い人ですね、話し合いではなくてけんかで解決しようとしましたね。皆さん、大人になったらこういう人たちにならないようにしましょうねという教育をして、どちらが正しいか正しくないかという正義のところの判断というのは捨象したまま、話し合い、対話といったこと、そのこと自体が一番大事な価値であるということを行われたケースもあると聞いております。やはり、価値判断というものを避けてはならない、それが私は座標軸の一番の基本だと思っております。
  それから、後半の御質問の世界大戦のはざまのお話は、これは恐らく岡崎参考人もお話しになられたのではないかと思いますが、やはりあのときの集団安全保障体制というのは国際的にうまくいかなかった。きちっとした同盟関係による抑止、これは冷戦が終わった後は時代おくれなんだという意見もございますが、私は、残念ながら、今の国際政治の冷厳な現実というのは依然として抑止というものが平和を保つ基本にあるという状況が変わっていないと思います。早くそうでなくてもよい世の中になってほしいと思いますが、残念ながら今はそうではない。ということになりますと、日本の場合には、やはりアメリカとの安全保障体制ということの堅持しかない。
  しかし、これも、日本とアメリカの間では双方に対する相当の思いのずれのようなものがございます。日本にとってみれば、アメリカは世界でただ一カ国、自国民の血を流してでも日本を守る義務を法的に、政治的にではございません、法的に条約上負っている唯一の国であります。ところが、アメリカは世界じゅうで多くの国々とそのような同盟関係を結んでおりまして、日本はその一つにしかすぎません。その中で、やはり不断に、日米安保体制というものの重要性、それがいかにアメリカにも裨益しているものかということを言うのは日本の責務だと思っております。
  日米安保体制というものが東アジアの安定性の基礎の枠組みであるという今の現実というものをなお当分の間維持することが、あの大戦のはざまの、結局、集団安全保障体制というものがうまくいかなかったレジームの反省からも必要だと思っております。
(後略)