質問「『有事の際の国際協力許容範囲』ほか

(平成11年3月15日参議院外交・防衛委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 私は、せんだっての予算委員会での質問の続きという形で入らせていただきます。
  それは、日本有事の際のいわゆる国連協力ではない日本独自の第三国船舶に対する臨検についてということで、防衛庁の方からはできると。その根拠として法制局の方では、いわゆる自衛権の行使、自衛戦争の際の交戦権の行使と自衛行動という言葉遣いで変えてこられたんですが、その辺のところの違い、自衛行動と自衛権の行使とは具体的にどう違うのかということあたりからお聞かせ願いたいと思います。内閣法制局の方、済みません。確認しないで申しわけない。
  ちょっと簡単に繰り返します。先般の予算委員会の続きで、自衛行動と自衛権の行使と言葉を変えられていたので、その違いは何かというところから入らせていただきます。

○政府委員(秋山收君) お尋ねの自衛行動と自衛権の行使の違いの問題でございますが、いわゆる自衛行動と申しますのは、我が国が憲法第九条のもとで許容されております自衛権の行使として行う武力の行使の内容を指すものというふうに考えております。
  それで、我が国が九条のもとで許容されております自衛権の発動につきましては、従来から自衛権発動の三要件ということで、その要件に該当する場合に限り自衛権の発動ができるというふうに解しておりますが、このことは自衛権の発動ということとそれから自衛行動ということと同じことでございますので、自衛行動につきましてもそのような要件がかぶるというふうに御理解いただきたいと思います。
○山崎力君 そうすると、またもとに戻ってしまいまして、いわゆる交戦権という中に例示として政府見解の中でもいわゆる船舶の臨検というのが入っていて、九条で交戦権を否定している。だから、そのことはできないんじゃないかという疑問に対して、それは自衛行動としてできるんだと、こういう御答弁だったわけです。そうすると、今のお答えだとその辺のなぜできるかできないかというところの区別が非常に聞き取りにくいんですが、もう少しわかりやすく説明していただければと思うんですが。
○政府委員(秋山收君) 少し長くなりますが、いわゆる自衛権、それから戦争、自衛戦争、それから交戦権、自衛行動、自衛行動権などといういろいろな言葉を申し上げておりますので、その辺を整理して一度御説明申し上げたいと思います。
  まず第一に戦争という言葉でございますが、これは一般に国際紛争を解決する最後の手段として国家の間で対等の立場で国権の発動として武力を行使し合うものを指すものと考えられております。国際法上特に制限された手段以外の自由な害敵手段を用いて相手国を屈服させるまで行うものであるというふうに考えております。
  自衛戦争というのは、国際法上確立した概念があるものではございませんが、したがいまして、法的な概念ではなく、一般的な概念として、国家が自己を防衛するために行う戦争を指すものと考えております。
  それで、このような戦争一般でございますが、交戦権を当然に伴うものであるとされておりますが、ここに言う交戦権、あるいはこれは憲法九条の交戦権も同じでございますが、単に戦いを交える権利という意味ではございませんで、伝統的な戦時国際法における交戦国が国際法上有する種々の権利の総称でありまして、相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領、そこにおける占領行政、それから中立国船舶の臨検、敵性船舶の拿捕などを行うことを含むものを指すものというふうに従来からお答えしてきているところでございます。
  自衛戦争の際の交戦権というのも、自衛戦争におけるこのような意味の交戦権というふうに考えています。このような交戦権は、憲法九条二項で認めないものと書かれているところでございます。
  一方、自衛行動と申しますのは、我が国が憲法九条のもとで許容される自衛権の行使として行う武力の行使をその内容とするものでございまして、これは外国からの急迫不正の武力攻撃に対して、ほかに有効、適切な手段がない場合に、これを排除するために必要最小限の範囲内で行われる実力行使でございます。
  それで、自衛行動権という言葉は、このような自衛行動に伴う具体的な権能を説明するために政府が用いてきた概念でございまして、したがいまして、先ほどのような必要最小限度という要件に該当する場合には、この間、委員が御質問されましたような敵性国家に武器を運んでいるというような船舶に対してこれを検査し、場合によってはそれを没収、押収することもケースによっては含まれるものと考えております。
  ただ、そのような自衛行動権は、先に述べました戦争に伴う交戦権とは別の観念でありまして、例えば伝統的な戦時国際法では交戦権に含まれるとされます相手国領土の占領、あるいはそこにおける占領行政などは自衛のための必要最小限度を超えるものであって、我が国が保有していると考えられます自衛行動権にはこのようなものは含まない。その意味で自衛行動権は限定的なものであるというふうに考えている次第でございます。
○山崎力君 頭の悪いせいかわからないんですが、今の御説明を聞きますと、要するに一般的な、伝統的な交戦権のうち、憲法九条で許されているものを自衛行動権、あるいは自衛行動の内容とするというふうにとらえざるを得ないと思うんです。
  ただ、そこのところに何をもっていわゆる伝統的な交戦権のうち制約を受けた自衛行動権になるのか、及びその自衛交戦権の典型例とされている第三国の船に対する臨検並びに敵性船舶に対する拿捕等が可能なのかというところの位置づけといいますか理論づけがどうもよくわからない。僕のポイントはそこだったわけですけれども、その点いかがでしょうか。

○政府委員(秋山收君) 憲法第九条のもとに認められております自衛行動と申しますのは、繰り返しになりますが、いわゆる自衛力発動の三要件、具体的な武力攻撃を受けていること、それからそれを排除するためにほかの適当な手段がないこと、それから発動の態様は必要最小限に限るということでございます。
  その範囲内で、それを裏づける具体的な権能として自衛行動権という概念を説明として用いているわけでございますが、伝統的な国際法上の交戦権がいかなるものを、総体的にどんなものを含んでいるか、そのメニューの中で自衛行動権として認められるものは何かということはなかなか具体的に確定することはできないわけでございまして、やはり先ほどの三要件に照らしまして認められる範囲で自衛行動権が認められると。
  したがって、典型的に申しまして交戦権には含まれるとされております相手国領土の占領、軍政の実施というようなものが含まれないということは申し上げているわけでございますが、それ以外のものがどこに境界が引かれるかということは、やはり具体的な状況に応じて判断せざるを得ない問題ではないかと考えております。
○山崎力君 この問題は後に続きますが、その具体的な事例に含まれるかどうか、具体的なケースに当たらなきゃわからぬということは、現実の交戦時において現場の自衛官がこの行動ができるかできないかを判断せざるを得ないということで、極めて立法政策上不適切な関係ではないかなという感じを私は持たざるを得ません。
  その辺はそこに置いておいて、次の問題として、日本有事のときに、今の絡みなんですけれども、どこまで日本が行動をとれるのかということが当然考えられるわけです。その辺について、国際法上許されている部分もあれば、今の作業によって許されないところも出てくると思うんですけれども、国際協力という面にまず絞って考えた場合、日本有事の際の国際協力、いわゆる戦争の国際協力ということになりますが、その辺はどの辺まで許されるとお感じでしょうか。これは外務省の方ですか。

○政府委員(東郷和彦君) 今、委員御質問の日本有事の場合、これは我が国に対する武力攻撃が発生した場合というようなことかとも思いますが、その場合は、委員御案内のように、日米安保条約第五条の事態になるということでございまして、日米安保条約第五条に基づいて我が国は米軍とともに共同対処をするということになるわけでございます。
  どこまで行動できるかという御質問の意味が必ずしもよくわかりませんので、明確に御指示を賜ればと。
○山崎力君 いわゆる今度のガイドライン絡みでもいろいろ言われているんですが、要するにどこまで共同作戦行動がとれるのかどうか。本当に組み込まれた一体化という問題はまた別の議論があるかもしれませんけれども、結果的に共同して相手、日本に対するその意味では攻撃国に対して当たることができるのか。もっと具体的に言えば、今回の場合問題とされている武器弾薬の補給をアメリカ側にできるのかどうか、その辺のところをお答え願えればと思います。
○政府委員(東郷和彦君) 今、委員御質問の事態といいますのは、我が国に対する武力攻撃が発生している場合でございます。その場合に、米国と共同対処をするということでございますので、今回御検討いただきます我が国に対する武力攻撃が発生している場合ではないところの周辺事態というものとは当然状況が異なるわけでございます。
  したがいまして、我が国がそういう場合に米国に対して行ういわゆる後方支援、これについてはいわゆる一体化論から生ずる制約というものを受けることはないというふうに考えております。
○山崎力君 ということは、周辺事態であれば、武器弾薬の、言葉は適当かどうかわかりませんけれども、後方地域におけるあれであっても制約はもちろん受けるし、あるいは砲側までのところは当然だめだ、水とかそういったものについてはと、こういう話なんですが。
  名前は挙げませんけれども、ある事態が想定されて、周辺事態だった、その事態に応じて、応じてといいますか、関連して我が国にその周辺事態の国から攻撃があったという場合、周辺事態でなくなったといった場合は、我が国の補給がある意味では前線近くまで行って、公海上であるならばどこでも協力して武器その他の弾薬の相互融通ができると考えて法律的にはよろしいんでしょうか。

○政府委員(東郷和彦君) 仮定の御質問ですので、私必ずしもよくお答えできないかもしれませんが、要するに今申し上げましたように、基本的には日本に対する攻撃が行われた、こういう事態でございます。したがいまして、日本は個別自衛権の発動としてこれに対処する、安保条約に従って米国と共同対処するということになるわけでございます。
  もちろん、今申し上げましたように、それでは日米の活動が全く無制約かというと、これは自衛権の要件を満たす限りにおいて活動が許されるということになるわけでございます。
○山崎力君 今、米軍との絡みが出てまいりましたけれども、もう一つ、国連軍と言うと非常に語弊があるんですが、国連との協力ということがある程度考えられるわけでございますけれども、その場合は米軍への協力と違った対応があるんでしょうか、ないんでしょうか。
○政府委員(東郷和彦君) また仮定の御質問でございますので、そういうものとして一般論として申し上げますが、我が国に対する直接の攻撃があった場合、条約上の権利義務関係として共同対処するということが現在法律的に取り決められているのは安保条約のみでございます。安保条約の五条に従って対処するということになろうと思います。
  その場合、国連がどういう活動をするのか、その活動をする国連に対して日本がどういうふうに対処するのか、これはそのときの諸般の情勢、それは大変複雑な状況になるかと思いますが、その状況に対応して考えるということしかないのではないかと考えます。
○山崎力君 もう少し具体的にといいますか、わかりやすく言いますと、要するに国連の多国籍軍であれ朝鮮国連軍であれ、そういった国連の軍隊が周辺事態でいて、そのときの協力体制というのはまた別にあるけれども、同じ国連が対処しようとしている国家あるいはそういった勢力から日本が攻撃を受けて日本の有事になった、こういった場合、これはあり得ることだろうと思うんですが、こういった場合、安保条約の米軍との協力ができている。そうすると、国連とはそこのところは具体的にまだ何も決まっていないというお答えだったわけですが、そこで国連と具体的な協力をする、そういったいろいろな取り決めを結ぶということは憲法上許されているのか許されていないのか、その辺はいかがでしょうか。
○政府委員(東郷和彦君) 非常に複雑な状況が発生する、その状況についての仮定の御質問ですので明確にはお答えできないかと思いますけれども、もし委員の御質問の点が、国連憲章四十二条、四十三条に基づく国連軍が組織されて、それに基づいて日本がどう対応するのかという御質問であれば、これは累次申し上げておりますように、今政府としてはその状況を研究しているという状況でございます。それ以上のことをちょっと私から申し上げるのは難しいかと思います。
  戦後五十年間、まだ一度も発動されておりませんこの国連憲章四十二条、四十三条に基づく国連軍ではない、国連の安保理決議が出た場合にどうかというお尋ねでありますれば、これは安保理決議というのは関係国に対して権限を付与する場合、あるいは勧告をする場合、いろいろございます。その安保理が関係国に対して権限を付与したりあるいは要請したり、その内容に応じて判断するということしかないのではないかと思われます。
○山崎力君 ちょっと視点を離れまして、先ほどからの御答弁の中で、伝統的なといいますか、戦争その他のあれがございました。その伝統的な戦争概念からいけば、国家間の争いということからいけば、一般論として戦争の種類分けのときに、いわゆる侵略戦争あるいは自衛戦争、もう一つ制裁戦争という概念、三つの概念がたしかあったと思います。それで、いわゆる国家でない、共同対処的な、特に国連というような形の集団が一つの国ないしなんなりに対して、具体的に言えば、さっきの湾岸戦争のイラクのような国に対して共同対処をする戦争というものは一種の制裁戦争であるというふうな説明を受けていた記憶があるんです。
  その辺のところの今の考え方、国際的な物の考え方、もう一つ言えば、そこのところの戦争に対して中立を守る、第三者的にいる、ただし中立を守る国はそれなりの権利といいますか、あれもあるかわりに義務も生じるよというようなことがあったんですが、その辺の概念といいますか考え方は、今、国際社会の中でどういうふうになっているのか、御説明願いたいと思います。

○政府委員(東郷和彦君) 今、委員御質問の戦争及びそれに関連して言われておりました侵略戦争、自衛戦争、制裁戦争、まずこれについて申し上げます。
  先ほど法制局の方からも御説明ございましたけれども、かつ、もう何度も申し上げている点でございますけれども、戦争というものが国際法の中ではっきり認知されていたのは、少し一般的な表現になるかと思いますけれども、国連憲章以前の状況でございます。これは、国際紛争を解決する最後の手段として二つの国が対等の立場で国権の発動として武力を行使し合うということで、これは合法的に認められていたわけでございます。
  ただ、国権の発動として戦争が認められていた時代に、委員御指摘の侵略戦争、自衛戦争、制裁戦争、これが国際法上明確に定義されていたかといいますと、私どもの認識としては、それは必ずしもそういうことではなくて、いろいろな状況の中でそういうふうに呼ばれていたことは確かにございました。しかし、国際法上、この三つが明確に区分されていたということはなかったかと思います。
  委員御案内のように、国連憲章が成立した後は武力行使自体が原則として違法になったわけでございますから、そういう意味で戦争そのものが違法になったということでございます。
  その後、ただ、その違法性を阻却する事態として、累次申し上げておりますように、国連憲章のもとでの集団安全保障措置と、それからその措置が発動される前のところで考えられるいわゆる自衛権、この二つの状況において違法性が阻却された。そこで、国連憲章のもとでの集団安全保障措置、これは伝統的な国際法上で言われていたところの制裁戦争というのとは、これは少なくとも法理念上は全く観念を異にする新しい国際法と考えるべきではないかというふうに考えます。
  次に、中立についてのお尋ねでございますけれども、中立は、まさに今申し上げました戦争が合法的であった時代に二つの国が戦争を始める、そうすると、その戦争に参加しない国、これが伝統的な国際法上のもとでは中立の立場に立ったということでございます。
  しかし、国連憲章の成立した後、いわゆる戦争、武力行使というものが基本的に違法になった時代においては、この伝統的国際法のもとで有効に成立しておりましたところの交戦国あるいは中立国としての権利義務関係、これはそのままには適用されなくなったということでございます。そのままに適用されなかったということは、まさにそのままには適用されなくなったということでございまして、なかなか現時点でそれ以上に、中立というものが国連憲章のもとでどういう意味かということを御説明するのは大変難しい、確定的なことは申し上げにくいというのが現下の国際法の状況かと思います。
○山崎力君 ということになりますと、今いろいろな紛争その他の中で我々は中立だというふうなことを宣言するようなケースがかなりありますし、具体的にもそういったところはあるわけですけれども。そうすると、その辺の国際法的な裏づけといいますか、権利義務関係というか、どこが違反したかとかどうとかというのは一義的に決められない、ある意味では逆にその辺の中立概念というのははっきりしなくなっているのが現状だというふうに解してよろしいんでしょうか。
○政府委員(東郷和彦君) 御指摘のとおりかと思います。
  今申し上げましたように、伝統的な国際法に基づく交戦国、中立国、こういう概念はそのままに適用されなくなったということ以上に確定的なことを申し上げることは非常に困難かと思います。
  ただ、あえてもう一点申し上げさせていただければ、国連憲章が成立しておるわけでございます。国連憲章の理念では、国連憲章のもとでの集団安全保障、これはある国が侵略等を行った場合に当該国も加盟している国連自体の判断のもとに軍事的その他の強制措置によってかかる侵害行為を鎮圧し除去するという、こういう制度がございます。したがって、その国連憲章の制度を前提にして考えますれば、伝統的な意味での中立という概念が適用される、中立という状況が生ずるというのはなかなかに考えにくい事態だというふうに思われます。
  しかし、それではその先どういうふうに考えるのかということは確定的には申し上げられませんし、まさに今生起しております一つ一つの国家実行等を見ながら考えていくしかないのではないかと思います。
○山崎力君 というふうな現状を伺ってまいりますと、現実的な話として、安全保障措置というものが国連で制裁戦争とかわるものとして、国連としては平和を守るための担保措置として、概念として安全保障措置というものを持ってこようというような形になってきているとは思うんですが、現実の国連の姿を見ると、いわゆる安全保障理事会の常任理事国、これが拒否権を発動するという事態があれば現実にはそれは行使できないというのがあり得ると。
  こういうことになりますと、今の国連憲章下では、いわゆる安全保障理事会の常任理事国が密接に関係した、言葉をかえれば拒否権を発動しない戦争といいますか紛争以外、そういった意味での国連絡みの戦争というものはなくなる、ないというふうに考えられるわけでしょうか。

○政府委員(東郷和彦君) 委員御指摘のように、安全保障理事会を核とします国連の集団安全保障措置、これが戦後の国際社会の中で生起しているすべての紛争に対して常に有効に作用してきたということではないと思います。
  ただ、例えば過去の例で申し上げれば、朝鮮戦争あるいは湾岸の対イラク戦争等、安保理の決議に基づきまして国連がそれなりに機能してきたという例もあるわけで、冷戦終了後の国際社会の中におきまして国連の活動を有効ならしめるために関係国が大変な努力をしておるし、これからもその努力を傾けていきたいという状況にあるかと思います。
○山崎力君 これはお互い承知の上での話で余り進めたくないんですが、要するに一国が当事者になっている、一国というのは安全保障理事会の常任理事国が当事者になっている戦争は安全保障の措置の対象にならない。具体的に言えば、アフガニスタンの戦争であり、ベトナムの戦争であり、あるいは中国のベトナムへのそれこそ制裁戦争、そういったものは安全保障措置の対象にならないというのも一面の事実だろうということを私は申し上げたいわけでございます。
  この問題、いろいろ頭の中での問題があり得るわけですけれども、少なくとも中立という概念がなくなってきたと、今までの中立という概念、古典的な中立という概念が今の国際政治の中でそのまま受け入れられていないということは、僕自身も含めて余り国民に浸透していない事実だろうというふうに思うわけでございます。そういった背景を含めて、これからガイドラインを、衆議院が済んだ後にこちらの方でやるかと思うんですが、両大臣に、その辺を含めた形の国際情勢の中での御感想があればお伺いしたいと思います。特にございませんですか。
  ちょっと古い国際法の話、観念の話で討論になりましたけれども、定義の一つ一つをやっていきませんと、その辺で議論がすれ違いになるということも聞き及んでいますので、一応いい整理をさせていただいたということでお礼を申し上げ、私の質問を終わりたいと思います。

(後略)