質問「『集団的自衛権否定の法哲学』ほか

(平成11年5月11日参議院日米防衛協力のための指針に関する特別委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 参議院の会の山崎でございます。きのうに引き続きまして、新ガイドライン関連法案を中心にお伺いしてまいります。
  まず一番最初に、今回の一連の衆議院を含めての議論の中でどうしてももう一度振り返っておかなければいけないというか、議論のいろいろな中での問題点の一つとして集団的自衛権というものがどういうものかということを確認したいという気が私は強くなってまいりました。そういった意味で、我が日本国憲法が集団的自衛権というものを否定する内容、そういうふうに内閣法制局を初め現政権も判断しているわけですけれども、この背景にある考え方、思想といいますか、あるいは法哲学というものはいかなるものなのかという点をお伺いしたいと思います。

○政府委員(大森政輔君) お尋ねの集団的自衛権の行使を憲法が否定している背景にある法思想あるいは法哲学はいかがかと、非常に格調の高い御質問でございまして、御質問を伺いますと、若き時代に学びました法哲学の一章に自衛権というものが一分野としてあったなということを思い出すわけでございますが、それはともかくといたしまして、このお尋ねの件と申しますのは、憲法の基本理念、すなわち平和主義、そして国際協調主義及び基本的人権尊重主義というものが総合した姿で発現した問題の一つかなというふうに考える次第でございます。
  これでは余り抽象的過ぎようかと思いますので、もう少しブレークダウンして御説明いたしますと、今までもるる御説明いたしましたように、集団的自衛権と申しますのは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力で阻止することを正当化される地位ということでございます。これは我が国が加盟しております国連の憲章第五十一条の規定にもあらわれているところでございまして、我が国が国際法上このような集団的自衛権を有していることは主権国家として当然である。これは先ほど申しました国際協調主義の一つのあらわれととらえることができようかと思います。
  しかしながら、次に述べるような理由によりまして、政府は従前から一貫して、我が国が集団的自衛権を行使することは憲法上許されないという立場に立っているわけでございます。すなわち、憲法は、第九条におきまして、戦争、武力の行使等を放棄し、戦力の保持を禁止し、交戦権を否認しているわけでございます。しかしながら、午前中も御説明申しましたように、前文におきまして確認している平和共存権、平和的生存権の確認、あるいは憲法十三条の生命、自由、幸福追求に対する権利の尊重などの趣旨を踏まえますと、自国の平和と安全を維持し、その安全を全うするために必要な自衛の措置をとることまでも憲法九条は禁じているものではないという結論が出ようかと思います。
  しかし、平和主義をその基本的原則とします憲法が自衛の措置というものを無制限に認めているとはまた解されないのでありまして、それはあくまで外国の武力攻撃に対して我が国を防衛するためのやむを得ない措置として初めて認容されるものである。その措置は武力攻撃を排除するためにとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とする集団的自衛権と申しますのは、その行使は憲法上許されないという結論に達せざるを得ない。
  これが、従前から繰り返し説明いたしております集団的自衛権の行使は憲法上認められない理由でございます。
○山崎力君 るるお述べいただきましたが、それは今までの政府解釈の説明でありまして、私のお聞きしたのはその背景にあるのは何かということであるわけです。私もこういう議論をしておりますと今くらいの中身は大体入っているわけで、そこのところをどういうふうな考え方でそういうふうな考え方にきたのかということをお述べいただきたかったわけでございます。
  と申しますのは、いろいろおっしゃいましたけれども、今回の問題も含めて集団的自衛権の問題、我が日本国政府の従前の解釈は、どなたかもおっしゃられましたけれども、極めて独自でございます。特異と言ってもいい、あるいはひとりよがりと言っていいかもしれません。私の思うところでは、集団的自衛権を制限しているという形のものはいわゆる中立国がとっている政策であって、軍事的な同盟国がそれをかざしているという国は一国もないと私は承知しております、もしあれば教えていただきたいわけですが。
  そういった意味で、その辺のところの世界的な常識と外れた部分というものが、ある意味では日本の行動というものを世界の各国から見てわかりづらいものにしているんではないだろうかという危惧すら持つわけでございます。
  そういった点で、もう一歩進んで言えば、この日米安全保障条約というものが片務的であるからよろしいんだ、合憲である、集団的自衛権にはつながらないんだということなんですけれども、周辺有事の際に、いろいろな兵器であれ資金であれ食糧であれ何であれ、そういったものを提供するということが、いわゆるお互いさまの同盟関係、自衛権のお互いの足らざるを補うというような形の行動にならないのか。一言で言えば、日本は物を出します、アメリカは人を出します、これでお互いさま国の存立を保とうあるいは安全を確保しよう、こういう考え方というのは、集団的自衛権の行使というか、行使と言うと大げさかもしれませんけれども、そういった物の考え方とどう違うんだろうかというふうに考えるんですが、その点はいかがでしょうか。

○国務大臣(高村正彦君) 少なくとも私は、安保条約が片務的であると言ったことはないし、片務的であるからこの条約が合憲であると言ったことはないわけで、委員は物の提供と言いましたが、むしろ施設・区域を提供しているということが日本の最も大きな義務というか、そういったものだろうと思っております。
  ただ、なぜ合憲かといえば、やはり集団的自衛権を行使しないから、この条約に基づいて集団的自衛権を行使することがないから合憲なのであって、片務的とか双務的とかそういう話ではないんだろうと。
  委員とはこの問題で外交・防衛委員会でも随分話した記憶がありますが、端的に言って、集団的自衛権の定義が政府がとっているところと委員と違うということが端的な理由だと、こう思っていますが、日本国政府がとっている定義はむしろ国際的にも通説である、こういうふうに考えております。
  国際的にわかりにくいということは、できるだけわかりにくくないようにその解釈をころころ変えないようにしているわけでありますが、国際的にも変えないことでわかっていただくということにしようと思っているわけでありますが、やはり集団的自衛権を行使しないという、そういう憲法を持っている国がほかにない、日本ただ一つだと、そういう中でいろいろなことをやろうとしているときに、それは国際的にわかりにくくなることもあるかもしれません。ただ、できるだけ、その解釈をころころ変えていればもっとわかりにくくなるわけでありますから、日本政府とすればそういう解釈は変えないでやっていこう、こういう立場をとっているわけでございます。
○山崎力君 特異ということがひとりよがりということでなければいいわけですけれども、少なくともこういった普通の国際常識、国際国家間の関係を見る面において、日本というのは普通の国とは違った位置づけの法体系といいますか考え方を持っているということだけは客観的に否定できないと思うわけです。そして、我が国が平和国家であるからと自称しておりますけれども、そうすると、そうでない国は平和を愛する国家ではないのかという裏から言える部分があって、別にそういった意味で日本がそれだけ現時点で威張れるようなことを平和国家としてやっているかということになると、ますます背筋が寒くなるような状況もないわけではないわけでございます。
  それはこの際ともかくといたしまして、今回の問題でいけば、非常にそういった意味でのわかりにくさという点からいけば、言葉の問題があります。これは英語の訳がそれぞれ違っているということで、百も承知でお伺いするわけですが、日本語だけ見ますと、いわゆる後方支援と後方地域支援、地域が入っているか入っていないか、こういう問題ですが、ここは、時間がなくなっていますので簡潔にお答え願いたいんですが、その定義上の違いは何かということと、周辺事態においてなぜ後方支援ができないのかということをお答え願いたいと思います。

○国務大臣(野呂田芳成君) 私どもが後方支援と後方地域支援を分けておりますのは、やる中身は大体同じでありますが、後方地域という概念を導入したのは、昨日来いろいろ憲法論議がありましたが、そういう憲法の問題から見て我々は武力行使ができない、三つの活動において武力行使ができない、または武力行使と一体となってはならない、あるいは今、委員がおっしゃっているとおり集団的自衛権というようなものも行使できない。こういうことを考えますと、やはり三つの活動をやる場合に、後方支援とは違った後方地域というものを設けまして、今言うような憲法上の制約を乗り越える地域を設けざるを得なかったというのが事実だろうと思います。
○山崎力君 それでは、ちょっと飛ぶようですが、また言葉の問題にさせていただきます。
  先般の不審船事件の例で、護衛艦、あるいはこの場合巡視船というのはちょっとなじまないかもしれませんけれども、発砲したり、航空機から対潜爆弾を落としたと。これは武力の行使ではない、一種の武器使用であるというふうに言われて、私も個人的にはそう思います。
  それでは、武力行使と武器使用とはどこが違うのか。外見上は非常に似ている部分もあるんですが、どこが違うのか、言葉の使い方として、まず教えていただきたいと思います。

○国務大臣(野呂田芳成君) 一般に憲法九条一項の「武力の行使」と申しますのは、我が国の物的あるいは人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為を言うと言われております。
  また、武器の使用とは、火器とか火薬類とか刀剣類その他、直接人を殺傷しまたは武力闘争の手段として物を破壊することを目的とする機械、器具、装置をそのものの本来の用法に従って用いることを言うと解されております。
○山崎力君 武器使用の定義はそれでいいかもしれませんが、武力行使といった場合、武器を使うということは前提ですけれども、やはりそこのところには組織、多くの場合、軍隊であれば国家の意思がそこにあって、そこからの命令になっている。しかも、その命令するところがある目的を持ったものである。そこの目的がどういうものであるかということが、平和のために武器を使うのか、それともそうでないために使うのか、その辺で違ってくるのではないかと思うわけですが、今のお答えですと、その辺が非常にあいまいに聞こえてまいります。時間の都合で先に行かせていただきますが、詳しくは後ほどの議論の中でもお教え願いたいと思います。
  そのときに、武器使用に関係がないとは言えないんですが、日本有事の際に、自衛隊法の八十条、これによりますと、防衛庁長官が海上保安庁長官を指揮することができる、こうなっておりまして、他方、海上保安庁法第二十五条においては、海上保安庁の組織というものは軍隊としての機能を営むことが認められておりません。軍隊としての機能を営むことが認められていない海上保安庁を有事の際に防衛庁長官がどういう指揮をできるんでしょうか、教えていただきたいと思います。

○国務大臣(野呂田芳成君) この隊法の八十条におきましては、総理大臣は防衛出動または治安出動を命じた場合には、「特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部をその統制下に入れることができる。」とされております。この場合には、防衛庁長官が海上保安庁長官に対して指揮を行うことと委員がおっしゃったとおりであります。この場合であっても、海上保安庁法に定める海上保安庁の任務、権限には何ら変更はございません。具体的にいかなる業務を行わせるかはその時々の事態の態様に応じて異なり、一概には言えないわけでありますが、海上保安庁は、自衛隊の出動目的を効果的に達成するために、その所掌事務の範囲内で、例えば漁船の保護、船舶の救難等の人命、財産の保護や、密輸、密航等の海上における犯罪の取り締まり等の業務を実施することとなると考えられます。
  このように、自衛隊法の八十条の規定による防衛庁長官による海上保安庁の統制は、海上保安庁の非軍隊性を規定する海上保安庁法二十五条と矛盾するとの御指摘は当たらないものと考えております。
○山崎力君 いや、御指摘は当たらないと思うというのは、法律を管掌するところからいえば当然おっしゃるんでしょうけれども、当たる可能性があるんではないかと。それじゃ、当たらないように運用するにはどうしたらいいんだと。
  また、逆に言えば、防衛庁として、自分たちは有事の際に日本の防衛のために軍事行動をつかさどって行動する役所ですよ。それが、それをやっちゃいけないところを抱え込んで指揮命令するということになると、ある意味ではかえって足手まといになりかねないわけで、その辺のところを、これは警察も当然そういった場合はあり得るわけですけれども、その場合、有事に際して防衛庁長官が警察庁長官を指揮するというような法律はどうもなさそうでございますけれども、その辺のところの整合性が非常に見えてこない。こないというか、その辺をきのうもひとつ指摘させていただきましたが、ガイドラインのところへ行く前に、私は日本の国内の有事の方の現行法における問題点を先に整理しなければいけないんじゃないかという気がますます強くなるわけでございます。
  そういった点で、時間の都合もございますので、こういったいろいろな議論がございますが、同僚議員のそれぞれの立場からの質問を見ていてある種共通して感じるのは、先ほど一番最初に申し上げましたように、いわゆる特異な我々の解釈である集団的自衛権の否定、あるいはさかのぼっていえば憲法第九条の考え方、そしてそれ以降五〇年における日米の旧安保条約、六〇年の新安保条約、そういった中でずっと来ていた。それで、その中で正直に言えば我々の先輩が日本の有事あるいは危機管理、そういう法律の体系の整合性、行政府としていかにそれに合理的に対応するかという法体系を整備してこなかったということが言えるのではないかと思います。
  その中で私が危惧するのは、条約的ないわゆるアメリカとの約束事、こういった中で、新ガイドラインから国内法の整備、日本有事の法体系に逆におりてくるんではないか、つくり方が逆なんではないかと。自分たちの国をどういうふうにして緊急時において運用するのかということからやらなければいけないんではないかなと思っているわけです。
  そういった流れについては、ほとんどこの間自由民主党が政権をとっておりました。そういった中で、総理の前で恐縮でございますが、現在一番経験豊かであると思われる宮澤大蔵大臣に、その辺の経緯を踏まえた今の御感想をまず伺えたらと思う次第でございます。よろしくお願いします。

○国務大臣(宮澤喜一君) 時間が限られておりますので簡単に申し上げますが、日本が独立を回復しましてから何年かたちまして、私は、もし東京に空襲があったらばだれがサイレンを鳴らすんだろうかということを一生懸命調べましたけれども、自衛隊じゃありません、米軍ではありません、どこの役所でもないということを発見いたしました。
  そういう状態は非常に長く続きまして、やがて自衛隊ができまして防衛出動という規定はできましたが、いざどこかの敵が上陸しようとするときに、自衛隊の戦車は私有地である原野を突っ切れるのか、海岸に構築物を置けるのか、道路交通法に違反なしに動けるのかといったようなすべてのことは何にも決まっておりませんで、自衛隊法には「政令の定めるところにより」という部分が幾つかございますが、政令は定められておりません。
  そういう状態がずっと続きましたので、自衛隊の人は私が心配するぐらいですからよほど心配をされていろいろ研究されるんですが、研究が報道されるたびに国会の委員会はとまるわけでございます。そして、そういう研究をした人間はけしからぬと言われますから、政府としてはどうもできない。福田内閣のときにようやく少し物を決めそうになりましたが、ただしこれは立法を前提としないということでありますから、何のことかわからないということがおっしゃいますように大変長く続いて、私は何かやっぱり有事ということは災害のような立法で考えられないだろうかと思いましたが、それもだめでありました。
  正直申しまして、そういう雰囲気でありますから、国会としては、委員会としてはなかなかそういう議論を正面からお取り上げいただけなかった。大変正直に申しますが、村山首相が安保条約は大事なものである、自衛隊は違反でないと言われまして、初めてこういう議論ができるようになった。それでもなおちょっとございますけれども、これがやはり大きな転機で、こういう議論ができるようになった。
  アメリカ側は、自分たちは同盟国であるから大事なときには助けなきゃならぬが、その助けるロードマップがないわけでございます。青写真があって、自分たちは職人ですから一遍それを実際に訓練でやってみなければ心配でしようがないという事態がごくごく最近まで続いたと思います。
○山崎力君 本当に今までの経緯を簡潔に御説明願ったと思います。
  そこで、総理に最後にお伺いしたいんですが、せんだっての質問で、名前はともあれ対有事の諸立法を真剣に検討中であると、近い将来というニュアンスでおっしゃられましたが、今般の新ガイドライン関連法規、今の宮澤大蔵大臣の発言、そういったものを考えると、それだけ悠長な問題ではないんではないかというふうな気がしているんです。その辺のところで総理の御決断をそろそろしていい時期じゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。

○国務大臣(小渕恵三君) 今回の新ガイドラインの法律案制定をめぐりまして、有事立法の問題等につきましても御指摘をちょうだいいたしました。今回の法律につきましては、これはぜひ通過させていただかなきゃなりませんが、こういう機会にもろもろの問題についてもかなり問題提起をされておりますので政府としても勉強いたしていかなきゃならぬと思います。
  大先輩の宮澤大蔵大臣、長きにわたりまして日本の政治をごらんいただいてまいりました。そういった点では、正直申し上げて、今日、この共通の基盤において国会でも御議論がなされることのできるような時点に達してきておると認識いたしておりますので、さらに政府としても勉強させていただきたいと思っております。
○山崎力君 終わります。(拍手)
(後略)