賛成討論「新ガイドライン関連3法案について

(平成11年5月24日参議院本会議会議録より抜粋)


(前略)
○議長(斎藤十朗君) 山崎力君。
    〔山崎力君登壇、拍手〕
○山崎力君 参議院の会の山崎であります。
  今回の新ガイドライン関連三案件につき、不十分な点は多々ありますが、結論を先に言えば、賛成の立場から討論をいたします。
  今回の新ガイドライン関連法案は、審議途中、衆議院で、三案件の一つ周辺事態法の三本柱の一つと言うべき船舶検査活動が削除されるなど、提出者である政府みずから、現状だけでは欠陥ありと認められたものであります。しかも船舶検査活動を削除、先送りして別の法律でつくるという方法は法体系の面からも問題があると言わざるを得ません。
  さらに、今回の審議で明らかになったというよりも、むしろ以前から関係者には自明のことであったのですが、日本緊急事態時における法体系、特に国民あるいは地方自治体の権利義務、自衛隊出動の際の権利義務はもとより、米軍にどこまで協力するかなど、非常事態あるいは危機管理対応の法体系が全く不十分のままであるという点が、改めて最大の問題として浮き彫りになったと思うわけでございます。
  すなわち、今回の審議の中で浮き上がった最大の問題点は、法案自体よりも、宮澤大蔵大臣が万感の思いを込めてと私には受け取れた答弁の中でお認めのごとく、我が国は有事法制が幾多の事情によりこれまでほとんど論議、整備されてきておらず、このままでは一朝有事の際、法的裏づけのある十分な対応ができないというゆゆしき事態が明らかになったのであります。一々その具体例は挙げませんが、一つだけ申し上げれば、周辺事態となり後方地域で支援中、例えば日本領海近くの公海上で、米艦に自衛艦が燃料補給という支援活動中に日本有事となったとしたら、日米がより一層協力して事に当たらなくてはならない事態になったのにもかかわらず、日本有事に燃料補給を許す法律がないため補給を中止しなければならない、そういった日米間の信頼関係を大きく損なうばかりでなく、それこそ世界じゅうからその非常識ぶりが物笑いの種、嘲笑の的になる仕組みになっております。
  まず、日本一国で対処すべき有事において、政府、自衛隊はどのような行動まで許され、国民や地方自治体はどこまで協力するか、あらかじめできるだけ予算面も含めた法制度を吟味、準備しておくのが法治国家と自称する以上当然のことであります。
  そうでなければ、法律を守れば有効な防衛措置がとれず、いたずらに国民の生命、財産を損ない、侵略をやすくするだけでなく、逆に有効な対策をとろうとすれば、結果として超法規的措置をとらざるを得ぬケースが頻発して、政府、自衛隊と国民あるいは自治体の間に要らざる摩擦を生むことになりかねません。
  まず、日本有事の法律が定まって後に日米共同対処の法律があり、次いで日米協力の周辺事態あるいは国連協力の順でなくてはならないはずです。まさに、家をつくるのに最も大切な土台の部分がないまま柱を立てて屋根をふこうとする法案だということであります。
  近代法治国家の国民として、我が日本国民は法の意味を本当に理解してきたのでしょうか。戦争は嫌だからその際の法体系は考えたくない、考えれば戦争となるといった近代以前の小児の法意識で、みずから律する自律の意識が欠けていたと言わざるを得ません。
  今回の審議でいえば、こうした事実が改めて明確になってきたにもかかわらず、政府側にこうした国家の緊急事態に対応する法体系を早急につくろうとする意欲がいま一つ感じられない点が私には最大の問題だと思えるのであります。原文漢文につき、読み方に差異はあると思いますが、国大なりといえども戦いを好まば必ず滅ぶ、天下太平なりといえども戦いを忘れなば必ず危うしという山本五十六連合艦隊司令長官の言を思い出すのであります。
  もう一点、これが今回の法案に関してだけ言えば最大の問題点だと思うのですが、かつての六〇年安保の際の議論として、極東の平和と安全のために米軍が我が国から直接出撃しなければならない事態、すなわち六条事態となったとき、これを相手国から見れば基地提供をしている日本が敵対国となり攻撃される可能性が強いという、当時の反対陣営が特に主張した戦争巻き込まれ論がありました。この巻き込まれ論が反対の立論点として今回改めて浮上した感が強いのであります。
  しかし、こうした我が国の平和と安全に資するか、それとも戦争参加の道を開くのか、そういった日米安保条約自体に対する国民の総意は既に締結後四十年近く、何回もの選挙を通じて出ていると思います。特に、かつて日米安保に強固に反対した旧社会党が、政権につきながら日米安保を廃止しようとせず、むしろ支持に回ったことは特筆物であります。
  しかしながら、改めて今回の周辺事態法がこの巻き込まれ論の問題とどう関連してくるかを考えなければなりません。
  ここで、従来は日本の領土・領海内のみの対米協力、それが専守防衛だというのであったのを、憲法の許す範囲内とはいえ、日本国周辺の公海上とはいえ日本国外においても対米協力を可能とするということになり、理論上、相手国から見て日本の役割がより一層目ざわりになり、日本攻撃の動機づけが強まるのではないかという不安はあると言えるわけであります。
  両者の差は、政府答弁により実質上は大きな違いはないかもしれません。しかし、この際、改めて国民に対し、日本有事となれば、最近の兵器の発達等により、ミサイル攻撃など、現在有効な防衛手段がないといった事情などは、政府としては説明がなされなければなりません。
  そして、さはさりながら、それを単に恐れて対米協力を中止すれば、日本が事実上条約遵守の義務を怠り、対米のみならずかえって国際信用を失うばかりか、ひきょう、憶病のそしりを甘受しなければならなくなります。したがって、米国の行動が安保条約本来の趣旨に沿ったものである限り、国連はもとより多数の国家が否定するものでない限り、我が国としては事前協議で米国の行動を阻止すべきでないと私は考えます。
  つまり、今回のガイドラインの問題は、戦後一貫して歩んできた自由で民主的な国家群の一員として日米安保条約を今後も是認するか、それとも改めて否定するかに帰着する問題であり、ひいては日本国民、その代表者たる政府と我々国会がそのときに当たってなすであろう対米協力の判断について、我ら自身を信用できるのか信用できないかの問いかけに帰着すると思うのであります。
  さすれば、偽らざる私自身の気持ちからすれば、そうした米軍協力の是非の判断をする事態に当事者として立ち会いたくはないし、そうはならないための一層の外交等の努力が必要と思うのでありますが、もし万一そうした時期に遭遇した場合、国民の代表としてみずから的確な判断ができるとの自負を持つがゆえに、今後に多くの課題を残している現実を認識しつつ、現時点の結論としてこれら三案件に賛成する次第であります。
  以上、私の討論といたします。
(拍手)
(後略)