質問「拷問等禁止条約の締結について

(平成11年6月8日参議院外交・防衛委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 まず、今回の拷問等の禁止条約なんですが、これはどなたか出るかと思っていたら最後まで残っていたためにあれなんですけれども、非常に時間がかかっているという点の理由。特に、巷間いろいろ言われてきた中で個人通報制度の諾否の問題があったのかというふうに言われていたんですが、その辺の事情について、ポイントを手短にお答え願いたいと思います。
○政府委員(上田秀明君) 我が国の人権関係諸条約の締結の際の検討状況につきましては先ほど大臣から御答弁したとおりでございますが、個人通報制度の受け入れの問題につきましても検討してまいりましたけれども、政府部内において、憲法の保障する司法権の独立を含めて司法制度との関連で問題が生ずるおそれがあり、慎重に検討すべきという指摘がありまして、今後この制度の運用状況等について引き続き関係省庁とともに真剣かつ慎重に検討に努めていくということにしております。
○山崎力君 後で時間があればまた伺いますが、今回の問題について、一番私が難しいといいますかわかりにくいのは拷問という意味での定義なんですね。特に肉体的なものは非常にわかりやすい、いろいろ言われているんですが、先ほど田先生もおっしゃったと思ったんですが、精神的苦痛というのが拷問に当たる、これは非常に難しい。
  例えば、一般の刑事事件においても被疑者とされた人はある意味では精神的な苦痛を伴う取り調べを受けるわけで、これを全く無視すれば取り調べにならないというのもこれまた常識的なものだろうと思うわけです。自発的にやるということ以外に証拠能力がないとか、ちょっと精神的にプレッシャーをかけて証言を引き出そうとすればこれはかえって司法サイドの方が処罰対象になる。
  言葉上は非常にいいんですけれども、こういう国際条約等の中でどれほど審議されてきているのか。その中身について、特に精神的苦痛に対する取り調べ等とそれから拷問のグレーゾーンというか境についてはどのような議論がなされたんでしょうか。

○政府委員(小松一郎君) 御審議いただいております条約第一条に拷問の定義が規定されているわけでございますが、御指摘のように、この中で身体的なもののみならず精神的な重い苦痛を与える行為も拷問に当たるということにされております理由でございますが、それはこの条約ができます国際社会の議論の中で、そういう身体的なもののみならず精神的な重い苦痛を与える行為も拷問に当たるということが国際社会の共通認識となっていたわけでございます。
  単に精神的な苦痛を与えるということだけではございませんで、やはり重い苦痛を故意に与える行為というのが拷問に当たるわけでございまして、例えば生命、身体、自由等に対して害を与えるということをあらかじめ告知する、暴行等によって精神的に重い苦痛を故意に与える行為を指すものと解しております。
  重い苦痛を与える行為であるか否かの判断基準でございますが、結果として相手が主観的に苦痛を感じたか否かというのみではございませんで、その点も一つの要因ではございますが、それも含めまして個々の事案の具体的状況を総合的に勘案した上で、この重い苦痛を与えることに足りると社会通念上考えられる行為であったか否かが判断基準となると考えております。
○山崎力君 ちょっと今のあれだと何が何だかわからない。
  例示されたのは、暴行を加えて重い精神的苦痛、あるいは害を与えるぞとおどかす。これは、いわゆる肉体的なものではなくても、刑事犯罪的に国内法を見ても暴行、脅迫の罪に当たる行為をしてそれによって精神的な苦痛を与える。そんな精神的と言わなくたって、暴行、脅迫というのはそれだけで完全な刑事罰ですよ、これ。刑事罰の対象です。そんなのは例示になるわけがないんです。だから、本当に難しいところを国際的な規約としてどこまで検討されたのか、ちょっとよくわからないんですが。

○政府委員(小松一郎君) これは委員も御案内のとおり、大体の国家におきまして、我が国の憲法においてもそうでございますけれども、拷問というようなことは禁止をされているわけでございます。
  この条約は、単に拷問を禁止するというだけではなくて、その実効性を確保いたしますために拷問に当たると広く国際社会で観念されているもの、そういった行為を行いました外国人に対しましても、それが外国で行われた行為に対しましても裁判権を設定するということによりまして、たまたまそういう公務員等が締約国の領域の中に逃げてきたとか何らかの理由でやってきた場合に逃げ場をなくする、その締約国におきまして司法的な手続をとる、または引き渡し犯罪として引き渡しをするという国際的なネットワークを確立することによりまして拷問の抑止という効果に実効性を与えようというところに眼目がございます。
  何が拷問に当たるかというところにつきましては、確かに委員御指摘になりましたとおり、いわゆる犯罪構成要件として非常に精緻なものがあるわけではございません。
  これにつきましては、この条約に入りましたら、例えば精神的な苦痛を与える拷問罪というようなものを新たに刑法の犯罪として定めるというようなことを義務づけられているというわけではございませんで、今御指摘がございましたように、例えば我が国でございますと、刑法上の脅迫罪、暴行罪、特別公務員暴行陵虐罪等の既存の刑罰法規で対処するということで足りるというのがこの条約を作成いたしましたときの大体の理解でございます。
○山崎力君 今の答弁で、どういうことだというのは理解されたかというのは非常に疑問な御答弁で、申しわけないんですが要するに何が問題なのか。
  主観だけではない、客観もあるよと。ところが、精神的な問題というのは個人差が非常に激しい、あるいは社会的、その国自体の成り立ちとかそういったものとの価値観の差も非常に強い。それを国際条約でこうやるということがどういう意味があるのかということに関して見れば、今のお答えで私の理解からいけば、そういうのをやった連中が何かの際にほかの国へ逃げていったときに、その人を処罰するためにこういう条約があるんだというふうな言い方であります。そうなってくると、趣旨説明その他にその辺のところというのは今まで全然出てこなかったように私は感じるわけです。
  時間の関係もありますから一つ二つお聞きしておきますが、この問題からいって一番問題になるのは、海外に行った邦人、日本人がその地において司法的な取り調べ、例えば警察等に捕まった、犯罪に類する行為をしたという容疑で捕まったときに、私はどこどこの国の警察からかくかくしかじかのような取り調べを受けた、極めて重い精神的苦痛を味わったと言ったときに日本国政府は、この条約に参加した以上、そして相手国が、その当該国がこの条約に参加している以上、極めて厳重な抗議をしなければいけない。
  ただそのときに、取り調べ権が我々にあるわけでもないし、単に邦人が調べを受けたと言っているだけで客観的な証拠もない、非常に実効性の薄い状況だと。むしろ大使館側の方のそういったものに対する能力、大使館の職員の方の能力的な面と相手方との力関係の方が重要になってくるかもしれない。何なんだこの条約はというのが正直な私の気持ちでございます。
  そしてもう一点、もしそういった国があったとした場合、少なくとも相手国の政府側の司法当局、取り調べ当局が言っている説明よりも我が国の国民が、かくかくしかじかの拷問に等しい、あるいはまさに拷問の取り調べを受けたと言った場合、どちらを信用するか。少なくとも客観的に、日本人がそのような行為をされたと言った場合、日本としてどういう対応をとるのか、国家として。あるいはそういったものを国際社会の中にどう取り上げていくのか。
  要するに、条約に違反して拷問をした、少なくともそういったものがあったと確信した場合、国際社会あるいは国連を通じてどのような強制力をその国にするのかというようなことが今回の条約である程度見えてきているんでしょうか。

○政府委員(小松一郎君) この条約のほかの人権関係の国連の条約もそうでございますが、条約自体に締約国の条約違反に対する強制力を伴う措置については特段の規定はないわけでございます。
  他方におきまして、本条約におきましては、条約の誠実な遵守を確保するために締約国による報告が定期的に求められているということもございますし、また拷問の効果的な防止を図るための制度として、拷問禁止委員会による調査制度、あと国家通報制度及び個人通報制度等の規定があるわけでございます。
  また、この条約を離れて国連等の場でどういうような実効的な条約の実施を確保するような措置があり得るかという点でございますが、具体的なケースを離れて一般論以上のことを申し上げるのはなかなか困難なところもございますけれども、過去にも国連人権委員会、国連総会等において一国の人権の問題、特に拷問の問題も含めまして議論されたこともございまして、また決議が採択されたという場合もございます。
  これらの制度及び決議につきましては、必ずしもすべてが強制力を伴うものではございません。また、調査制度及び通報制度は義務的な制度ではございませんが、こうしたものの組み合わせによりまして、拷問を含めまして、人権状況に問題のある国に対して国際的な世論を高めて圧力を加えていくことが可能であるというふうに考えております。
○山崎力君 長々おっしゃられましたけれども、一言で言えば精神的な条約で、ないよりはあった方が少しは何かのときに足しになるんじゃないか、このような感じとしか受けとめられないんですが。それはともかくとして、そういった条約を、その程度のものであるならば、これまで一生懸命いろんな検討をされてきて、世界の最後の方で批准というような形になるとすれば、そういった点での外交上の判断というのがちょっと間違っていたんじゃないかなという気がいたしております。
  時間ですからそろそろやめさせていただきますが、確かに言葉上はそのとおりで、人権でそのとおりだと言っているわけですけれども、今おっしゃられたように、何かのときにはこれをもとにそういったことができるかもしれないと。しかし、現実の問題として、精神的に重い苦痛を与えるといった極めて、司法的、刑事政策的に捜査上、逆にもろ刃の剣みたいなことをやっていて、それの定義自体、実効性が難しいような中身になっている。そういった意味での一種の宣言的な条約だというふうにおっしゃられた方がむしろ国民は実態に近い理解ができるんじゃないかなというふうに私は思いました。御答弁は結構でございます。
  そういったことであれば、そういった形でやればいいのではないかというのが私の感想ですが、大臣、何か一言、間違っているなら間違っていると、なければそれで結構でございます。

○国務大臣(高村正彦君) 委員がおっしゃったことが間違っているとは思っておりません。いろいろ問題があった中で、例えば国内的に時間がかかった一つの理由の中には、余り実効性という意味でメリットがないんじゃないですかという中で余り早く進まなかったという面もあったかに思っております。
○山崎力君 終わります。

(後略)