質問「『日の丸の色について』他

(平成11年8月2日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 大分高い次元のお話があるようですが、私は今回の法律の部分についてちょっと気になるところがありましたのでお伺いしたいと思います。
  それは日の丸の色でありまして、これは衆議院でも議論になったようですが、我々はこの日の丸の色を赤というふうに、せんだって南野同僚議員が歌われたごとく「白地に赤く」と、赤というふうなイメージでやっているんですが、これはなぜか紅色と表現されております。その辺の事情について、衆議院での議論はある程度聞いておりますので、簡単にお答え願いたいと思います。

○政府委員(竹島一彦君) 日章旗の色でございますが、鮮やかな赤をあらわすということで紅色という表現にさせていただきました。赤といたしますと非常に幅が広いということでございまして、その中の鮮やかな赤という気持ちを特に表現したいということでこういう用語を使わせていただいた次第でございます。
○山崎力君 そうすると、一番鮮やかな赤のことを紅色と言うんですか。
○政府委員(竹島一彦君) 一番というふうにおっしゃいましたけれども、赤の中でも鮮やかな赤をあらわすというのが紅色でございます。
○山崎力君 これはちょっと文部省さんとも関係するんですが、私の記憶では、もう四十年近く前になることなので定かではないんですけれども、色について、主に中学だと思いますが、どのように教えておりますか。
○政府委員(御手洗康君) 小学校図画工作、それから中学校の美術で色についての学習をするということでございますが、必ずしも学習指導要領では色の名称そのものを直接教えるということはいたしておりません。
  しかしながら、中学校の教科書を見てみますと、色の三原色あるいはそのまざりぐあい、あるいは色の明るさ、光度、明るさの明度の高い低い、あるいは色の赤から青、黄色と、こういったような色彩についての一通りの学習をするようになっているところでございます。
○山崎力君 私の記憶では、これは同年代以下の方は今でも教わっていると思うので、私より若い方は少なくとも中学校で教わっていると思うんですが、色というのは明度と色相と彩度と三要素があると。その中で、色相、彩度がない明度だけのものを無彩色と称して、黒から白、その間の灰色系統がそういう無彩色であると。そのほかの色のついた色はすべて色相によって区分けされて、これはいろいろな数え方があるんでしょうけれども、七色というような表現もされていますが、実際にはいろいろもっと多くの色相でやっている。補色関係とかそういったものを習った記憶もあるんですが、その中で彩度というのがあるわけです。同じ色相の中でも鮮やかなものがある。それは段階がいろいろあるけれども、その中で一番鮮やかな色、これは青でもなければ黄色でもない赤だと、その彩度が一番高い色は赤だというふうに教わった記憶があるわけです。最も鮮やかな色が赤だというふうに私は中学で教えているんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○政府委員(御手洗康君) 学習指導要領はそこまでは踏み込んでおりませんが、御指摘のとおり、中学校の美術の教科書におきましては、色の三属性ということで色相、明度、彩度と、こういうものにつきまして教科書において学習をする、それからまた無彩色、有彩色という形での学習をするというふうなことになっているところでございます。具体的に私自身も赤が一番鮮やかかどうかということにつきましては知識を持ち合わせておりません。
○山崎力君 仮定の問題といいますか、私はそう確信しているんですが、少なくとも紅色を鮮やかな赤だからというふうな説明では、これは文部省の中学校で教えている先ほどの難しい話はともかくとして、先生、彩度が一番高いのは赤だと教わっているんだけれども、日本の国旗の赤というのは、鮮やかな赤と言っているのは紅色になっていますよ、この赤と紅色とはどう違うんですかと聞かれたときにどう答えるかという気が私はするわけです。
  ですから、これは要するにそういったところまで限定した、はっきりしたようなことで検討した上でこの色にしたのかどうかというのは私は極めて疑問なのでお尋ねしているんですが、その辺、いかがでしょうか。

○政府委員(竹島一彦君) その辺は法制局を含めましてよく検討いたしました。
  赤色という場合には、白に近い赤から黒に近い赤まであって広過ぎる、もう少し鮮やかな赤ということをあらわす用語はないかということで検討いたしました。
  それで、紅色につきましては、日本工業規格においてもこれは鮮やかな赤のことであるというふうに規定されておりますし、やはり鮮やかな赤というときに紅色というものが使われているということがほかの法令におきましてもございますので、今回そういうことで紅色というふうにさせていただいたわけでございます。
○山崎力君 そうすると、その辺のところを、別に言葉じりをとらえて意地悪で言っているわけじゃないんですが、一般の人たちが見たときに、いわゆる鮮紅色という意味での赤が日の丸であって、本来の赤ではないんだというふうな、本来の赤というのはいわゆる彩度が一番高い赤、どっちかというとその赤というのは一般的な人たちの印象よりは暗い感じが確かにします。鮮やかさが一番高い赤というのは意外と暗い感じが、明度的には下になっているという部分があるんですけれども、それを紅色にしたということになると、それこそせんだっての南野議員の歌の「白地に赤く」というこの歌は歌えなくなると。白地に赤ではないんだと、白地に紅かということになるわけです。
  その辺のところでいくと、赤というものは非常に色の範囲は広いんだよというところで限定するということが本当に必要だったのかどうかなという私は疑問を持っている。
  先ほど日本工業規格のことを、JISでもISOでもいいんですけれども、そうすると、その色というものといわゆる本式の赤というものとのいわゆる日本工業規格上のところまで指定した上での法制化と考えてよろしいんですか。

○政府委員(竹島一彦君) 実は日の丸の旗の素材は一般的には布なわけでございますが、それ以外にいろいろな態様があろうと思います。したがって、印刷するときのいろいろな技術的な問題、それから染色の場合の技術的な問題がございますので、日本工業規格で示されているものと、そこまで厳密には考えておりませんが、さりとて一般的に赤と言えば、白い赤から黒い赤まである中のどれでもいいよというわけではなくて、鮮やかな赤というふうにしていただきたいという意味で紅色というふうにさせていただいているということでございます。
○山崎力君 ですから、その辺も、鮮やかというのがどういうふうな意味合いを持つかというのは、これはやっぱりいろいろな人の、厳密に言えば個々人の網膜のいわゆる光に対する色でも違ってくるわけですから。
  ただ、厳密にそこまでいかなくてもというのであれば、赤と書いておいて、そこのところでそのうちの鮮やかな赤、こういうふうにしておけばいいのを、紅色という指定されたごく限られた部分にまで見ると、要するに工業規格の色に準拠したものにしてください、もちろんそれは写真であれ何であれ印刷上の問題で微妙に違ってくるわけですから、美術用のあの印刷にしたところで、一回のロットでやったのと次のロットで同じ印刷に出るか出ないかというのは物すごく苦労なさっているわけです。
  ただし、そういった実際上の問題はともかくとして、我々日本国民が国旗の日の丸の赤というのはできるだけ日本工業規格のこの色に近いものを印象しているんだということをやった方が私はむしろよかったのではないかなと思うわけです。
  逆に言うと、それを余り言いますと、それでは小学校の図画になるんでしょうか、そういった絵をかくときに、クレヨンあるいはクレパスとかいろいろあるかもしれない、それで赤をかいたら、これはちょっと違うんじゃないかという指摘をされる可能性はあるんですよ。簡単な問題じゃないんです。大体これで性格が決まって、まあそんなに厳密じゃないけれども、決まりはこうですよと、その決まりの中から許容範囲があって、ここまではいいでしょうというのが考え方なんです。
  そうすると、本当に意地悪に言えば、これから文部省にお聞きしたいのは、国旗をかきました、白いクレヨンでかきました、真ん中にクレヨンの赤いのでかいたら、これは厳密に言うと違うよという教育をこれからするんですか。

○政府委員(御手洗康君) 学習指導要領におきまして国旗を具体的につくるというような指導内容を示しているわけではございませんが、御指摘のように、各学校におきましては、諸外国の国旗も含めまして国旗をデザインするというような学習場面というのは当然あろうかと思います。
  その際に、小学校段階では、その色の明度、彩度というようなところまで学習するというのは大変難しかろうと思いますので、そういった各発達段階に即した適切な指導が現場で行われるものと考えております。
○山崎力君 だから、その適切な指導が想像すると難しいから言っているわけですよ。
  要するに、それでは先生がこれは本当は紅色だと言うんだけれども、紅色というのはどういう色ですか、クレヨンの中にありませんと。あるいは多色のあれだったらあるかもしれないけれども、そのうちの赤じゃなくて紅色ですよ、これが正しいんですよというようなことを、本当にこれから細かい話になるんだけれども、やるとしたらそこのところを教えることをしなきゃいけないわけです。赤ですよ、その赤にはいろんな赤がありますよ、それで日本の国旗の赤は鮮やかな赤ですよと教えるのと、一つのその中の限定された色をまず示すというのでは教え方が違ってくると私は思うわけです。
  ですから、非常に細かいことを言いましたけれども、色一つとっても、そういった意味では問題にしようと思えば非常に問題になるんです、この問題というのは。その辺のところを僕は本当に吟味されたのかなという気がするわけでございます。
  それでは、そういったところで、その辺のところを、今から紅を赤にするということ自体もいろいろ問題があるかと思うので、それについては私は申し上げませんけれども、本当のことを言えば、簡単に鮮やかな赤を紅色と言うとなってきた場合、一般的な用語の使い方と、それから法律で定めてこういうものをつくるんだといったときの言葉の使い方、要するに、これだったらば、本当に言うんだったら、丸括弧で日本工業規格の何とかの、数字かアルファベットか知りませんけれども、これに準拠するというような形の方が、私はどうせやるならばそこまでやる方がいいんだろうというふうに思う次第でございます。
  それではもう一点。今いろいろな問題でこの問題が言われてまいりました。官房長官にお伺いしたいんですが、慣習法として定着している、こういうことでそれを実定法化したい、法制化したい、理由は広島県のあれをきっかけに云々と、こういうことを何回もお聞きしているわけですが、本当に慣習法として定着しているというのであれば私は法制化する必要はなかったと思うんです。法制化しなければならないということは、慣習としてはかなり定着して規範的な部分を法制局長官が言われたように持っていた部分はあるけれども、地域差であるとか個人差が非常に激しい、よってもって法制化をしなければならないというのが私の意識なんですけれども、その辺はいかがでございましょうか。

○国務大臣(野中広務君) 山崎委員のおっしゃったとおりでございまして、日の丸・君が代につきましては慣習法として定着しておるという状態でございましたけれども、成文法に根拠がないことをもって日の丸・君が代を我が国の国旗・国歌と認めない意見が国民の一部にあることは事実でございますので、国旗・国歌が慣習法として定着しているだけでは不十分と考えまして、このようなことから、二十一世紀を迎えることを一つの契機といたしまして、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、今回、法制化をお願いしたところでございます。
○山崎力君 そういうふうにお答え願った後で恐縮なんですけれども、それにしては慣習法という言葉の使い方が政府答弁で余りに安易に用いられてきたのではないかなと私は思うわけでございます。
  この慣習法というのは非常に私個人の感じるところでは難しい使い方でございまして、もともと日本人というのは近代法の受け取り方に問題があるというふうに言われている。そこにプラスアルファで慣習法をどうするんだということになると、非常に理解もしづらいし誤解しやすいし、それをもとにした誤用というんですか、誤った使い方もするのではないだろうかというふうに私は思いますので、できる限りこれからのこの問題の説明については、慣習法の使い方については自重した使い方をしていただければというふうに思う次第でございます。
  そういった意味で言えば、慣習法というのはもう一つ別の言い方をすれば判例法という言い方もあるわけでございまして、私はその考え方というのとは全然違った感じをしております。
  もう一つそれに関連しまして、きょう長いこと、それからせんだっても聞いておりまして、個人的なことを申せば、私はまさに戦後生まれの最初の世代、ベビーブームの世代でございまして、ある時期、私のクラスで、これは小学校の四、五年のときだと思いますが、何かの拍子で、先生だったと思うんですけれども、君が代が何だか知っているかいと聞かれて、私の仲のいい友達が、それは大相撲の歌だ、千秋楽に歌う歌だと言いました。その話が父兄その他に伝わりまして、これはいろんなところで言われたんでしょう、新聞にも出て、君が代は大相撲の歌だと今の子供たちには理解されていると、こういうふうな、まさにその世代でございました。
  そして、一連のきょうの話を聞いていて、私のつたない記憶でもというか、私の個人的な感想で言えば、確かに世羅高校の先生が今回のあれになったんですけれども、以前にこんなことで自殺した人は何人もいるはずなんです。もっと今よりひどかったかもしれない。私の個人的な感想からいけば、今でもこの問題で自殺する人がいるのかねという方があの問題については大きな問題でした。ということは、こういったことで自殺にまで追い込まれるような際立った対立というものが地域によってはまだあるのかと。あの先生が非常に個人的に性格的に弱くて、ほかの人だったら何でもないことで死んだというのではどうもなさそうだと。そのときに、果たしてこれでいいのかなというのが私の基本的な考え方でございます。
  ただ、最後に言わせていただければ、慣習であればこれは残ります。しかし、実定法化されればこれは法律で変えることができます。そういうことを私は一部恐れる部分がございます。しかし、これが実定法化すべきだということであれば、それに反対する理由はない。
  それからもう一つ、この際言わせておいていただければ、一番私が違和感を感じるのは、戦争のことで日の丸・君が代のことを言われる。それであるならば、なぜ一番迷惑をかけた名前であった日本という国号と最高の指導者であった天皇制を戦後やめなかったのか。そのことの議論をしないで、日の丸とかあるいは君が代とか、そういうふうなことで議論をすりかえていると私は思います。そのことが私のこの問題に対する一番の違和感でございます。
  官房長官、文部大臣、御感想を伺えたらと思います。

○国務大臣(有馬朗人君) 確かに日本が戦に負けたときに、戦前のこと、戦争中のことをもっとはっきりと反省する必要があったと思います。ですが、私は、反省に基づいて新憲法がつくられ、それに基づいて平和を志向する日本人が生まれ、そして今日の繁栄に導いてきたと。こういう意味では明らかに、今御指摘のような問題はもちろんありますけれども、我々日本人は戦争ということに対して極めて真剣に反省をしている、そしてその上に新しい憲法をつくって、もうこれからは絶対戦争はしない、特に他国に兵を進めるなんてことは絶対しないということを考えて今日を築いてきていると思います。
  ですから、そういう意味では、御指摘の点はわかりますけれども、やはり十分我々日本人は考えて今日まで来たと思います。そういう点で、今回はっきりと国旗及び国歌をこの際きちっと決めよう、法律化しようということに至ったのであると思っておりまして、そういう意味では、ちゃんとした反省がなかったわけではなく、極めて反省をしてきた上で今日に至ったと私は思っているということを申し上げたいと思います。
○国務大臣(野中広務君) 今、文部大臣からもお話がございましたように、敗戦によりまして、その謙虚な反省の中にお互いに償い、かつこの国をどのようにして立ち上げていくか。山本委員がおっしゃいましたように、食べるものも着るものも働く場所もなかった中からこの国を立ち上げていく、そういう中において、文部大臣から今お話がありましたように、新しい憲法ができ、そしてすべての戦争を排除して平和国家を目指してきたわけであります。
  ただ、今から考えてみますと、わずか五年にして朝鮮戦争が始まってしまいました。あのことが日本の経済復興に大きく寄与いたしましたけれども、この国のありようをまだまだ真剣に考えなければならなかった時期に日本はまた新たな転換の中に巻き込まれたのではなかろうかと私は思い、そういう負の遺産をそのまま背負って、そしてそれが教育の上における負の遺産ともなって学校現場の対立になってきたのではないかとみずから省みて思っておる次第であります。
  それだけに、法制化によって再び日の丸、そして君が代が戦争という愚かな手段に使われたり、あるいはこの国の将来に誤りなき問題として再びこれが法律として変えられることのないように願ってやまない次第であります。
○山崎力君 終わります。
(後略)