質問「公述人のご意見をお聞きしたい

(平成11年8月3日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 それでは、時間の関係で手短に質問させていただきます。
  まず、石田参考人。参考人は、日本に今現在、国旗・国歌があるとお考えでしょうか。

○参考人(石田英敬君) あるというのはどういう意味でしょうか。国旗・国歌というものが存在しているということですか。
○山崎力君 ええ。
○参考人(石田英敬君) そういう事実が存在しているということは認めます。
○山崎力君 事実が存在するということは、法的な根拠を持った、慣習法的な規範となった国旗・国歌があるというふうにお考えでしょうか。
○参考人(石田英敬君) 慣習法的にこれが認められているかどうかということですが、私の私見では慣習法として存在していると思いますが、これは法律的な解釈の問題ですので、さまざまな判断、前例、その問題についての判断ですね、これを検証してみないと正確なお答えにならないかと思います。
○山崎力君 ということは、今、参考人のお考えではというか意識においては、日本国の国旗は日の丸であり国歌は君が代であると思っているということでしょうか。
○参考人(石田英敬君) 私自身がということですか。
○山崎力君 はい。
○参考人(石田英敬君) 私自身は、それは慣習として存在しているということを考えています。そう認識しています。
  私がその事実についてどういう価値評価を持っているかということについては、私がきょう述べたとおりです。
○山崎力君 そこのところが御意見を伺っていて見えてこないんですね。
  今回の問題というのは、五十数年来いろいろ議論があって、校長が自殺したというのも初めてじゃないわけで、そのときはそのときで議論をされていたし、どこかのときで、日の丸を上げようと言って日の丸校長だとやゆされた人がいたこともあったわけですし、そういう流れの中で、個々一つ一つの積み上げの中でこの意見が出てきている。
  それで、参考人の御意見を伺っていると、分析は非常にされているんですけれども、その結果どうなんだということが見えてこない。現在のなされた政治的課題に対してこたえていないというか、その辺の指針を指し示していないと。むしろその点、杉原参考人の方がはっきりしているというのが私のもどかしさの原因でございます。
  といいますのは、今回の問題というのは、少なくとも人一人が、国歌、国旗、そういったものに関連して法的根拠がないと、少なくとも知識人の一員たる教師の団体から突き上げられたことによって死を選ばざるを得なかったということが、これは言葉の言い方ですけれども、契機になっているわけです。ある意味で言えば、それを奇貨として法制化しようとしたという表現も可能かもしれません。
  それは、奇貨は奇貨かもしれないけれども、それに対して真剣に、その点についてどう考えるかということを考えなきゃいかぬというのがまさに我々の議論であるわけで、その点について石田参考人、先生のこの一連の話というのがどう位置づけられているのかというのが見えてこないんですが、お考えがあれば伺いたいと思います。

○参考人(石田英敬君) 私は、教育行政の問題についてきょうお話をしたのではありません。この問題についてどういうふうに我々の研究分野からとらえているかということについてお話をしたわけで、教育学の専門家の方は別に参考人としていらっしゃるわけですから、それの部分についての言及がないということによって、何かそのことについて不足があるというふうにおっしゃられても、少し困惑してしまうということがあるかと思います。
○山崎力君 わかりました。
  そういう感覚からすると、その辺のところから出ているということが、この共同声明にあるように、戦後の状態のなし崩しの清算にほかならない、こういう表現が出てきたり、「すべての議論を沈黙させけりをつけて、「戦前」との連続性を再導入しつつ「二一世紀」に向かおうとする日本国家のあらたな象徴政治の身ぶりに他なりません。」という表現をされるということは、いかにも侮辱されたという以外に感想を持ち得ないと思うんですが、普通の人間ならばそういう感想を立場によりますけれども持つということに関しては、先生はどうお考えでしょうか。

○参考人(石田英敬君) お話の中の普通の人間という言葉に若干ひっかかりますけれども、私たちが言っているのは、確かに、学校教育の現場において大きな対立が数十年にわたって繰り返しされてきたであろうと。また分析の話になるわけですけれども、国民、国家の五十年の歴史の中で、それは冷戦時代という世界システムの中で起こった問題であろうと。イデオロギー的な対立という問題ですね。そうした問題とは違った時代に入っていくのに、そのようなイデオロギー的な対立の一方だけを強化するような形での解決法は本当の解決かどうかということを言っているわけです。そのようなさまざまな対立を時間をかけて融和させていくような道筋が最も理性的な解なのではないかということを申し上げているんです。
○山崎力君 その感覚からしてついていけない部分があるんですが、冷戦終結前後、イデオロギー対立の時代、そうでないというふうなことをおっしゃっているんだけれども、この問題に関してはそれと全く別の次元でのきっかけになってこの問題が生起されているということについてどう思うかということ。
  それから、戦後のいろいろな問題、先ほど来の発言を聞いていますと、国旗・国歌を一〇〇%何の問題もなくやっていて議論にもほとんどなっていない地域というのは、現時点においては日本においてかなりの面積を占めているわけです。人口もある程度ある。そういったところというのは、議論もしていない、ある意味では非常に非民主的であり、戦前のところに戻っているというふうにしか判定できない。こういった議論をされていない地域も現実の問題としてあるわけです、義務教育において。
  そういったところというのは、そういうふうな議論のされている地域に比べて、先生の感覚からするとおくれているというふうに思われるんでしょうか、それとも問題を解決された地域と思っていらっしゃるんでしょうか。

○参考人(石田英敬君) 地域差の問題ですけれども、私の観点から申し上げますと、なぜこの問題が広島を舞台にして起こるのかということですね。あるいは沖縄においてはこういう問題についての非常に敏感な世論が存在していると。それが進んでいるというようなことを私は述べておりません。そうではなくて、それこそまさに戦時下、戦前の記憶の問題がうまく解決されていない地域であるがゆえにこういう問題が起こっているということを申し上げているつもりです。
○山崎力君 ですから、その辺のところとそうでないところについてどう思っているのかということを聞いているんです、こちらは。
○参考人(石田英敬君) 私の知り得ている限りのことを申し上げますが、そういう問題が起こっていないところでも、それぞれの学校によってこの問題についての処理の仕方は違った伝統をつくってきただろうと思います。ですから、それらの問題は、その他の部分、コンフリクトが起こっていない部分についてそれらは統合されてしまったというように思っているわけではありません。より自由な伝統を持っている地域もあると思いますし、学校によっても相当違うであろうというふうに思います。
○山崎力君 ですから、そこのところの差があることを、今いろいろな問題点がある中で、議論が尽くされていない中で法制化するのは反対だ、こういうふうな結論のようでございますけれども、そういうことになりますと、参考人の考えでは議論が尽くされた後の法制化というものについて賛否はどうなのか、それとも議論さえ尽くされれば法制化してもいいものと思っているのか、どちらでございましょうか。
○参考人(石田英敬君) 法制化の内実ですが、法制化についてはいろんな、例えば新しい国旗・国歌を法制化する、そういうオプションもあると思いますし、それから、十分に議論を尽くした上でこの法制化について是非を問うという立場もあろうかと思います。
  それらすべてを含んで、これについてはもっと長い議論が必要だろうというふうに私は述べておるつもりです。
○山崎力君 自分のことを言うのは何ですけれども、私の世代というのはまさに七〇年安保世代で、我々の世代が、戦後一番政治学においてしっかりした発言をされてきた丸山真男先生をして、以降、表立っての活動から引退させた行動をとった世代だと思っておりますが、そういうふうなことを言えば、我々の一番のあのときからの、今も含めての感覚からいけば、我々の日本社会というものが、総括とか、非常に古いある意味で特別な意味を持った言葉になってしまいましたけれども、そういったぎりぎり詰めたことについてやるということ自体に違和感を持つ民族性ではないのか。最後までその辺のところをぎしぎし詰めていくのが本当にいいというふうには思っていないんじゃないかという問題点がありますし、それから、それをやろうとした立場からすれば、世界各国にしろ、本当のそういったことの総括をぎりぎりのところまでやっているかと。
  例えば、今の大陸中国、中華人民共和国が文化大革命の総括をやったか。台湾の独立運動もそうですし、済州の問題もそうですし、あるいは独立戦争、第二次世界大戦のいろいろな連合国側の問題、そういったものをも本当のところは各国とも総括していないんじゃないか。人間というのはそんなものじゃないのか。国家、歴史というのはそんなものじゃないのかというふうな気が今してきている段階なんです。
  そういった点で、本当に議論というのをどこまでやるかといったら、まさに先生方のきょうの御指摘のことを言ったら、議論を詰めるということは永久にできないですよ。
  なぜならば、第二次世界大戦の総括というのは我々はしようとしていない、この五十年間。しようとした人もいるんだけれども、していない。それを今から国旗・国歌が出てきたからやりましょう、やらないうちは法制化は反対ですというのは、僕はある意味においては、今までの自分たちの立場を、このことにやってこなかったことに対しての逃げの声明でしかないと。現場現場で、そのときそのときで集中的にやる、例えば半年なら半年、一年間なら一年かけてやるということが前提であるならばいいんですけれども、ただ単にこういうふうなことを言うというのは、僕は逃げでしかないなと。議論を詰めたくないからだなと。
  先生の、申しわけない、そういった考え方の方が随分出ていらっしゃるんで、僕なんかも、どこまで問題にされているのかということを詰めていきますと、結局問題点の指摘だけでそこが詰まっていないから、このことは今決めるべきではないと、その議論に落ちついちゃっているわけです。
  そういう感想を持つことについてどうお考えでしょうか。

○参考人(石田英敬君) その御感想の中で、先生の私的な理解の仕方と私たちが提起している問題との根本的なずれというものがあると思います。
  戦後五十年のお話をおっしゃいましたが、これはきょう当初から申し上げていますけれども、私の認識は、三つの国民国家論という歴史認識をきょう申し上げているわけですね。これは私見ですけれども。
  その戦後五十年の国民国家がいわば生まれ変わる、政府の認識の中にもう二十一世紀を念頭に置いてと、こういう言い方がされるわけですし、今、世界でのさまざまな情勢を考えても、国民国家の再編期に当たっているという認識は、私はこれはかなり広く共有されているものだと思います。そして、その新しい国民国家が立ち上がるときに、日本の近代の国民国家がつくられてきたさまざまな対立軸といいますか、さまざまな構造的な問題というものがここにあらわれているということを言っているわけです。ですから、まさにこの問題こそ今対決すべき、総括するとおっしゃいましたけれども、これらの問題を総括して議論することが必要であり、かつ可能な歴史的な時点に私たちはいると思っています。
  ですから、その問題を先送りするとかということではなくて、まさに私たちが問うているのは、先ほど民権、国権という明治の国家の成立の仕方から引きずっている問題を申し上げましたけれども、市民社会と国家との関係、あるいは国民と国家との関係がどういうふうに定義されていかなくてはいけないかという非常に重要な問題なのだから、ともに考えていかなくてはいけないということをメッセージとして発信したということで、さまざまな問題を持ち越そうということは、私たちとは正反対の考え方だとお答えしたいと思います。
○山崎力君 杉原参考人に、時間でございますので、質問ができなかったのをおわびして、質問を終わらせていただきます。
(中略)
○山崎力君 最後でございます。おつき合いのほど両参考人にお願いいたしたいと思います。
  今回の国旗・国歌法に絡んで教育問題が極めて関連しているということで両参考人においで願ったと思うんですが、同僚議員、それから午前中の参考人の先生方からいろいろな議論を聞いていて、この問題、すなわち国旗・国歌と教育問題に関して私が得心がどうもいかないというところがございます。これは申しわけないんですが、高橋参考人の考え方というのは、それはそれとして一つの流れとしてわかるんですが、堀尾参考人のところで、理論的にわかるところがあるんですが、どうもつながらない。
  そのところで、申しわけないんですけれども、ちょっと個々的な形で質問させていただきたいと思うんですが、法理論的にいきますと、日の丸・君が代は国旗・国歌なのかという問題がございます。これを今回実定法化する、法制化するということで問題になっているわけですが、慣習法的にもうある程度確立されたものだと。どこまで慣習法というものの性質、これは慣習法の問題だけでも相当問題になるわけで、議論は進めませんが、少なくとも実際的には、戦前においてはこの二つは国旗・国歌であったんだろうということは実態的にまず間違いない。
  その後、いろいろな議論の中で、戦後、これがいつの時期かは別として、片方は慣習法でずっと残っていたんだという議論ですし、今の反対論の方々は、戦後のいつの時点かにおいてこれは国旗・国歌でなくなったんだという考え方があって、その考え方が教育現場において激突してきた歴史をずっと繰り返してきた。ある意味ではそこが鎮静化されたと思ったのが、ついこの間また広島で出てきたということが一つのきっかけに今回なったという事実の把握というものに関しては、堀尾参考人、いかがお考えでしょうか。

○参考人(堀尾輝久君) 戦後、国旗・国歌がどういうものだったのかという御質問です、日の丸・君が代は国旗・国歌でなくなったのかという。
  その問題に関しては、なくなったという処置がきちんとされたわけでもありません。問題は、日の丸に関しては、先ほどから申していますように、日本の国というものが続いているその象徴たり得るであろうという形で、例えば私は学生にこの前も聞いたんですけれども、日本の国旗・国歌は何と思いますか、それは日の丸・君が代だと思いますかというふうに聞くと、過半数は手を挙げるんですよ。つまり、それが国旗・国歌である、日本の国旗・国歌は何なのかと問われたら、とりあえずはそう答える。
  しかし、ではあなたはそれに賛成ですかと言うと、ちょっと待てよというふうになる。そして、法制化はどうですかと言うと、ますます数が減る。これは世論調査だけではなくて、私が学生に聞いたら本当にそういうふうになっていくんです。だから、とりあえず国旗・国歌と尋ねられれば、それは日の丸・君が代というふうになるだろう。
  しかし、果たして日の丸・君が代が国旗・国歌にふさわしいかどうかという問いをしなくちゃならない。日の丸に関して言えば、過去の歴史をきちんと心に刻むということを通して日本の国の象徴たり得るだろう。しかし、君が代に関して言えば、先ほど私は憲法一条を引きましたが、この一条というのは天皇は象徴でしかないという位置づけなんです。その象徴でしかないという天皇を、国民統合の象徴で、そしてそれはそのとおりなんだけれども、国歌として歌わなければならないのかという問題は当然出てくるだろう。だから、それは国歌としてはふさわしくないのではないかという意見が出てくるわけです。
  しかし、国際関係なんかの中で日の丸も君が代も使われている限りにおいて、とりあえずはそれは国旗・国歌として使われているんだろうということは当然認めざるを得ないということになるんじゃないでしょうか。
○山崎力君 今の御説明でますますわからなくなるわけです。そういうことだから、この問題というのは本当に難しい問題だなと思うんです。
  国旗・国歌があるかないか、その事実認定はしなきゃならぬのです、国民として。好きか嫌いかはもちろんあるんですけれども、我々の周辺にいる多くの人は、いろいろ好き嫌いはあったとしても、国歌が君が代だろう、国旗が日の丸だろうという人が大部分、五割以上、感覚からすると大体戦後一貫して七割くらいの方はまあそうだろうと、いい悪いは別として。そういうふうに私は感じておるわけです。
  それでは、もしそうでないと裏返せば、日本は国旗も国歌もない国なんだということにもなるわけです。もし日の丸が国旗でなく、君が代が国歌でないとするならば、今の我々の日本は、戦後ある時期からの日本は、国旗も国歌もない国家だったんだということになるわけです。その事実を認めた上で論を立てるというのも一つ考え方としてはあると思うんですが、その辺をあいまいにしたまま議論を立てて、しかも学校教育の現場においてやってきた、そういった教師の考え方、思想の背景には何があるんだろうというのが私にはわからないわけです。
  要するに、日本の国旗は日の丸であり、国歌は君が代である、それに反対である、あるいは法的な根拠がないからそれは認めない、だから卒業式とか入学式とかで国旗・国歌のようなことをやるのはけしからぬ、これはそれで一つの考え方だと思うんです。だけれども、そうなのか。
  確かに日教組はかつて日の丸を上げることすら反対した時期がありました、経過的にある。だから、その辺を教育の場で国旗・国歌をどう扱いどう教えるか、あるいは日本の国、世界の国家というものの中で国旗と国歌の位置づけをどうやるかということを、先生、プロであり、ここのところで現場に任せるべきだというふうに先ほどの教育学会の人のおっしゃっているところが明確に国民に伝わっていない。そこに私は国民に対して教育界の戦後の一番の問題点があったんじゃないかというふうに思うんですけれども、堀尾参考人のお考えはいかがでしょうか。

○参考人(堀尾輝久君) おっしゃいましたように、この問題が複雑であるためにわかりにくい、わからないところがたくさんあるわけです。ですから、そういう状況の中でそれを押しつけることがどうなのかという問題が出てきているわけです。さらに、法制化するというのはどういうことなのかと。
  先ほども申しましたけれども、学生たちに聞いても、多分国民の皆さんに聞いても、日本の国旗・国歌は日の丸・君が代だと認めますかというふうにとりあえず聞けば、それはそうでしょうと。あなたはどう考えますかといえば、それは意見が違ってくる。さらに、日の丸・君が代も決して同じじゃないという、これが国民の意識を反映しているわけです。
  なぜそうなるかというと、それは象徴性の問題になるわけですけれども、戦前、戦後をどう考えるかという問題があるわけです。その中には、戦前の侵略の事実をどう考えるのか、さらに一九四五年以降の大きな日本の国の仕組みの変化、そして原理の転換、それをどう考えるのかという問題があるから、果たして君が代は国民主権の国家、そして平和主義の国家にふさわしい歌なのか。国民統合の象徴なんだけれども、象徴でしかないという意味での天皇をたたえる歌をなぜ歌わなけりゃいけないのか、我が国のというふうになぜそこだけ言わなきゃいけないのか。例えば、平和憲法を持つ我が国のというふうになぜ言えないのだろうかというところがやはり意見が分かれることになるんじゃないでしょうか。
○山崎力君 その議論というのは耳には入りやすいんだけれども、私は、先生に対して申しわけない言い方ですけれども、教育界に対して不信を持っているんですが、その議論というのは成り立たないと思うんです。
  その理由は、その議論は高校生、大学生を対象としての議論であれば成り立ちます。しかし、国旗・国歌というのは、普通の国においてでも我が国の国旗はこれである、我が国の国歌はこれであるというのは恐らく小学校段階あるいは中学校段階で教えているわけです。そういった中で教えているということを考えれば、その時点で戦前、戦後のことの歴史的な背景云々かんぬんなんということは子供たちに教え切れません、大人ですらわからないようなことを。
  ということは、私の考え方とすれば、一つの国家意思として子供たちに国旗・国歌をどう教えるかということは、当然のこととして早い時期の間に結論を出していなきゃいかぬはずだ。国家として成り立つ以上、いわゆる講和条約が成立した直後くらいにやらなきゃいかぬ。ということをやってこなかったということに関して教育界として結論を出してこなかった。日の丸・君が代反対だという結論でいくんだというならそれでもよかったんですけれども、それを一つの校長の国旗掲揚、国歌斉唱の問題の組合活動にすりかえてきたということがあるんじゃないか、そのことに対する反省というものが教育界に不足しているんじゃないかというふうに私は思うんですが、そういう考え方は、堀尾参考人、いかがお考えでしょうか。

○参考人(堀尾輝久君) 教育界のと言われましたが、とにかくその問題は日本国全体、国民全体の間で実は意見も分かれていて、だから教師もまた、その意見も分かれるし混乱もしているということがあります。
  それからもう一つ、講和条約の後、そういうことは決着をつけておくべきではなかったかと。それも私もそのとおりだろうと思いますね、どういう決着がつくかなんですけれども。
  そして、問題は、国旗・国歌を現場にどういう形で押しつけてきたか。つまり、日の丸の掲げ方も、歌い方も含めて、画一的に強要する形で、先生たちがせっかく自由な雰囲気のもとで自分たちの教育実践の出発であり最後である式典をどうつくるかという、そういう発想自体を押しつぶすような形で強行されたことに対して教育界は反発している、こういうことなんじゃないでしょうか。
○山崎力君 私は、今までの経過から見て、残念ながらそうはとらえておりません。そこのところの把握の仕方が、事実認定の仕方が違うんだろうと思います。
  ですから、そういった点で、この問題でいけば、議論が足りないというのは、それは確かに一般の人はこんなことをいつも考えていませんよ。問題があるとすれば、この間の世羅高校の校長さんの自殺からです。しかし、これは我々の資料にもあるとおり、何年も前に中学校の校長さんが自殺したという例もあるわけで、そのときにやろうと思えばできた。いわゆる大きな時代の流れでこの問題が出てきた。そのときに、自分たちの意に沿わぬといいますか、危機感はいいんですけれども、沿わぬ方向での可決、成立が現実のものとなったということにおいて議論が足りなかったという考え方の人が私はかなりいると。
  先生のように、そういうような掘り下げた部分、学問的な問題がある、あるいは実態上の問題があるという指摘はそのとおりかもしれませんけれども、それはそれで、私個人の考え方とは若干違うんです。
  実定法というのは、衆参の両院で国民の意思の代表が多数を占めれば変えられるんです。そのための議論をしても、本当にするのならばいいんだろうと。ところが、今までいろんなことがあって反対がありましたけれども、一たん可決されてから、それを一生懸命議論が足りないんだということを言っていた人たちが、国民運動、市民運動として、この問題を法律によって変えようという運動が非常に日本において少なかったんだということの問題意識というものも持っていただきたいなと逆に私は思っているんです。
  そういう考え方について、堀尾参考人、高橋参考人からお考えをいただいて、私の質問を終わらせていただきます。

○参考人(高橋史朗君) 私は、一言で申し上げれば、子供たちは不毛な政治的な対立あるいはイデオロギー的な対立の犠牲者であったと思っております。そろそろ戦後五十四年でしょうか、そういう中にありまして、曇りのない目で日の丸・君が代を見ていく、そういう心を育てる。歴史の総括や反省はまた別のところでやるべきでありまして、そこを区別すべきだ、そう考えております。
○参考人(堀尾輝久君) 最後だと思いますので、私、少なくとも義務教育に関する考え方は、これは人権としての教育が軸になり、義務教育という観念自体が戦前、戦後で大きく変わったということだけ申します。それから、戦後、修身がなくなって道徳教育がなくなった、そんなこともないんです。修身が何だったかということをお考えいただきたい。そして、戦後の道徳教育は先生方が本気に考えてきたんです。そういうことだけ補足させてください。
  それに加えて、今御質問の点ですけれども、では法制化された場合にどうするのかという、そういう問題を含んでの御質問です。
  これまでは法的にもはっきりしていなかった問題です。法律が通った場合に、これほど国民の意識と違った形で国会で通すということは、私は民主主義に対して大きな問題を残すのじゃないかというふうに思っています。(「まだ通っていない」と呼ぶ者あり)いや、ですから、通すとすればです。それで、その反対をどうするかという御質問もあったわけで、これをつまり法制化されれば、それに反対する運動というものは多分広がるだろうというふうに思っています。そのことはむしろ不幸なことではないかというふうに私は思っています。
(後略)