質問・賛成討論「国旗・国歌法案について

(平成11年8月9日参議院国旗及び国歌に関する特別委員会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 最後の質問になると思います。
  私は、この問題をやらせていただいてきて、本来この国がどういう国であるのかという、非常に抽象的ではありますけれども、いわば象徴的な議論をしてきたものだと思っております。
  それが、現実の問題として、悲しいことではありますが、学校教育の現場、そういったものに多くのことが割かれたということはある意味では悲しいことではないかなと思っているものでございます。
  ただ、そういったいろいろな議論の中を通じて総理にお伺いしたいのは、国民の中にやはり現時点での法制化に違和感を持っている人たちがいるのではないかなという気がしております。その違和感というのは、国旗・国歌を否定するという意味合いではなくて、今この時期にかつての政治的懸案と言われたものが一気呵成にどんどん成立している、そのことに対するこれはある意味での不安感のあらわれではないかと思うわけでございます。
  これは、一つ一つ言えば、総理のお立場、政府のお立場からすれば反論することは可能だとは思います。しかし、その漠たる不安というものが国民の間にある、それは事実として認めるべきであろうと思いますし、それを払拭するのがある意味では現時点での総理のお立場ではないかと私は思います。
  そういった中で、その原因として今言われている自自公の連立の話、何でも国会内において可決、成立できる勢力が成立していく、そのことに対する、何というんでしょうか、それは政治の場で別にどうこう言うことではないというふうに言えば言えるんですけれども、我々国民の代表者がそういうふうなことになって、ろくな議論もなくどんどん事が進んでいくのではないかなという不安というものに対して、やはりある程度国民心理としてはそういうものになっていくんじゃないか、それがむしろ現在の国民の意識ではないかな、一番問題なのはそこではないかと私は感じている次第でございます。
  そこで、総理に今回の国旗・国歌法そのものの成立、その後の政治の運営あるいはこれからの日本国の政治の運営、二十一世紀を踏まえた政治のあり方、国のあり方というものをどう持っていこうとなさっているのか。その総理の考え方をこの際、まして戦争へ向かっているなどというような、だれも思っていないことを不安に思う人もいるわけですから、改めて総理の口からこの問題を通じての、国旗・国歌法を通じてのそういった不安に対する払拭の考え方をお聞かせ願いたいと思います。

○国務大臣(小渕恵三君) 前段は、今の政治の取り組み方についての、内閣についてのいろいろな御意見かと思っております。私は、やはり国民世論というものを十分受けとめながら政治を行わなければ民主主義は成り立たないという認識に立って努力をさせていただいておると思います。不十分な点があろうかと思いますが、この点につきましては、国民全体の御理解と御協力を得られるように、もっともっと十分な説明努力をいたすべきと反省いたしておる次第でございます。
  国旗・国歌につきましては、これも既に御議論がございましたように、私どもとしては、この機会にぜひ慣習法を法定化することによりまして、法的な根拠なきがゆえにいろんな御論議を提起されておることにつきましては一定の、国民を代表する国会での御判断にゆだねさせていただきたいということでこの法律を出させていただいたわけでございます。
  そういう意味で、二十一世紀、新しい世紀におきましては、国民的な混乱を及ぼすことのないようにさらに努力はいたしていかなければなりませんけれども、そうした法定化、法制化によりまして一つの方向性が定められた上で、なお国民的な合意を得られますように努力はいたしていきたいというふうに考えておるところでございます。
○山崎力君 終わります。
○委員長(鴻池祥肇君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
  本案の修正について江田五月君から発言を求められておりますので、この際、これを許します。江田君。
○江田五月君 私は、民主党・新緑風会を代表し、国旗及び国歌に関する法律案に対する修正案の趣旨を御説明します。
  第一に、法案名を国旗法とします。
  第二に、国旗に関する規定中「日章旗とする」とあるのを「日章旗である」に改めます。
  第三に、国歌に関する規定を削除します。
  以上が修正案の内容の概要です。
  次に、その理由を述べます。
  まず、国旗については、政府案は第一条で「国旗は、日章旗とする。」としていますが、従来から政府自身も、国旗は日の丸であるということは慣習ないし慣行として定着し慣習法となっていると答弁しているところです。そのような慣習法を法制化するのであれば、創設的な意味を持たせる場合に用いる「とする」という表現よりも、一定の事実について述べる場合に用いる「である」という表現を用いた方が適切です。よって、本修正案では、そのように文言を修正します。
  次に、国歌については、政府は一貫して国旗と国歌をセットとして扱っていますが、以下の理由により、この二つを分けて扱うこととしました。
  国旗は国家を象徴する標識であり、船舶に旗を掲げる等の国際慣例に見られるように、制度的な側面が強いものです。現実に、航行の際など、国旗がなければ船舶が不利益をこうむる可能性が高いと言えます。
  他国でも、不文法主義のイギリス以外のほとんどの国では、国旗は憲法や法律で規定されています。
  しかし、国歌については、慣習による国が多数あります。法制化までしない理由としては、国歌が儀式的な要素が強いこと、国旗と異なり、歌うという動作が求められることから、法制化には慎重であるべきだといったことが考えられます。
  さらに、君が代は、日の丸とは異なり、法制化について国民の間にコンセンサスが得られてなく、広く定着しているとは言えません。
  この理由としては、君が代の「君」の政府解釈に対して違和感を持つ人も多いこと、君が代が終戦前、天皇崇拝の歌として用いられた歴史を有すること、歌詞がわかりにくいこと等が指摘できます。
  天皇主権制の時代に用いられた君が代を、国民主権の象徴天皇制の現在にも続けて歌うことに抵抗感を持つ人がいるのは当たり前です。不幸な歴史を引き起こした戦前の天皇制をきっぱりと否定し、現憲法の国民主権にふさわしい国歌とは何か、国民間で一層の議論が必要とされています。
  このような解決されていない多くの問題を抱える君が代をこの時期に法制化するのは拙速過ぎます。そこで、本修正案では国歌に関する部分を削除します。
  日の丸はアジアに対する侵略の象徴でした。つらく悲しい存在であったという沖縄からの声も決して忘れてはなりません。しかし、国旗が国際制度上不可欠のものなら、この際、私はこういった悲しい過去を背負いながら、我が国は日の丸を国旗と定めるべきだと思います。
  そして、過去を直視し、それを戒めとして、誇りに思える日本の未来を切り開いていくという日本国民の意思を日の丸の法制化に託したいと思います。
  以上が本修正案の概要とその提案理由です。
  各会派、各委員の御賛同をお願いして、修正案の趣旨説明を終わります。
○委員長(鴻池祥肇君) これより原案及び修正案について討論に入ります。
  御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
○阿部幸代君 私は、日本共産党を代表して、日の丸を国旗とし君が代を国歌とする本法案に反対の討論を行います。
  反対理由の第一は、今国会での早急な法制化反対の国民世論を無視するばかりか、我が国史上初めての国旗・国歌をめぐっての国民的討論を、自民、自由、公明三党を中心とした数の力で封殺しようとしていることです。
  政府が本法案を国会に提出して審議が進むにつれて、今国会での早急な法制化反対、もっと国民的議論を尽くせとの声は大きくなっています。このことは、八月二日に放送されたJNN世論調査で、日の丸・君が代の法制化反対の声がふえていることでも明白です。また、本委員会での地方公聴会、参考人質疑でも、法制化についての賛否が二分されていることが明らかになりました。野中官房長官も、国民に十分に理解されていないと世論調査の結果を認めているにもかかわらず、あえて強引に採決を強行するのは、このまま議論が続いて国民の批判が一層広がることを恐れ、国民的討論を断ち切ることをねらったとしか考えられません。
  衆議院に続いて、本委員会でもわずか十五時間という短時間の実質審議で、しかも中央公聴会の直後に採決を強行するのは、公聴会で示された国民の意見を反映して審議を深めるという民主的審議本来のあり方を踏みにじるもので、本院でもこれまでに例のない、議会制民主主義をじゅうりんした暴挙です。
  反対理由の第二は、日の丸・君が代が日本国憲法の恒久平和と国民主権の原則に反するからです。
  本委員会の質疑で政府も認めたように、侵略戦争は天皇絶対の体制であったからこそ起こされたのです。だからこそ、日本国憲法は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意して、主権が国民に存することを宣言しているのです。侵略戦争に重大な責任がある天皇絶対の体制をたたえた君が代と、その戦争の旗印だった日の丸を国歌・国旗とすることが憲法と相入れないことは明白です。
  第三は、今回の法制化が教育現場での日の丸・君が代の強制、押しつけを強化することを意図したものであることが明らかになったからです。
  政府は、憲法十九条の思想、良心の自由、内心の自由には個人の意思や思想を表明しない沈黙の自由も含まれることを認めました。しかし、沈黙の自由に反する入学式、卒業式での日の丸掲揚、君が代斉唱を引き続き押しつけようとしています。
  しかも、重大なことは、教職員は校長の命令に従う義務があり、従わなければ処分できるとか、考えを変えていただかなくてはならないなどと、法制化によってこれまで以上に押しつけを強化しようとしていることです。文部省の一片の告示にすぎない学習指導要領や地方公務員法を盾に、これを憲法の上位に置くなどというのはとんでもない暴論です。憲法、教育基本法に基づき子供たちを中心に据えた民主的な学校教育を進める教職員の心を踏みにじることは許されません。たとえ数の力で日の丸・君が代の法制化を強行しても、国民的議論を押しとどめることはできません。
  日本共産党は、本法案の廃案を求めるとともに、二十一世紀を迎えるにふさわしい国旗・国歌を国民合意でつくり上げるために全力を挙げる決意です。
  なお、日の丸を法制化する民主党・新緑風会の修正案には反対であることを表明し、討論を終わります。
○山崎力君 参議院の会の山崎であります。
  ただいま議題となっております国旗・国歌法に関しまして賛成の立場及び民主党提案の修正案には反対の立場から討論いたします。
  私は、この法案について、どちらかというといわゆる慣習法でよいのではないかという立場をとっておりました。しかし、こういう議論の中で、実定法化することについて賛成の立場をとるに至りました。
  その理由をかいつまんで申し上げます。
  第一に、明治憲法下の戦前はもちろん、現憲法下の現在に至るまで、認めるか否かを問わず、国旗は日の丸、国歌は君が代以外に存在しなかったという事実がございます。
  すなわち、国家として国旗・国歌があるのは当然、さらに今新たに国旗・国歌を制定し直すという議論がない現状下においては、私は、現時点で法制化するかしないかという点を別にすれば、国旗は日章旗、国歌は君が代とするのが自然であると考えるからであります。
  そこで、問題は現時点での法制化についてでありますが、この考え方の是非はともかく、政府の提案の理由は同僚議員周知のことと思い申しませんけれども、私がそこで考えるのは、反対論の中で論点がどうしてもまとまってこない、このような感じを持ったという点が大きく挙げられると思います。
  慣習法的に認めた上で新しい国旗・国歌をという議論はほとんどなされてまいりませんでした。もしそうであるならば、反対論は、日の丸・君が代を国旗・国歌として認めない、そして戦後一貫して国旗・国歌なしのユニークな国家観、世界観を持ってきているということにほかなりません。そのことについての国民に対する説明というものは、私は聞いたことがないと言っていいと思います。
  そして、何より、サンフランシスコ平和条約締結後、国旗・国歌なしの日本国を続けてきたということへの釈明を私はその立場をとる人が第一にすべきものだと思うからであります。私は、少なくとも現憲法を守れという立場をとるならば、現行の国旗・国歌を認めないという声高な主張に何がしかの違和感、下品な言葉をお許しいただけるならば、うさん臭さを感じてしまったのであります。
  それは、なぜ戦争やそういった戦前の歴史への反省不足を説く際に、その象徴として国旗・国歌を対象としているのでしょうか。もしそうであるならば、新憲法が日本という国名を残し、天皇制を維持したということをまず問題にしなければなりません。その論が欠けていると私は思うのであります。
  言葉をかえれば、そして私が何より申し上げたいのは、本案が否決された場合の影響であります。もし否決された場合、それは単に慣習法としての日の丸・君が代を葬り去るだけではなく、我が国が半世紀以上にわたり国民統合の象徴であるべき国旗・国歌なき国であったということを内外に宣明することにほかならないということであります。
  改めて、結論として、少なくとも現行憲法を含め天皇制を認めた憲法下にある限り、栄光と汚辱の歴史をともに踏まえて、我が日本国の国旗は日の丸、日章旗、国歌は君が代であるべきと今回の審議を通じて確信に至った次第であります。
  以上、私の信ずるところを申し上げ、最後に、一人でも多くの方々が本法案に賛成していただけるよう改めてお願い申し上げて、私の賛成討論を終わります。

(後略)