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意見交換「安全保障等の実情調査について

(平成11年11月24日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(井上裕君)
 ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
  国際問題に関する調査を議題といたします。
  本日は、「二十一世紀における世界と日本」のうち、東アジアの安全保障及び国連問題等について海外派遣議員から報告を聴取した後、意見交換を行います。
  議事の進め方でございますが、まず、派遣議員団の団長を務められた岡委員から総括的な報告を聴取した後、参加された委員からお一人十分以内で順次御意見をお述べいただきます。その後、これらの報告をもとに、午後四時ごろまでを目途に意見交換を行いたいと存じます。
  なお、御発言は着席のままで結構でございます。
  それでは、岡委員から総括的な報告をお願いいたします。岡利定君。
○岡利定君 先般行われました海外派遣につきまして御報告申し上げます。
  私からは、団長を仰せつかりましたので、総括的な御報告を申し上げ、具体的内容、感想など個別の御意見等につきましては参加された各先生のお話に譲りたいと存じます。
  まず、調査日程及び目的等でございますが、去る九月二十八日から十月五日までの八日間、アメリカ合衆国及び大韓民国における東アジアの安全保障及び国連問題に関する調査並びに各国の政治経済事情等視察のため、本院から山本一太君、平田健二君、魚住裕一郎君、吉岡吉典君、梶原敬義君、月原茂皓君、山崎力君及び私、岡利定が米国及び韓国に派遣されました。
  今回の調査は、派遣期間が短期間であるため、視察は、米国では、国連本部及びユダヤ人大虐殺、ホロコーストと言うんだそうですが、の歴史に関する理解を深めるために設立されました国立ホロコースト博物館の二カ所、韓国では、南北接触の唯一の場である板門店、共同警備区域一カ所にとどめ、専ら要人、有識者との意見交換に努めてまいりました。その結果、陪席を含めて両国で意見交換をした要人、有識者は三十名を超えるものとなりました。
  第二に、調査の態様について申し上げます。
  今回の調査は極めて時宜を得たものであり、相当な調査が行われたと思っております。
  すなわち、米国では、九月十四日に議会にペリー報告書が提出され、政府からしばらく前に議会への説明が行われたばかりというホットな時期にありました。しかも、九八会計年度の最終日という議会の非常に多忙な日程の中で、クリントン政権の北朝鮮政策に批判的と言われるスティーブンス上院歳出委員長を初め五名の有力上院議員、共和党四名、民主党一名でございますが、と二名の有識者とが一堂に会してこの問題を中心に調査目的全般について意見交換をすることができました。
  また、第五十四回国連総会が九月二十一日に開会された直後であり、国連関係者は極めて多忙な時期でありましたが、アナン国連事務総長を初め、米国及び英国の国連常駐大使、ブラウンUNDP、国連開発計画総裁と今次総会での動きを含めた最新の状況下で国連問題について意見交換をすることができました。
  また、韓国でも、九月のベルリンでの米朝合意を受けて民間レベルの南北交流が具体的に動き始めたニュースが報道され始めた中で、政治家や政府関係者からその具体的内容や意義について説明を伺うとともに、意見交換をすることができました。
  意見交換の内容は、一、日米及び日韓関係全般、二、朝鮮半島情勢、三、中国情勢、四、機能強化、分担金、安保理改組、東ティモール問題等を含めた国連問題、五、要望等のその他の問題に集約することができると思います。
  以下、時間の関係で簡単に若干の点を御報告いたします。
  まず、二国間関係につきましては、米側からは、日米関係は現在良好である、過去数年間の間に同盟関係の強化に向けた多くの進展が見られたのみならず、世界的規模の問題への対処についても強化されているとの発言がありました。また、韓国側からは、今ほど日韓関係が順調なときはなく、このような状況を長く持続させることが必要との発言がありました。
  北朝鮮政策については、おおむね米韓共通の認識として、日米韓三国の協力関係が非常によく進んでおり太陽政策については日米の理解が得られている、ベルリンでの米朝合意以後、北朝鮮は変化し始めている、北朝鮮の行動が我々の期待に沿った形のものである以上は何らかの形の改善はできる、しかし今後の動きを見なければわからない、希望を持っているが楽観的ではないというものでありました。
  米側からは、ペリー報告書について米議会はおおむね肯定的な反応を示している、ペリー調整官は議会の説明の際、特に日韓の協力が得られた点を強調した、制裁解除の対象になっていないテロ分野等における制裁解除のためには日米の懸念を北朝鮮が解消することが必要である、北朝鮮との関係で過去数週間に起きた出来事は米朝がともに協調していける可能性を示唆するものである、北朝鮮に対しては日米韓三国の連携がなければ前向きにならない、警戒心を緩めてはならないとの発言がありました。
  また、韓国側からは、日米韓三国が協調して一致していることがよい効果を上げている、ベルリンでの米朝合意のような成果を少しずつ積み上げていくことが重要だ、北朝鮮がみずから変革していくことが大事であり、そのために自由社会のよさを理解させ、時間をかけて関与させていくことが重要であるとの発言がありました。
  次に、国連改革のうち、日本の安保理常任理事国入り問題については、米英の国連大使、ゲルブ外交問題評議会会長のいずれもから積極的支持の発言がありました。アナン国連事務総長からは、安保理改革の必要性に同意した上で、加盟百八十八カ国が決定することではあるが、遠くない将来改革が実現することを期待し、信じているとの発言がありました。
  意見交換の内容は極めて広範多岐にわたっておりますので、このほかの概要は、お手元に配付しております資料でごらんいただきたいと存じます。
  第三に、調査の周辺事情について御報告申し上げます。
  米国訪問時に東海村核燃料加工施設事故が報ぜられたのでありますが、早速、議会関係者及び政府高官からお見舞いの言葉をいただき、また政府関係者からは、クリントン大統領の日本への全面的支援表明を踏まえ、米国政府としてできることがあれば何でも協力したいとの発言がありました。
  また、韓国では、金鍾泌国務総理が調査団訪韓の一カ月前に公賓として来日されたのでありますが、その際、日本側から大変温かいもてなしを受けたことのささやかなお礼であるとして、調査団を官邸のゲストハウスに招き、昼食会を主催していただいたことであります。
  なお、金国務総理には、私から小渕総理の口頭親書をお伝え申し上げております。
  特に、韓国での意見交換につきましては、金国務総理を初め朴泰俊自民連総裁ほか数名の政治家、有識者の全員が通訳抜きの日本語で調査団と直接対話をしていただいたことであります。
  以上のような経過を踏まえ、調査団としては調査結果の一端を披露すべく、ワシントンとソウルで現地邦人プレスに経過報告を行うとともに、第一年目の中間報告書を配付するなどして、参議院独自の制度である当調査会の周知にも努めてまいりました。
  最後に、意見交換の際、提案された要望等について御報告申し上げます。
  米国では、共和党議員、デミング国務次官補、マンスフィールド元駐日大使及びモンゴメリー元駐オマーン大使から日米議員交流の重要性と定期交流の必要性等が指摘されるとともに、スティーブンス上院歳出委員長からは議員交流の具体的提案があり、キャンベル議員からはこれに賛同する発言がありました。
  韓国では、朴自民連総裁は韓日議員連盟の会長であることから、意見交換には国民会議の蔡映錫副会長及び自民連の池大燮副会長が同席したのでありますが、池議員からは、韓国の新国際空港の建設に伴い、新空港―成田間では時間も費用も多くかかるようになることから、二〇〇二年のワールドカップ共催をきっかけに羽田―金浦空港間にシャトル便を開設することの要望及び日韓両国の経済発展のために九州電力と韓国電力との間で海底ケーブルによる余裕電力の相互供給システムを開発することについての要望がありました。
  また、蔡議員からは、在日朝鮮人の参政権付与問題にけじめをつけていただきたい旨の要望がありました。なお、地方参政権付与の問題については、金国務総理からも、二世、三世は日本に骨を埋める気持ちでいるのだから前向きに動くよう御協力を願いたいとの発言がありました。
  また、東ティモールに対する日本の貢献については、アナン国連事務総長、ブラウンUNDP総裁及び米国連大使から強い期待が寄せられました。
  以上が、今回の派遣の大まかな報告でありますが、意見交換を行いました両国の要人、有識者及び国連関係者のだれしもが調査団に対し極めて率直に意見を披瀝してくださいましたので、今回の海外派遣は極めて有意義であり、今後の調査会の活動の参考に大いに資するものになったと確信しております。
  以上をもちまして、団長としての報告を終わらせていただきます。
  ありがとうございました。
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  次に、参加された委員から順次御意見をお述べいただきます。
  まず、平田君からお願いいたします。平田健二君。
○平田健二君 民主党の平田健二でございます。
  ただいま団長から御報告がございましたが、つけ加えることはほとんどないと思っておりますが、私の感じたままを御報告させていただきたいと思います。
  まず第一は、日米関係についてであります。
  マンスフィールド元駐日大使が日米関係は世界で最も重要な二国間関係であるというふうに述べられておったのを初め、米国の要人、識者が日米関係を重要視されていることは十分理解ができました。しかし、私は今後米国の戦略的パートナーとしては、米国は必ずしも我が国だけを絶対視するものではないというふうに今回の調査を通じて感じました。
  今回の調査団のメンバーからも、短期的な問題としては当面は北朝鮮問題があるが、長期的には中国問題であるとの意見が多く述べられました。私もそのように発言をした一人でありますが、米国側にも否定する意見はございませんでした。
  例えば、デミング国務次官補代理は、中国が敵になるのではなく我々のパートナーとなることを望んでいる、ハムリ国防副長官は、日米は安保上の共通点を理解し、中国との関係を建設的なものにするとともに、そのためには日米の連携を確固たるものにしなければならないというふうに述べておられました。
  また、親日家のマンスフィールド元駐日大使は、中国はみずからを中華と形容するように世界は自分たちのために存在する、極端ですけれども、というような考えがある、そうした国とのつき合いは容易なものではない、それゆえ日米が協力して中国に向き合うことが重要であるというふうに述べておられました。
  私の見方では、三人の識者に共通するのは、日米関係は重要であるが、米国にとっては、日本は中国に関与するための米国のパートナーであり、東アジアの安全保障を確保するためには必ずしも絶対的な米国のパートナーではないというふうに認識をしておるんではないかなというふうに感じました。すなわち、二十一世紀は中国の時代であり、米国の真の戦略的なパートナーたり得るのは、潜在的にも将来的にも中国を念頭に置いておるのではないかなということを感じました。
  次に、朝鮮半島情勢です。
  先ほどの団長の御報告にありましたように、米韓の識者は、日米韓三国の協調関係が北朝鮮政策には不可欠であると意見が一致をいたしておりました。
  ゲルブ外交問題評議会会長は、重要なことは日米韓の三国が北朝鮮政策を十分コーディネートし、北朝鮮が持っている脅威に真剣に対応していくことを北朝鮮自身に理解させることであるというふうに述べられておりました。
  デミング国務次官補代理は、ペリー調整官の北朝鮮の報告で、議会の説明で強調したことは、報告書の作成に当たっては米国政府は日韓と密接な協議をして、この朝鮮半島地域の核となる同盟国としての日米韓の見解を十分反映させたということであるというふうに説明をいたしました。
  しかし、さらに私はデミング国務次官補代理に北朝鮮に対する中国の影響力等について質問をいたしました。中国は北朝鮮との対話内容を明らかにしないので不明である、中国は北朝鮮との対話の内容をペリー調整官に明らかにしない、だからわからない、こういうことでございました。
  また、韓国の金鍾泌総理は、北朝鮮は閉鎖国家だ、自由体制の国に仲間入りをさせるべきであり、それには日米韓の三国の結束が必要だ、こういうふうにおっしゃられておりました。
  日米韓三国の結束についてはだれも不要だと考える者はいないと思いますが、北朝鮮・朝鮮半島問題は結局は南北朝鮮の問題であり、米朝の問題なのではないのかな、三国協調と言いながら、実際には我が国はある種の頭越し状態に置かれているのではないかなという感じがいたしました。当調査会の調査でも、各委員から四者会談に日本を含めるべきであるとの意見が出されたと聞いておりますが、私の考え方に御意見があればお伺いしたいと思います。
  最後に、今回の派遣の目的の一つにございました国連問題でございます。
  日本の安保理常任理事国入りについては先ほど団長から御報告がございましたが、私は、エルドン英国国連大使に、日本が安保理常任理事国に入るために日本国民としては何をしたらよいかというふうにお尋ねをいたしました。大使からは、一般的に言って、外交官にとってその背後に国会と国民の強い支援があれば交渉に強く臨める、政府と議会が望ましい目標に向かって、よい形でともに動くことがよいというふうなアドバイスがございました。
  また、先ほど団長から日米両国の意見交換の際提案されました要望についても御報告がありましたが、私は今回の派遣で議員交流の重要性を改めて感じました。共和党議員の提案をまつまでもなく、当調査会でも議員外交の意義を議論し、提案していってはいかがでしょうか。さらに、日韓議員連盟のメンバーからの提案を二年目の報告書での提言に結びつけるように検討してみてはいかがかというふうに思っております。
  今回の派遣では、短期間に相当数の要人、識者と意見交換を行う日程で、私としては大変ハードなところがございました。調査の結果は今後の当調査会の活動に大いに資するものがあったというふうに考えております。
  さらに、村上前会長は、当調査会の毎年の海外派遣の必要性を理事会の合意を得た上で議運委員長等に申し入れをされたと伺っておりますが、井上新会長のもとでもその実現に努めていただくようお願いを申し上げまして、報告を終わります。
  ありがとうございました。
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  次に、魚住君にお願いいたします。魚住裕一郎君。
○魚住裕一郎君 公明党の魚住裕一郎でございます。
  今回の派遣につきまして、今、岡団長また平田議員からも御報告がございましたけれども、私も雑感を含めて御報告をさせていただきたいと思います。まず、このような派遣の参加の機会、またこのような報告の機会を与えていただきまして感謝を申し上げます。
  まず、今回の派遣につきまして、数多くの要人、また学識者と意見交換をすることができたわけでありますが、率直な意見交換ができたということが非常に私にとりましても有益であったというふうに考えております。殊に議員間の意見交換がどれほど大事かということを実感いたしました。外交は、特に政府対政府ということでございますけれども、それを支え、またあるいは批判する議員同士が意見交換をしていくことも大事だなというふうな実感をした次第であります。
  今、御報告の中でも共和党議員の具体的提案とありましたけれども、スティーブンス上院歳出委員長の方からは、アラスカでやろうとか、あるいはハワイでやろう、いや桜の咲くころの東京でやろうという、そういうような意見交換ができたわけでございまして、私は参議院の国際問題に関する調査会が中心となってアメリカ上院との交流というものをしっかりやっていくべきであるというふうに考える次第であります。
  また、ちょうど時期的にペリー報告が出た直後でございました。事前にゲルブ外交問題評議会会長とお会いして意見交換をさせていただきましたけれども、その内容と上院のアメリカの議会とは雰囲気が違うというふうにあらかじめ教えていただいておりましたけれども、スティーブンスさんの方からは、このペリー報告は間違っているというふうに言ったと、そういうお話がございました。報告書は、北朝鮮の現在の活動をやめさせるための目先のもので、間違ったものである、暴君は暴君として扱うしかないのであって、宥和政策は望ましくない、このような意見表明がなされました。事前に知らされていたとはいいながら、率直に申し上げて、ある意味では衝撃的な発言内容だったなというふうに思っております。ただ、もちろん全体としては肯定的にとらえているであろうということは私も感じたところであります。
  また、金鍾泌国務総理からは、ペリー報告自体は、北朝鮮はミサイルを発射しない、米国も制裁をやめて援助するというもので、特別な内容ではないと、そういうような意見もいただきました。スカッドミサイルに常にさらされている韓国としては、そういう方向性で常にやってきたというものが裏づけにあるんだなということを実感したところであります。
  また、北朝鮮に対する認識も、国務総理からは、北朝鮮は下からの力で政権が倒れるような国ではない、また、危機的なこの経済状況に対しても国民は戦後五十年間飢餓生活をしてきた、危機状況といっても従前からの継続である、それゆえ部外者が政権が崩壊すると言っても当たらないと、そういう認識を述べておられましたけれども、まさに冷静な判断でありますし、これを前提にして我々も北朝鮮への対処をしていく必要がある、このようなことを感じた次第であります。
  次に、人権ということが結構クローズアップされたのではないかなというふうに思っております。
  エルドン国連大使の話の中で、いかなる政府も自国民に許されない行為がある、ジェノサイド、大量破壊、大量強制移送である、このような状況に対し国際的な介入について国際的に明確な共通の理解が必要である、このような意見が述べられました。最近のヨーロッパの動向等を踏まえて、やはり人権ということが表になってきているんだなというふうに感じた次第であります。
  その一方でまた、朴泰俊自民連総裁の話の中で、東ティモールに関連して、韓国も一個大隊を派遣するというお話でございましたが、その動機づけが朝鮮動乱のとき国連から十六カ国援助を受けた、当然の御礼をしなければならないというお話でございました。また、人権問題ということで積極的に援助するのが政府の方針である、こういうような言葉もこの朴泰俊さんからお話しになりました。洋の東西を問わず、やはり人権ということがこれからの外交について表になった議論になっていくのではないか、このように感じた次第であります。
  また、台湾の李登輝総統が二つの中国論を言われました。もちろんすぐオルブライトさんがそれは反対だという形で三つのノーを改めて表明した次第でありますが、デミング国務次官補代理からもさらに説明がございました。私もそうだなと思いますし、日米が協力して中国を積極的に国際的社会に関与させていく、それが大事である、中国が敵になるのではなく我々のパートナーになることを望んでいる、したがって日米協力が極めて重要であるという指摘がございましたけれども、私も全く同感でございます。また、そのようなことを日本政府としても働きかけていく必要があるというふうに考えるところであります。
  また、団長の報告にございましたけれども、日韓の中で国務総理からも蔡議員からも、地方参政権の問題が改めて出されたところでございまして、国内問題というよりも国際間の問題としてこれも真剣に取り上げていく必要がある、このように感じた次第でございます。
  以上、感想を含めて報告とさせていただきます。
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  次に、吉岡君にお願いいたします。吉岡吉典君。
○吉岡吉典君 調査に出発するに先立って、また調査後にいろいろ読んだものも含め、朝鮮半島の問題に絞って報告させていただきます。
  私は、明るい展望について報告できることを喜んでおります。ペリー報告によると、人口密集地帯の朝鮮半島で戦争が起きたら、アメリカ、韓国、それに北朝鮮の数十万の兵士と民間人が死亡し、約百万人の難民が生まれるおそれがあるとあります。武力衝突が避けられないかのような新聞報道もあった朝鮮半島の緊張した事態が回避され、団長報告にもあるように、平和的に解決する方向に動き出していることを報告することを本当に私はアジアの平和を願う人々とともに喜びたいと思います。
  私は、ユーゴ爆撃などアメリカのいわゆる先制攻撃戦略には強い批判を持っています。しかし、壊滅的な事態を生み出しかねない朝鮮半島の危機的事態が米朝協議により双方の努力で平和的に解決される方向への第一歩を踏み出したことは、まだ終着点がはっきり見える時点にまで至っていないとはいえ、歓迎すべきことだと思い、アメリカの関係者にも率直にその感想を表明してきました。
  ペリー調整官は、私どもの訪米直前の九月十七日の記者会見で、将来の交渉においても間違いなく困難が続くであろうと指摘しながらも、四十年以上にわたって暗雲のように我々の脳裏から離れなかった第二次朝鮮戦争の危険が今日消えようとしていると述べております。こうした展望は決してペリー調整官だけでなく、米朝両国政府の一致したものであることを今度の調査で確認することができました。
  今回の調査の最後に会談した韓国の梁榮植統一部次官は、私がだめ押し的に、南北関係は時間がかかっても明るいものとの展望を持っていると判断してよいかと尋ねたところ、南北関係は肯定的な方向で進行しているとはっきり言い切りました。
  では、ペリー報告が包括的で統合されたアプローチと言っている新しい対北朝鮮政策の内容は何かという点であります。
  ペリー調整官の端的な議会での証言によってみると、次の二つの道から成り立っています。
  第一に、もしも朝鮮民主主義人民共和国が自国の核兵器計画のみならず長距離ミサイル計画をも放棄する意思があるならば、我々も恒久的な平和の確立を含む包括的な関係正常化への道を一歩一歩進む意思を持たなければならないということであります。ペリー報告は、この道に沿ってアメリカと同盟諸国は段階を踏んで互譲的なやり方で北朝鮮が脅威であると感じている圧力を軽減するよう行動すること、つまり北朝鮮に一方的に脅威の解消を迫るのではなく、米朝双方の懸念を双方が同時に解消するということを提起しています。アメリカでの会談でも、私はこのことを非常に重要な問題提起だと強調してまいりました。
  第二に、もし北朝鮮が脅威を除去する意思があることをその行動によって示さないならば、我々はその脅威を封じ込めるために行動しなければならない、北朝鮮の脅威を封じ込めるには費用がかかり危険である、したがって第一の戦略が好ましいことは明白である、第二の道についてこう述べてあります。大事なことは、米朝合意で第一の道の可能性が生まれたことを米韓での調査で確認できたことであります。
  次に、日本でも関心の強い北朝鮮の動向を米韓両国政府はどう見ているかという点であります。
  要約して言えば、これまで北朝鮮の政権について二、三年で倒れるだろうという崩壊間近論があったが、実際にはそうならず、今後も北朝鮮の現政権が存続し続けるだろうというのが北朝鮮政策再検討の結果の米韓当局者の認識でありました。北朝鮮は経済危機で内部から倒れるような体制ではないと、これは先ほども紹介されました金鍾泌首相の会談での言明であります。ペリー調整官は、たとえアメリカが圧力をかけたとしても、北朝鮮の政権が崩壊すると考えるべきではないと、こう語っております。外部から武力で転覆するということははかり知れない犠牲を出す戦争となり、考えられないということでもありました。
  したがって、米韓両国政府は、こうあってほしいと望むような北朝鮮政府ではなく、ありのままの北朝鮮政府、つまり現政権との間で問題の解決を図るしかないということを前提として対応しようとしていることであります。金大中韓国大統領の太陽政策、包容政策も基本は同じであります。
  そこで、米韓関係者は、北朝鮮の政治体制を決めるのは北朝鮮自身である、北朝鮮を米韓の側から武力攻撃することはない、北朝鮮の体制を転覆したり吸収したりすることはないという立場を北朝鮮にはっきり伝えて交渉していることをそろって強調していました。私は、これは双方の懸念の同時解消という問題提起とともに、賢明な策だと思い、そういう発言もしてまいりました。
  今回の調査で強く感じたことの一つが、同じ国交のない国でも、日本と違うアメリカと北朝鮮との関係であります。
  アメリカでは、一九九四年に私人としてのカーター元大統領の訪朝による核枠組み合意に始まり、その後政府間の交渉として五年間にわたって継続しているのです。私どもが会った国務省の朝鮮部長は、五回にわたって北朝鮮を訪問したと言っておりました。
  一方、北朝鮮は、白南淳外相の国連総会の演説でも、我々は既に米国を百年来の宿敵とみなしていないことを明確にした、我々は五年間にわたる米朝基本合意文の誠実な履行を通じ我々の信義も十分示したと述べております。事実、五月にはクリントン大統領の特使としてペリー氏が訪朝、北朝鮮はこれを大歓迎しております。続いて、北京、ジュネーブの米朝協議、そして九月のベルリンでの米朝合意に至り、最近もこの協議が続けられております。
  韓国の金大中大統領は、米朝合意の前の五月の時点で、フランスの新聞ル・モンドとのインタビューに答えて、北朝鮮に変化が生まれるとして、七点にわたる変化を挙げております。
  その第五に、周知のように、北朝鮮の金剛山観光が始まってから五万五千人が訪れ、引き続き訪問していると挙げております。第六の変化として、昨年一年で韓国人三千三百人が北朝鮮を旅行したが、これは過去九年間の二千四百人足らずに比べて一年間だけで九百人も多いと述べております。そして最後、つまり第七の変化として、北朝鮮が現在憲法を修正し、農業や商業の自由を限定的だが認めており、居住、移転、旅行の自由も限定的だが認めており、国連開発計画の支援のもとに北朝鮮関係者百十人に市場経済を教えていると挙げております。
  日本が北朝鮮のミサイルの脅威の大騒動をしているそのときに、米韓両国はこのように北朝鮮との関係改善を進めていたのであります。日本はこれに比べて大きく立ちおくれ、完全に取り残されてしまった感じを持ちました。取り残されただけではありません。韓国の新聞朝鮮日報は、日本が北のミサイルの脅威に対して待っていたとばかりに軍事的対応一辺倒に出るのは北東アジア全体の平和と安全保障にとって望ましくないと考えると批判しております。最近、日本の外交雑誌に、日本は米韓の厄介なパートナーという論文も載っておりました。
  日本政府が明確な北朝鮮政策を確立し、外交ルートを開いて、日朝の関係正常化、朝鮮半島の平和、北東アジアの平和のために積極的な役割を果たすべきであることを痛感したことを報告いたします。
  どうもありがとうございました。
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  次に、月原君にお願いいたします。月原茂皓君。
○月原茂皓君 月原です。
  岡団長のもとでカンファタブルな旅行だったと思いますが、非常に有益であったと。結論は、議員外交が必要であるということ、そしてできればこの調査会の委員の方々が年に一回は関係深い国々と交歓する場ができたらな、こういうふうに思いました。
  それで、今既に多くの先生方がお話しになっておるので、重複しない範囲で、そしてまた私の感じたことを申し上げたいと思います。
  私は、今度行ったときに日本の方の主張も十分理解してもらわないといかぬな、こう思いました。
  最も私が注目していることは、テポドンの問題でも不審船の問題でも、そのときに騒いでいる日本という国は、実は一九九三年、ノドンが実験され、そしてそれが配備された、もうそれだけで日本はカバレッジに入っているわけですから、そのときにちゃんとしたことを言わないで、何かテポドンになって慌てておる、そういうふうに思うんです。
  それとまた、KEDOの条約ができる前にプルトニウムを抽出したおそれがあるということはもう既に言われておる。一、二発あるいは二、三発の原爆の材料を向こうは持っておる、こういうふうに言われておる。そういうことを抱えて、今米国等が中心になっているのは、輸出が困る、もっと遠くに飛ぶものは困る、こういう考え方でありますが、それについては日韓米が協調してKEDOを保っておるわけです。
  しかし、その前提として、我々は拉致問題も含めて、もう既に九三年にそういう状態に入ったというハンディ、そしてそれは本質的に解決するには相当時間のかかる問題。各国は日本に対しては、自分の国のことじゃなくて日本の国自身の問題としてそれはもう後回しになると。こういうふうなハンディを背負いながら、日本はこの三国の関係で協調しながらやっておるんだということをまず向こうの人たちに知ってもらわぬといかぬということ。
  それから、日米関係についてよく国会等でも言われておるんですが、アジアが日本の安全保障、自衛力について理解がない、日本のそういう脅威を感ずるというようなことをよく言われるわけなんで、うちの国は過去の経緯からいってなかなか力強く言うことができないけれども、それは米国が日本と協力していること、それがアジアの、太平洋の大きな平和に貢献しておるんだと、日本の国は大変アジアの安全保障に貢献しておるんですよということを米国の方から周りの国に言ってくれと。我々も言うけれども、なかなか我々の方は言いにくいところがあると。
  こういうことはこっちの主張として常時言うわけにはいきませんでしたが、できるだけこの二つのことは向こうに頭にたたき込んでもらわぬといかぬ、こういうふうに思ったわけであります。
  そこで、次に、いろいろ懇談を通じて私の感じたことを重複しない範囲で申し上げたいと思います。
  まず韓国で感じたことは、統一問題というのは北の方はなかなか情報統制などが強固に行われておるから、向こうの方から沸き上がってくることは、住民から沸き上がってくることは今直ちには望めないな。そして片や韓国を見ると、ソウルに行って、昔私も行ったことがあるんですが、今度行ったときに若者が本当に喜々として生活されておる。これは世代の問題が出てくるのでないかな。
  というのは、ドイツが三対一ぐらいで東、西が一緒になったわけですが、今は北と南とに十対一ぐらいの差があるわけですね。その生活を犠牲にしてまで統一しようとする空気が、積極的にそういうのが若者にあるのだろうか。ここらのところを少し分析せぬと、ある一定年齢以上の人は思いが民族の思いということで一緒になりたいと、こう思っても、ちょっと世代が違ってくると変わってきておるんじゃないかな、私はそんな感じがしたわけであります。
  そしてまた、太陽政策、今多くの方々がおっしゃいましたが、私はこれは韓国としてはベストの政策である。というのは、北がなかなか崩壊することじゃなくて、自分の体制というものを守るということに最大の、しかもそれが軍を中心として強固なものになっているわけですから、かつてKEDOをつくるころ、二、三年で倒れるかなとアメリカの方も考えておったんですが、大間違いだった。ペリー報告でも、存続するという前提に立っていろいろな方法を打とう、こういうふうにしているわけであります。
  そこで、ある議員が、情報が不足しておるから、ソ連邦の崩壊等を考えた場合に、情報というものが管制されたらこちらから情報を送り込んだらどうだと、こういうことを申し上げたら、それは急にそういうことをやると自分たちの組織、要するに今の権力機構を崩壊させるものだというシグナルにとる、だからそこらのところは徐々に浸透させていくということが必要でないかなということをおっしゃっておりました。それは私は非常に印象に残りました。そしてまた、現代の会長が北の方に行っている、そういうことを通じて少しずつ新しい動きになってきておるんだ、こういうふうな感じでありました。
  そして、この政策がベストだなと思うのは、韓国自身が北の方に援助するのではなくて、世界が北を援助するという形になっておるということは韓国にとっても非常にありがたい、負担の軽い話になるのでないかな、私はそういうふうに思いました。
  それから、今、魚住先生のお話に重なるんですが、私は特にそうかなと思ったのは、東ティモールに出た理由として、人権問題ということはもちろんでありますが、それ以前に、やはりかつての朝鮮戦争で応援してくれた、出兵してくれたその人たちに恩義を感じて出ていくんだなと。国際社会というのはやっぱりそういうところも私はあると思うんですね。そういうことで、国際協力というものは何か、特に究極の血と汗を流す国際協力というものがどういうふうになっていくかということを考えさせられました。
  以上ですが、団長が冒頭におっしゃった原子力の事故については、我々はテレビで見たんですが、それはもう日本でいえばそのくらいというか、それで十分なんでしょうが、向こうの方は非常に大きくこれを問題視して、そして我々にさえ質問してくるという体制。私は、だからこういう問題については的確な情報を外交ルートを通じて早く向こうの方に伝えておかなければ誤解を招く、またお互いに協力する場合の向こうのデータの出し方、恐らく向こうは発電所が爆発したぐらいにとったんじゃないかなと思うぐらい、クリントンさんまで意見を述べられたわけですからね。そういうふうな感じがして、グローバルな問題、特にセンシティブな核の問題等についてはよく情報をお互いに交換し合っておかぬといかぬな、こういうふうに思いました。
  以上が私の感想です。ありがとうございました。
○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  次に、山崎君にお願いいたします。山崎力君。
○山崎力君 山崎でございます。
  私も主に朝鮮半島情勢について、今回の調査に関する私なりの受け取り方を申し述べたいと思います。
  まず一番最初に私が感じたのは、どなたかの発言にもあったと思いますが、いわゆる米議会側、共和党を中心とした議員さんの発言と、国務省及び国防省のそれぞれの担当者の発言に温度差があった、微妙な食い違いがあったということでございます。議会側はペリー報告は誤りであるとはっきり申された方もいらっしゃいますし、あるいは国務省側は当事者の発言ですから当然高く評価する、国防省はその中間でして、まああんなものだろうというような、一言で言えばそういうことで、我々は別の仕事があるんだと、こういうふうな受け取り方を私はいたしました。
  特に象徴的だったのは、今回のペリー訪朝のきっかけとも言える不審地下施設、トンネル問題ということでございました。このことに関してしつこく質問したわけです。なぜかといいますと、具体的に言うと寸法なんですけれども、そのことを公にすることができない理由がはっきりしなかったわけです。日本側にも通知はあったのかもしれませんが、他言無用と。そして、国務省にその問題をただしたところ、朝鮮部長ですか、そのことに関しては言えない、我々を信用してほしいと、こういう言い方であったわけです。なぜなんだということが当然疑問として残りました。
  このことに関しては韓国側にも質問したところ、金鍾泌総理は、規模的に言って原子力施設をつくるにはあのトンネルの大きさというのは不十分であり小さい、ただし大きなものであると聞いている、ただ、それではなぜそういった施設をつくったのかということに関しては我々も合理的な判断ができないと、こういう返答であったわけです。
  そういったことを私なりに推察すると、非常に北朝鮮側に対してアメリカが神経を使っているというふうな印象でございました。と申しますのは、もしそういったことが、寸法なり規模なりというものがはっきりした場合、専門家がそれを点検して、その疑問に対してアメリカ側も十分答えられない、だから言えないのではないだろうかという疑問が払拭できないのであります。仮に、このくらいの大きさであるから原子力施設はできないのだというふうに説明した場合、原子力の専門家が、いやその寸法でも原子力開発、核開発はできるんだという意見がもし出れば、今回のペリー報告というのはまさに共和党議員でなくても間違いだと、アメリカ合衆国政府外交の根幹を揺るがすことになりかねないということがあるからあえて触れないでいるのではないだろうかと。
  逆に言えば、それはそれとして、今の時点ではああいう報告で宥和政策をとる方が北朝鮮、アメリカ、韓国並びに東アジア、我々日本を含めた北東アジアの安全にとって、将来にとっていい判断であるという結論がアメリカの外交担当者にあったのではなかろうかというふうに私は推察したわけであります。ですから、国防省としてみれば、それはともかく、我々はいざとなれば与えられた任務の遂行にちゅうちょするものは何物もないと、それだけの自信を深めたような発言があったというふうに私は思いました。
  そういった中で、今回のいろいろな一連の外交交渉を見てみれば、いわゆる北側の瀬戸際外交と言えるものがアメリカにとって非常に何というのか、煩わしいものであったことは間違いありません。特に強硬派あるいはタカ派と言われているアメリカ議会の人たちにとっては、非常に厄介なといいますか、いらいらさせられる問題であったろうと思っております。
  ただ、そこのところでのアメリカ外交、あるいは韓国側も含めてですけれども、米韓を含めて、北側が戦争を本当にやろうというのならば我々はそれにちゅうちょなく対抗する、そのメッセージをいろいろな外交チャンネルを通じて伝えたんだろうと。ただし、我々が彼らに対してちゅうちょなく武力をやるという決意を持っているということは、逆に、我々から、米韓側から戦争は望んでいないんだと。その理由は、まさに先ほどどなたかもおっしゃいましたように、韓国としてみれば、今のこれだけ発展した、しかも経済危機を何とか乗り切ってもう一回将来に希望の見えてきた時期において、そういった生活を破壊するようなことをみずからやるわけがないと。その辺のところをある程度伝えることに成功したのではないかというふうに私は理解しております。
  そういった意味で、私が非常に重要な発言と思っておりましたのは、金鍾泌総理の発言ですが、いわゆる黄海のカニ合戦というのでしょうか、カニの捕獲をきっかけとした一種の海戦が行われて、そのときに北側の通常兵力の海上兵力のもろさというものはこちらが驚くほどひどいものであったということをおっしゃった後で、我々は北側を追い詰めないと。追い詰めれば窮鼠猫をかむようなことをする可能性はあるんだと、だから我々としては追い詰めないということをはっきり日本の方々にもわかっていただきたいという発言がありました。そういった状況であろうと思います。
  ですから、少なくてもアメリカ、韓国側は、いわゆる瀬戸際外交の無法な要求には毅然とした態度で一切応じないが、それ以外のところはできるだけ向こうの立場に立って要求をのんでいくと。そのことが北側の暴発を防ぎ、短期的、中期的には平和の維持につながるという結論を出したのが今回のペリー訪朝の報告であろうというふうに受けとめております。
  それが長期的に見てうまくいくかどうかというのは神のみぞ知るというところなんでしょうが、こればかりは何とも言いようがない。しかし、国力から見て、たしかこれも金鍾泌総理の発言だったと思いますが、飛行機の飛んでいるのをある時間帯で朝鮮半島全体を見ると、韓国上空はもう無数の飛行機が飛んでいるように見えるのに北側の方は戦闘機を含めてもう数えるほど、一機か二機しかないようなことが多いんだ、それだけ違っているんだという発言がありましたけれども、そういった中で韓国側が北側をどう見ているかということがよくわかったと思います。
  ただ、これは私自身感じたことですけれども、北も訪問させていただいた人間からすれば、こういった北側の状況がいつまで続くんであろうかということに対して、おせっかいかもしれませんが、北側の人たちに対して非常な同情を禁じ得ないということが言えると思います。その辺のところが、逆に言えば韓国側はもう割り切ったんだろうなというふうなのが私の結論でございまして、そうである以上、我々日本側としてみれば、韓国あるいはアメリカの半島情勢に対してみずから進んでどうのこうのと言うことは、私個人の考え方では余りしてもしようがない。むしろ、お手伝いできることがあれば誠実にさせていただきますという態度で北問題についてはアメリカや韓国とつき合っていく方が上策ではないのかなというのが、今回の訪韓あるいはアメリカを通じての私の朝鮮問題に対する、現半島情勢に対する現時点での結論でございました。
  もう一点だけ、最後につけ加えさせていただければ、やはり軍事的に見れば韓国というのは、先ほど月原先生ですかおっしゃられたノドン、テポドンで大騒ぎしている日本と比べてもう何十年来その脅威下にあったわけで、今さらそれが何発か可能性が出てきて大騒ぎするということに対して、韓国からしてみれば何を今さら笑止のさたというような感じを持たれているのではないかと思います。
  それと同時に、私が別のルートで聞いたことによると、やはりさはさりながら現在の核はともかくとして、BCと言われている生物化学兵器、こちらの継戦能力に対しての不安感というのは軍事的に見れば韓国側は極めて深刻に受けとめていて、一般兵器での戦争であればともかく、そうでなければやはり甚大な被害を韓国側は受けるという覚悟は、覚悟といいますか、そういうふうなことを現実に持っている。だからこそ、一ひねりでつぶせるのにつぶさないというような感覚は全く持っていないというふうなことを聞いております。事実だろうと思います。
  そういった中で、我々としてこれからどうやっていくかということになると、先ほども申し上げたとおり、そのことも含めて協調の中でできる範囲のことを誠実にやっていくということが結果として北東アジアの平和にもつながるし、大して表面に出なくても日本ができる最大の貢献ではないだろうかというふうに改めて思ったというのが、私の今回の調査の結論でございます。
  以上であります。

○会長(井上裕君) ありがとうございました。
  岡団長を初め参加された皆様方から貴重な御意見をお述べいただいたことに対し、改めて御礼申し上げたいと思います。
  なお、平田議員から、調査会の毎年の海外派遣の必要性、理事会の合意を得た上でというお話、今、月原理事からもそのお話がございました。調査会の前の理事会で河本理事からこの発言がありまして、理事会でこれを皆さん合意いたしましたので、早速私から、きょうあすじゅうにも議運の委員長に申し入れたいと思います。
  以上で海外派遣の報告を終わります。
  これより意見交換を行います。
  御発言を希望される方は挙手を願い、私の指名を待ってから御発言願いたいと思います。
  なお、御発言は着席のままで結構でございます。
  それでは、御意見のある方は挙手をお願いいたします。
○井上美代君 井上です。
  今回の海外視察については、調査室がつくってくださいましたものを読ませていただきました。韓国政府それからアメリカ政府の考え方が非常によく出ておりまして、いろんな方が話しておられますけれども、大変参考になりました。これも、今回の視察をされてこられた皆様方、きょう報告を聞きましてもそうですけれども、この成果は大きな皆様方の反映であったというふうに思っております。
  視察に参加された皆様方に二点について御質問をしたいというふうに思います。
  一点は、御報告の中にも若干ありましたけれども、やはりアメリカと朝鮮との関係、そしてアメリカと韓国との関係がどのような状況にあると感じられたかということで、じかに話を聞いておられるので、そこのところをひとつ質問したいというふうに思います。
  もう一つの質問ですけれども、この報告の中の十三と十四ページですが、「北朝鮮を追いつめて」というところが左側の十三ページの下の方にあるのですけれども、金国務総理が言っておられるんですが、北朝鮮を追いつめて窮鼠猫をかむ結果としてはならないと、こういうことを言っておられて、北朝鮮もいずれ変化せざるを得なくなる、米朝交渉が進展すれば、アメリカは北朝鮮に何らかの政府代表部を設置しよう、日本も設置したらよいと考えると、こういうふうに述べておられるところです。
  今回の視察は、今後の日本の外交や、そしていろんな日本の施策にとって大変参考になる貴重な内容があったというふうに思います。
  私ども日本共産党は、これまでも北朝鮮問題については二つの提起をしてきております。それは一つは、北朝鮮と正式な対話と交渉のルートを確立することというのが私ども日本にとって求められていることではないかということが一つです。もう一つは、日本がいかなる国に対しても先制攻撃の立場をとる意思を持たないということ、先制攻撃的な軍事行動に参加したり支援したりしないということ、この二つを私どもは提起してきております。
  今日の情勢のもとで、村山富市元総理を団長として超党派の国会議員団が訪朝されることになりました。日本共産党は、この訪朝団の目的について、政府が政府の責任で話をすること、そして党の立場で話をすることはおのずから違うということ、お互いの政府が話し合いができるような関係をつくるようにすることが唯一のねらいというふうに、そういう位置づけをしております。
  そこで、二つ目の御質問なんですけれども、今回の調査会の視察やその後の情勢の発展の中で、超党派の訪朝団の位置づけについて、あくまでも日朝の政府間の責任で話し合いを行うようにするということ、このような話し合いができる環境をつくることが重要であると思いますけれども、国際問題調査会の視察に参加された方々が視察に参加された中で、超党派の訪朝団の位置づけをどのようにすべきだとお考えになっているのか。やはり一番生の話を聞いてきておられますので、視察に参加された方々の御意見をぜひお伺いしたいというふうに思います。
  以上です。
○岡利定君 それぞれの先生それぞれにお考えをお持ちだと思いますが、今御質問があったアメリカと北朝鮮、アメリカと韓国の関係についてどう感じたかというお話ですけれども、私は、アメリカは北朝鮮の状況というのはよく知っておる。トンネルがどこにどうあってどういうものだというようなこともよく知った上で、あるいは軍事的な実力というものもよく知った上で北朝鮮の分析というのをやっておるんだなということを感じました。
  その上に立ってなんですけれども、米国の識者の人たち、反対する人もありますけれども、何しろ北朝鮮との関係というのは性急に軍事力でどうだこうだやったって解決するものではない、時間をかけてやっていくことが必要だと。しかし、北朝鮮が本当にそういうのに乗ってくれるのかどうかというのは、まだ自信を持っていないというような感じもしました。
  また、韓国との関係ですけれども、これは特に北朝鮮問題について韓国との関係、それから日本との関係というのが大変大事で、日米韓の基本的な考え方の同意の上に立って北朝鮮に当たっていくということが北朝鮮を変え、またそれぞれの外交の効果を発揮する道だというような考えでおりまして、この問題に関しては米国と韓国との間には余りそごがないというように思いました。
  今度の村山訪朝団について、いずれ政府間の交渉というのはそれは私個人的にも大事だと思うんですけれども、今まで北朝鮮との関係を密接にしていこうという韓国側の努力のお話も裏話みたいな話で聞きましたけれども、今回おいでになって北朝鮮がどういう態度で出るのかというのが私には正直言ってわかりません。
  現代というところの会長さんが板門店を渡った、そして金剛山の観光を認めたとか、あるいは今度は、何というんですか、自由港みたいなものをつくるとかいうようなことを認めたということの話がありましたけれども、そこへいくまでの話の中に、実利的な、そういう北朝鮮側にとっての利益みたいなものがどれだけあるのかというようなことを十分推しはかっての対応だったというような話も裏話的に、これは本当の話かどうかはわかりませんが、聞いたことがありますので、今度の調査団をどのような形で受け入れて効果を上げるかというのは、私自身はちょっとはっきりしません。
  ただ、我々が行ったときというのは緊張が解ける寸前の、解けると言うとおかしいですけれども、緊張感漂っているところからペリー報告が出て、とりあえずミサイルの発射実験だけは交渉をやっている間はしないというような状況の中での動きというのが出てきている状況でありましたが、その延長線であるとすれば、やはり北朝鮮側の動きも変わってきたのかなというような、日本の訪朝団を受け入れるということが変わってきたのかなというような感じを持っております。
  答えになったかどうかですけれども、私自身はそう感じました。ほかに先生方で。
○吉岡吉典君 村山訪朝団に関連してですけれども、私は、帰るとああいう動きがああいう形でまとまるということを向こうで想定していたわけではありませんけれども、非常に関心を持ったのは、カーター元大統領の交渉から始まって五年間の政府レベルの交渉に発展した経過というのは、実は非常に注目しました。
  会談が終わって立ち上がってからも、国務省の朝鮮部長に、カーター元大統領はどういう資格で行って、政府との関係、どういうふうに連絡をとりながら交渉をやったのかということを、立ち上がってから別れるまで聞いたんです。そうしたら、カーター元大統領は政府代表ではなく私人である、あくまで出発点は民間人であると。しかし、民間人だけれども、勝手に交渉して勝手な合意をしたわけでなく、政府と絶えず連絡をとりながら、同時に民間人、私人の資格で合意をしたと。
  それを政府が受け継いで、その後はずっと政府間の交渉が行われて、私さっきも言いましたけれども、現職の国務省の朝鮮部長が五回も北朝鮮に行っていると。そして、行くたびに相手の態度が変わって理解も進むという話を聞いて、やはり国交のない国の交渉のあり方の一つとして、民間人から出発して政府レベルにそういう形で発展するということがあるんだなと思って、これは今の日朝関係を打開する上でも一つの我々が生かすべき経験かなというふうに思って帰りました。
  そうしたら、村山訪朝団、一時難航と言われていたわけですけれども、こういう形で行くことになった。その間には私は北の変化が対日姿勢にもあらわれていると思っています。
  八月十日の北朝鮮の対日関係の政府声明というのは、外務省に聞くと一九九三年にNPTを脱退するときに政府声明が出て以来のものだと。だから、あそこは五、六年に一回しか政府声明というものは出さない。そういう政府声明が八月十日に日本との関係で出たことは、やはり米朝それから南北に続いて日本との関係についても非常に重視したことのあらわれだなというように思っております。
  したがって、北朝鮮側にもできることなら日朝関係を打開したいと。それを、もしかしたら、北朝鮮もカーター元大統領の民間人としての交渉から政府レベルの交渉に発展したことを場合によると念頭に置いているかなという気も私はしなくはありません。
  その場合に、私は、アメリカと北朝鮮との交渉の中で非常に感心したことの一つは、辛抱強くということを繰り返し言うんですね。それで、北朝鮮はレトリックでいろんなことを言うんだ、いろんなことを言うのに振り回されたらだめなんだと。辛抱だ辛抱だということを何回聞いたかわかりません。
  それはペリーの報告書を見ても、今後も交渉は難航が予想される、いろいろなことが起こってくるだろう、不信を持たざるを得ないようなことも起こってくるだろうけれども、しかし最終目標を念頭に置いて辛抱しながらやっていくということを書いております。率直な意見交換と、それから同時にそういうアメリカが向こうのいろいろ言うことについて振り回されないでやれと言ったことは我々も生かしていいことじゃないかと。
  特に、私は朝鮮側の文献で、アメリカとの交渉の中で、北朝鮮側がアメリカのどういう態度を評価しているかというのも今度読んでみました。互譲、互恵ということを非常に強調して、例えば脅威でも、アメリカ側が与えている脅威も取り除く、そのかわり北朝鮮がアメリカに与えている脅威も取り除けと言っている、そういうふうなところをこれは画期的なアプローチだなどと評価しているわけで、やはり相手の立場も考えながらの交渉というのをアメリカは辛抱強くやってきたんだなということについて非常に学ぶべきところだなと思いました。私の感じたところです。
○魚住裕一郎君 今の井上理事の御質問ですが、まず第一点目でございますけれども、上院の議員と話をしたときに、先ほど御紹介ありましたように東海村の核臨界事故の話が出ました。ダニエル・イノウエ議員だと思いますが、国防省からその情報をもらったというような話がありました、我々はほとんど知らない状況でございましたけれども。そういう核ということに関して言えば、そこまで国防省が関心を持ちながら情報を拾いながらやっているんだなということを感じたんですが、いわゆる危機というものについて冷静にかつ戦略的にずっととらえている、これがアメリカだなというふうに感じたんです。
  今、米朝、米韓というようなお話がございましたけれども、蜜月でもなくまた犬猿という状況でもなく、今吉岡委員が言われたように、冷静にかつ沈着に判断をしている、そういうふうな私は印象を持ちました。
  二点目の村山訪朝団でございますけれども、金国務総理が、北朝鮮みずからが変革していくことが大事だ、だから、納得しながら自由社会に復帰させる、その支援をすべきである、自由社会のよさを理解させ、時間をかけて関与していくことが大事であるというお話がございましたけれども、まさにその一端を担うものである。また、統一院次官の話の中でも、北朝鮮は名分を重んずるということがありましたけれども、やはり元日本国総理が団長として行くということは非常に北朝鮮も歓迎しますし、自由社会のよさをまさに理解する大きなチャンネルかなというふうに私どもはとらえております。
○田英夫君 今回の調査団、岡団長を初め皆さんの御努力にまず感謝をし、大変大きな成果が上がったことを本当に喜びたいと思います。特に、私はメンバーに入っていながら参加できませんで、御迷惑をかけました。
  しかし、先ほどからのお話を伺っていて、特にアメリカと韓国ということですから当然ですが、北朝鮮問題に大きな焦点があったということで、若干北朝鮮問題についての私の意見を申し上げたいと思います。
  先ほどどなたかおっしゃいましたが、今北朝鮮に対する対応について米韓と日本との間に、それは政府の態度ということになりましょうが、大きな差があるという御報告がありました。それを感じたという御報告がありました。これは、私は非常に重要な点だと思います。
  確かに、アメリカと韓国、特に韓国は金大中政権ができてからいわゆる包容政策をとって非常に柔軟な対応をしている。一方で日本は、拉致問題その他を前面に上げて北朝鮮との話し合いを拒否するという、あめとむちと言いますけれども実はむち、対話と抑止というんですが抑止の方が中心になっているのが現状だったと思います。ところが、米韓は違うと。
  これは一体何なんだろうかということを考えると、これからの日本のあるべき、とるべき道があるんじゃないか、見つかってくるんじゃないかと思いますが、朝鮮問題に取り組んできた一人としてはまことに残念でありまして、かつてはアメリカの関係者に朝鮮問題をもっと理解してほしいと私自身も言ったことがあります。それが今、逆さまになりましたね。
  実際、問題点はお互いによくわかっているんじゃないかと思います。そして、実を言うと日本は朝鮮民族とのつき合いはアメリカなどに比べたらもう問題なく数千年の歴史があるわけですし、ごく最近は日本が植民地支配をしていたという歴史もあるわけですから、本当はもっともっとよく知っていなければならない。
  例えば、私は中国の唐家セン現外相が次官のときに言われたんですが、北朝鮮問題に話が及んだときに、朝鮮民族というのは大変誇り高い民族ですから、その誇りを傷つけるような言動は絶対に慎まなくちゃいけないと思いますというのを、これは唐家セン氏が言ったんです。
  それは、実を言うと私の失敗を彼が知っていてわざと言ったんだと私は感じました。つまり、私の失敗というのは、もう十数年前になりますけれども、金永南、現在金永南氏はナンバーツーですが、彼が外務大臣のときに手紙を送って、訪朝したんですが会えなかったためにお手紙を置いてきて、もっと国際社会に門戸を開くべきだということを具体的に提案したんです。それは友人として提案をしたつもりですが、受け取る側の彼らは、これは余計な内政干渉であると受け取ったかもしれません。そのことはなぜか中国の唐家セン氏も知っていて、そういう言い方をしたんだと思います。
  先ほどからの御報告を聞いていると、アメリカの関係者は、共和党の一部の人を除いて、この朝鮮民族に対する理解度がかなり高いというふうに思います。ここに問題が一つあるんじゃないかと。
  実は、村山訪朝団のことが井上さんの御質問にも出てきましたけれども、この春までは私は村山訪朝団は行くべきでないと思っておりました。現在は全く時期が来たと感じています。それは、北朝鮮側も日本に対して対話の道を開こうというシグナルを送ってきている。先ほどからの皆さんの御報告はそういうことだと受け取っていいと思うわけです。
  そこで、行って金永南氏らと会談をされるということは、やがて政府間の話し合いにつながっていく。そしてそれは国交正常化につながっていく。こういうことになってくることが一番まさに対話の外交で、朝鮮半島の平和を維持していこうということにつながってくると思っておりまして、そういう方向に進むことに日本の政治が一致して努力をすべきだ、こう思っています。
  ついでに申し上げると、もう二十年ほど前のことですが、朝鮮の統一について北朝鮮側の人と、朝鮮総連を含めてですが、一、統一、二、民主か、一、民主、二、統一かというので大激論をしたことがあります。したことがあるといっても私個人じゃなくて、そういう朝鮮問題にかかわる人たちの間でです。
  それは、民主というのは実は韓国の民主化のことなんですね。今、それはもういわば実現をしている。一、民主、二、統一が現実になっちゃったということで、そういう過去の議論は全く無用になってきているということも客観情勢としてあるんだと。もうあとは統一できる状況をどうやったら当事者中心にして、そこを取り巻く日本を含めた国々で進めることができるだろうかというところまで見て、そのためにはまず日本が国交正常化をすると。
  そのときに拉致問題とかさまざまな日本にとっての重要な問題があることは事実でありますけれども、最近、野中さんが、拉致問題を言うなら北はかつての強制連行のことを言う、これは人数の違いだけじゃなくて、それを言い出したらもうこれは争いになるだけだということを発言しておられると聞いておりますが、まさにそのとおりで、入り口に困難な問題を置いて、これが解決しなければ対話に進まないというやり方は私はとらない方がいいと。日ロ交渉の北方領土の問題も、そういう意味では同じかもしれません。
  そういう外交の交渉をする入り口に困難な問題を置いて、これが解決しなけりゃ交渉に入らないというやり方をとるべきではないということを、朝鮮の場合も私は同様じゃないかと思っております。長くなりました。
○島袋宗康君 私は、去る七月十九日から五泊六日で北朝鮮へ行ってまいりましたけれども、非常に歓迎を受けました。私、初めて行くんですけれども、非常に日本の外交をこれからどう展開していくかについて幾つかの重要な、これは北朝鮮の公的な話でありますからやはりこれは重要じゃないかなというふうな気がしているものですから、ちょっとその報告がてら皆さん方にお願いしたいんですけれども。
  まず、私たちが会ってきたのは、アジア太平洋平和委員会の委員長をなさっております金容淳さんと一時間半ばかりお会いをしまして、それから朝日友好親善協会の会長の宋浩敬さん、この方が空港に迎えに来ていただきまして、もう率先的にあちこち案内してもらいました。
  そのお二人のお話を大体要約いたしますと、積極的に日本の外務省がもっと我々と接触すべきじゃないかというふうなお話もありました。それは、私はよくわかりませんけれども、例えば、金丸自民党副総裁さんと田辺社会党副委員長さんがおいでになっていろんな約束事をしておられます。それから、森喜朗先生を中心とした訪朝団が何年かに行っております。そういうふうなことを向こうが述べられて、そういったその時々によっていろんな方々と約束をするんだけれども、日本の政府がその約束事を一つ一つ余り解決していない、そういう面が非常に強調されておりました。だから、その約束事を一つ一つ解決する方向で政府が我々と話し合いを、テーブルに着くということであれば、いろんな意味で積極的なお話をしたいということなんですね。
  ところが、そういった面が、我々議員でありますから一々政府の考え方を向こうで述べるわけにいきませんから、ただ批判的に聞いて、向こうの批判的なことを言っているなということは、非常に大事な点を述べているというふうな感じを受けたわけです。
  それはなぜかというと、一つには、いわゆる三十六年間の植民地支配の、例えば向こうの言葉を全部日本語に変えられた、小さいときから非常にいじめられたというふうな率直な意見を聞かされたわけですけれども、そういう三十六年間の植民地支配を日本の政府にどう責任をとってもらうかということと、それから戦争中に朝鮮人のいわゆる強制連行、これが何十万人と行って、朝鮮半島から日本あるいはいろんなところに強制連行された。その中に当然、朝鮮の人たちの女性の慰安婦問題、これも強制連行の中に入っているというようなこと。それから、もちろん戦争責任をどう果たしてもらえるのかということなんですね。
  それから、拉致事件ということをよく言われますけれども、向こうの話を、一方的かもしれませんが、北朝鮮だけで、日本におった強制連行された方々、あるいは希望的に行った人たちも含めて、戦後十万人も北朝鮮に帰っているというんですね。その中で、日本語が達者で、しかも三十六年間日本語教育をされたという面からすると、何も日本の若い人たちを拉致して日本語教育を子供たちにさせるとかというような、そんなばかげたことはしないでも、我々は十万人の帰還者がおって十分に日本語もできるというふうな状況であるのに、強いて拉致事件ということを言うかというふうなことを言っておりました。
  それで、日本の正式な外交に入る前に、この拉致事件というものは、向こうの要求として、拉致事件じゃなくして行方不明者の調査を依頼するのであれば、行方不明者の調査は責任を持って北朝鮮としてやりましょうというふうなことを約束したけれども、日本の今日までの諸先生方は、今でも拉致事件、拉致事件ということを言っているので、どうもその辺が食い違っていると。だから、拉致事件の問題、テポドンは我々が行った時点では恐らく発射しないだろうというふうな感触を得ていましたので、いまだに発射されておりませんけれども。
  そういうふうな、これはもうすべて戦争責任にかかわる問題でありますけれども、三十六年間の植民地支配、それから戦争責任、強制連行、そして慰安婦の問題、そしてこの拉致事件の問題、すべてこれが外交的な問題として日本政府が積極的に解決しようとしていないところに問題があるんじゃないかなというふうに思ったわけです。
  ですから、百聞は一見にしかずで、やっぱり向こうの相手の国の意見も聞かないと、日本の外交というものが非常におくれているんじゃないかというふうなことを直感したわけでありますけれども、今回韓国に行かれて、あるいは板門店も行かれたわけでありますけれども、そういうふうな北朝鮮の考え方、あるいは韓国の民衆の間でもやはり戦争責任とかそういったものがまだ根強くあって、そして、政府間同士はいいんですけれども、韓国の民衆は必ずしも日本人という、最近、日本の文化を受け入れるというふうな状況で非常に関係がよくなりつつありますけれども、それがもう最近まで民衆そのものは非常に日本人というものに対する違和感があったということは事実なわけですから。
  そういったふうなことをもっとお互いが政府を通じて整理して、そして日本の国がこれからアジアの諸国に対してどう外交展開をするかということは、そういう戦争責任とか問題点を整理しない限りは、私は、ただアメリカに頼って外交を展開するというだけでは日本の外交を誤っていくんじゃないかと。
  二十一世紀を間近に控えて、では、これから日本の外交をどうするかという面については、そういった問題をすべての国々に、被害を与えた国々に対してもっともっと積極的に説明し、そしてこれからどうするのだということをやらない限りは、アジアの民衆の、政府間同士はいいにしても、民衆の理解は私は得られないんじゃないかというふうな気がしてしようがないんです。
  その点について、もし何か心当たりがありましたら、御意見を承りたいと思っております。
○藁科滿治君 私は、今回この調査会に入れていただきまして、その冒頭に有意義な調査報告を聞かせていただきまして、大変感謝をいたしております。
  若干感想を申し上げたいんですけれども、まず第一に国際問題、ちょっと前にベルリンの問題を含めていろんな行事が行われました。考えてみますと、もう十年たったわけですね。私どもは、あのベルリンの壁が除去されて、これからの仮に五年、十年というのはもっと大きな平和に向けた、あるいは友好に向けた道が開けるのではないか、こういう期待感を持っていたと思うんですね。しかし、現実の流れはそうではなかった。むしろ冷戦構造という一つの仕組みの中で、その方程式に情報を入れればある程度展望はできた。今は、全く皮肉なことに、我々が非常に期待した除去された壁あるいは冷戦構造の崩壊というものでかえって先が読みづらくなっているという現実にぶつかっていると思うんですね。
  アジア地域はまさにその渦中にあるわけで、そういう意味で、私がきょう冒頭に、もっと頻繁に、最低でも一年、周辺を中心にでもいいからという、これは私もぜひやってもらいたいと思うんですね。今までの方程式はもう消えてしまったわけですから、日々何が起きるかわからない。地域紛争しかり。特にアジア地域、いろんな今まで我々が予期できない問題、予期しなかった問題、あるいは予期したものよりはるかに大きな問題が出始めているという意味で、ぜひこれはやっていただきたい。
  それからもう一つ、実は私があした、参議院の改革問題で若干の問題提起をいたしました事情から、有識者懇談会に呼ばれているんです。私は、この国際問題調査会のありようというのを今の問題に絡めて私どももう一回認識しなきゃいかぬ、ある面でもっと重みを持って認識しなきゃいかぬということを痛感しております。
  この報告の中にも、アメリカ上院のモンゴメリーさんがおっしゃっているように、アメリカも上院が外交問題で特別の位置づけにある、日本もたしか参議院はそういう位置づけにあると思うんですよね、先議の問題も含めて。この日米関係だけではなくて、これからやはり、問題が起きたときに会うのではなくて定期的に、なおかつ頻繁に会う仕組みをつくっていくということが非常に重要だろうと思うんですね。特にアジア地域に今世界の注目が寄せられているということであれば、この地域を中心に定期的に話し合うというような場をつくっていくべきではないだろうかと思うんです。
  そんなことを感じながら、きょうは大変貴重なお話を承りまして、改めてお礼を申し上げたいと思っております。
○鈴木正孝君 鈴木でございます。
  岡団長の御報告、そしてまた参加されました各議員の示唆に富んだ大変貴重な意見、感想をお伺いいたしまして、本当に御苦労されましたことについて敬意を表したいというふうに思っております。
  先ほどのお話を聞きながらの感想を一言申し上げたいというふうに思いますが、一つは、団長からの報告の中にもありましたし、皆様からのお話もございましたように、朝鮮半島問題、北朝鮮問題がやはり大きな重い重い身近なテーマだということが改めて確認、認識ができたというような思いを非常に強くしているわけでございます。
  包容政策、太陽政策そのもの、現政権になってから非常に精力的に進められているということではございますけれども、今に始まった話では必ずしもないようにも私自身理解をしているわけでございますが、日本そしてまた米韓のかかわり方、特に韓国の皆さんから見れば真の当事者はだれなのかというような思いも片方であるのではないかなという思いをしながら拝聴したというような、そういうことでもございます。
  そしてまた、どなたかからでしたか、人権絡みのお話がございました。実は私も最近NATOの議員会議にちょっと出席をさせていただいていろいろと議論を聞く機会がございましたけれども、その中で、コソボ紛争に関連いたしまして、紛争介入の国際法的な理論構成といいましょうか、そういう意味での人道に基づく反人道的な行為に対する対応という、そういうような議論が大変真剣、深刻に、しかも広範に行われているというようなことを身近に見たわけでございます。
  言ってみますと、現代の国際社会、国際秩序を確立する上で、第二次大戦、まさにその渦中でユダヤ民族の大量虐殺等というような、そういう事態を防げなかった国際社会のあり方、そういうものについての思い、そしてまた、それをてこにしながら、国際連合という機構、機能、こういうものが若干ながら機能不全に陥っているのではないかというような視点での反省、そういうものが大変今日的なテーマ、課題になっているというような、そういうことも片方でございます。そういう意味で、人権の問題についての認識というものが一つこれからの大変大きな課題かなというような思いを、お聞きしながら片方で持ったというようなことでございます。
  トータルで見ますと、非常に議員外交というものが大事だ、しかも継続的な議員外交というものが大事だということをつくづく思い知らされたというような、そういう思いでもございます。
  参議院の場でも、IPU、列国議会同盟の正式な議員活動という場がございますけれども、私、昨年の春、ナミビアのヴィントックでございました会議に出席をさせていただきましたけれども、そういう中でも、どうも日本は継続性に欠けるのではないかというような話、あるいはいろんな役員の選任等をめぐってもそういう課題が我々の前に大きく提起されているのかなというような印象を持ったこともございます。
  先ほど、会長の御配慮で、議運の方にいろんな意味での海外視察あるいは広い意味での議員活動、議員外交というものが可能になるように御提案をしていただくというようなことで御決定いただいたわけでございますけれども、こういうものを含めまして十二分に対応ができるように、調査会としての本来の役割が果たせるように、懸命の努力を皆様と一緒にやっていかなければならないと、このように強く感じた次第でございます。
  以上でございます。
○山崎力君 先ほどの島袋先生の発言というのは極めていろいろな問題点を含んだ発言でしたので、一、二点、私の思っているところを問題提起として受けとめていただく形で話させていただきたいと思います。
  と申しますのは、島袋先生の中で一番問題があると私が思ったのは、北側といいますか北朝鮮側、あるいは社会主義国家側と言いかえてもいいと思うんですが、政府とは何ぞやということがございまして、言葉をかえれば、外務大臣と、あそこは労働党ですか、そういう役職があるかどうかは別として、外交部会長というんですか、自民党なら部会長になると思うんですが、そっちとどっちが偉いんだという問題、党が偉いのか政府が偉いのか、こういう問題が背景にあろうかと思います。ですから、そういった中での交渉になりますと、いわゆる政府と言われている外務大臣とすれば外交を一元的に掌握しなければいけないんだけれども、党の責任者と違ったといいますか、そちらの発言とどういうふうに整合性をとらせるのかという問題をどう考えたらいいのか。そういった国との議員外交というのは、非常にそういう意味では難しいということが言えると思います。
  向こうからすれば、当時の金丸先生は自民党の副総裁か何かだったと思いますけれども、与党のいわゆる重鎮である、その人の発言が政府の政策に反映しないはずがないというふうに思われるのもある面では当然ですけれども、その金丸さんの向こうでの発言が日本に帰ってきて世論の中でどういう位置づけになったか。政府、外務省でどう受けとめられたか、そしてどう反映されたかということを振り返ってみれば、その限界というものが明らかにあったわけでございまして、その辺をどういうふうに相手方に誤解なく伝えるかという問題と同時に、我々の制度と違った制度、考え方のところとどうつき合うかという問題をいかに伝えるかということが、ある意味では一番話し合いの前提となるべき問題だろうと思うわけです。
  それで、先ほどどなたかもおっしゃっていましたけれども、拉致問題あるいは不審船の問題、これは日本の政府側は公にしていないでしょうけれども、明らかに北側がかんでいるというふうな確証を持ってのあれだろうと思います。ところが、それはそれとして、ぶつけ合ったのでは、役所としてはそれを言わざるを得ない、それがあったのでは進まないという、先ほどどなたかがおっしゃっていた大義名分というか建前、そして誇り高き国家像を持っている北側の人と話し合う、そういうときに、かつての中国のピンポン外交であるように、建前同士ではぶつかったところをどうやって本音の部分で接触するかということがまさに今度の村山訪朝団の問題だろうと思います。
  そのためには、やはり自分たちの役割というものを心得た上で、外交当局ではないんだということをわきまえた上での発言があれば進展する、非常に将来的にはよくなるというふうな期待を抱かせると同時に、一歩踏み間違って外交とずれたところまで踏み込まれると、かえって私は将来に対して障害を残すというふうな印象、まさにもろ刃の剣の訪朝団であろうなというふうに思っている次第です。
  その辺、もう少し詰めた議論を我々内部でしておかなければ、そういったことを、向こうの意見をただ聞くだけでは黙認して納得されたということになって、それをなぜそれでは日本の国内で政府の外交政策に反映されないのだということに当然向こうは疑問として持つわけですから、それが反映されないという理由、そういう日本の制度的な考え方を、我々とすればそういった機会に向こうに伝えるということも重要ではないかなというふうに個人的に思っております。
  ただ、それをいかにやるかというのは極めてケース・バイ・ケース、難しい問題だろうと思います。私にもいい知恵があるわけじゃありませんので、問題提起というふうに最初にお断りさせていただいたのは、そういう理由からでございます。

○魚住裕一郎君 今、島袋先生からのお話にございましたけれども、韓国の民衆の思いはどんなものかというようなお話があったと思いますけれども、私たちが金鍾泌国務総理と会ったときに、ぜひ天皇陛下の御訪韓をというお話がありました。これは日本のマスコミと東亜日報ですかでアンケートをしたようでございまして、それぞれ日本も韓国も約六割方賛成であるというような結果が出たというふうにも聞いておるところでございまして、この日本と韓国との今までのおつき合いの中で、これだけ過去の歴史の認識はきちっと踏まえつつこれから二十一世紀をつくっていこうという機運ができ上がっているんではないか、また二〇〇二年のワールドカップを含めて本格的な友好関係を築いていこう、これが大体の韓国の皆さんの思いではないだろうかというふうに思っております。
  そしてまた、私たち訪問団は、昨年の金大中大統領の国会演説の下書きをされた学識者ともお会いしましたけれども、彼がいわく、起草に当たっては日本国民の立場に立ってどういうふうに韓国が見えるかということから筆を起こしたと、そういうふうなことを言っておられました。そこまで韓国の皆さんも日本に対する認識を深めてきたというふうなのが私の認識であります。
○会長(井上裕君) 時間がそろそろですから、吉岡君の御意見でおしまいにします。
○吉岡吉典君 島袋議員の植民地支配にかかわる発言ですが、今、魚住さんが触れましたけれども、金大中さんの去年の日本国会での演説について、その続きになりますけれども、向こうで昼飯、晩飯のとき、大使館が有識者との懇談をセットしたわけです。そこへ来た有識者、学者、代表的な人々ですが、したがってこの人々は反体制の人でも何でもない、大使館が選定した人ですが、その人から、飯を食いながらですから代表団でも聞こえたものと聞こえないものとあると思いますけれども、私が聞いたのでは、こういう問題提起がありました。
  金大中大統領の日本国会での演説を日本では誤ってとっている向きがかなり感じられるということです。それは、韓国は日本のかつての植民地支配を許したのであり、もう何も問題にしないんだというように受け取っているのではないか、そうだとするとそれは間違いだと、間違いだというところまでは言われない、だから我々の側から物を言いました。私は、韓国政府が言わなくても日本側の自主的な意思においてそれをさらに深め反省してくれというのが金大中さんの日本国会での演説だったと思いますというふうに、間違いだと言わせないうちに受け取って言いました。
  それで、その後いろいろ雑談があったわけですけれども、韓国で、日本の朝鮮総督府が置いて帰った明治時代から植民地支配時代の膨大な原資料が今政府刊行物として出版されているんです。それはこんな厚さの本で、二十七巻か何十巻かあるそうですが、私は今それを読んでいる最中ですけれども、これは日本の朝鮮総督府からの報告書の控えが主であり、同時に日本から行った指令もあるわけです。そうすると、日本の植民地支配をめぐってのいろいろな論議があるわけですけれども、それはすごいことを日本は提案したりやったりしているんです。
  例えば、朝鮮を事実上植民地にした保護条約は一九〇五年に結んでいるわけですけれども、一八九四年の韓国からの報告書、当時は領事館の報告の中には、保護国にするのが一番いいという提案がもう一八九四年に行われているんです。
  それから、角田房子さんの「閔妃暗殺」という小説で有名になったあの暗殺事件についても、ソウルからの報告書の中には、主犯は三浦梧楼公使であるということから書き出した報告書があるわけです。日本の、当時は公使、今は大使ですが、大使が主犯になって、外国の、日本で言えば皇后、向こうで言えば王妃に当たるのを暗殺しちゃった事件、そういう報告、これは領事館の資料なんです。紹介すれば限りがありませんけれども、膨大な現物の資料がそのまま紹介されているわけです。事実、政府刊行物センターから出ているわけですから、これは日本のどこかにしまってあるようなものと違う。向こうの学者はそういうのを目にしているわけですね。
  私は、この数十年外交文書を、これは公刊されたものを読むのを道楽にして、毎晩時間さえあれば日本外務省の戦前の文書を読んでいるんですが、これは図書館にあるわけです。それを見ていても、全く日本が明治の初めから驚くべきことを提案し、やり、連絡をとり合っていた事実というのは膨大な資料があるわけですね。ですから、我々は金大中さんが許したというふうな認識ではやっぱり本当の日韓関係も日朝関係もできない。歴史の事実に我々は謙虚になって、そういうものも読み、僕はやっぱり韓国に行く前にはそういうものを読んだ上で行くのが一番いいなとも思いました。
  例えば、僕の話題では、豊臣秀吉の朝鮮征伐のことも話題になりました。豊臣秀吉の朝鮮征伐のときなんか本当にひどいことをやったのが、これは記録で残っていますから、捕虜を連れて帰ってそれを奴隷で売買した記録まであるわけだし、それから捕虜を縄でつないで、牛をつなげて引っ張って歩くようにやったという従軍僧の日記まで残っているんですね。これは大分県のお寺に宝物として残っているわけですけれども。
  そういうときの話から始まって膨大な事実が記録にも残されており、それから韓国、朝鮮の人らはそれを現物で多くの人々が読んでいて、我々よりはるかに詳しい知識を歴史判断じゃなくて事実として見ているわけで、そういうものについて、やはりこの間非常におとなしい問題提起でした、金大中さんのを勘違いしているんじゃないかというのは。そういうことがありましたということを島袋議員にお答えしておきます。
  そういうふうに私は感じました。
○岡利定君 一言よろしいでしょうか。時間ですので簡単に申し上げます。
  私ごとき者が団長にならせていただいて、今回参加された諸先生方の大変な御協力の中で一応調査の役を果たすことができまして、心から感謝申し上げております。
  私、自分なりに、この役、本当に私にとっては大役過ぎたわけでありますけれども、参議院の国際問題調査会というものがあるんだということと、これが大変大事な調査会なんだということだけに焦点を置いてあいさつを全部してきたつもりでおります。
  しかし、いずれにしましても、先ほど藁科先生のお話にも、また各先生の話にもありましたけれども、外交問題、上院がかなり重要な役割を握っているという国も多いわけですので、参議院の国際問題調査会、ほかの調査会が悪いと言っているわけじゃありませんけれども、ちょっと別格に彼らも受けとめてくれたんじゃないのかと。だからこそ非常に率直な話し合いができたというような面もあったと思うんです。
  私は、そういう意味で、単に一年に一回ある国を調査するというだけじゃなくて、外国から要人が見えたようなときには参議院の国際問題調査会で、証言までいかないにしましても、話をしてきたとかいうような場にできるだけこの調査会を活用いただく、あるいは国連大使だとか駐韓大使だとか、いろいろそういう関係の方にもお話ししましたけれども、日本へ帰ってきたときに、あなた方、言いたいこといっぱいあるだろうからこの国際問題調査会できちんとお話をされるということはいかがかというようなお話をしたときに、ほとんどがやはりぜひそういう機会があればありがたいというようなお話がございました。
  そういう意味で、まさに私自身申し上げたのは、この参議院の場合には任期というのがあって、衆議院と違って長い期間の議員生活というのが保障されておる。そういう中で、我が国の外交の重要問題あるいは基本政策について論ずるのがここだということをあえて申し上げた次第でございますけれども、そういう場にこれをぜひしていただけたらありがたいということで、会長、理事の先生にも心からお願いを申し上げる次第でございます。
  また、アメリカの上院の方々のお話、先ほども御紹介ありましたけれども、何しろ日米の議員同士でこうやって話をするということが大変大事だということで、先ほど報告の冒頭に申し上げましたが、会計年度の最終日で本予算が通らない、それで暫定予算の採決があるという時間帯でありました。日本とちょっと違う点もあったかもわかりませんけれども、ちょっと済みませんといって採決して帰ってきて、また話をするというようなことで、大変熱心にいろんな問題について話ができた。そういうような形もこの調査会で取り上げていただけたらありがたいなと思った次第でございます。
  私自身の感謝の感想を込めて申し上げました。ありがとうございました。
○会長(井上裕君) 大変貴重な御意見ありがとうございました。
  実は、きょう午前中にベルギーの上院議長がおいでになりまして、理事の皆さんおそろいでしたから、先生の今の六年のお話を私から申し上げておきました。
  本日の意見交換はこの程度といたします。
  本日はこれにて散会します。
    午後三時五十九分散会