質問「新左翼とイスラム原理主義者について

(平成14年4月24日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 自民党の山崎でございます。
  今日は、今までと違いまして自分なりの意見、これは党というあれではなくて、個人的な意見も踏まえていろいろ考え方を述べ、政府参考人の方にもちょっと参考の意見をお聞かせ願えたらということでございます。
  今回の一連のイスラム世界の勉強、調査を通じまして、やはり非常に難しいなというのが第一印象でございました。キーワードをいろいろ考えてみて、やはり宗教、特に一神教の問題、しかも、キリスト教ですら本当に理解しているかどうか分からぬというところに、それよりも遠い存在のイスラムの考え方をどう理解するか。それからもう一つ、やはり今も、現在も問題になっているパレスチナ絡みの問題、そして石油の問題、この辺がやはり日本とのかかわりでどうしても避けて通れない問題だなというふうに思っております。
  そういった中、それを踏まえまして、私自身、この問題で個人的にいえば、一番どうしても引っ掛かりがあるのは、かつてのいわゆる、何というんでしょうか、日本の新左翼という人たちといわゆるアラブの連帯、PLO時代からの連帯、そういったものの総括がどういうふうにできているんだろうかと。そこのところに対する外交あるいは国民の思い、これは余り意識していない方も多い、一部の人しかそこのところを意識していないかもしれませんけれども、そういったかつての解放戦線グループと今の彼らのいわゆるアルカイーダを中心とした勢力、あるいは現在のパレスチナの勢力、そういったもののつながりがどうなっているのか、その辺を彼ら自身、イスラムの人たち自身どう思っているのかということを踏まえないともう一歩進んでいけないのかなと。
  余りそういった議論、最近聞こえてきません。もう過去のものになったのかもしれませんが、テルアビブの空港で最初の自爆テロ的な攻撃をしたのは我々日本人の同胞でございました。その一人の岡本という人間が一種のヒーローになって、彼一人日本への送還を阻止されたという形もございます。
  そういった中で、外務省、どなたでも結構ですが、その辺のところが今、現状、外交上どのように政府として理解しているのか、そしてまたアラブの、温度差はあったとしても、アラブの人たちがどの程度その問題を今引きずっているのかいないのか、その辺についてちょっと考え方をお聞かせ願えればと思いますが。

○政府参考人(奥田紀宏君) 外務省の中東局の奥田と申します。
  ただいまの山崎先生の御質問、大変難しくて一言ではなかなか言えないと思いますけれども、元来やはり六〇年代のころの中東情勢を思い浮かべてみますと、既に一つは五六年のスエズ動乱というのがあって、それから六七年にはダヤン将軍の、片目の将軍ダヤン将軍の六日間戦争というもので、イスラエルが今の西岸ガザ及びシナイ半島を圧倒的な武力で占領したという時代でありますが、そのときの、その辺りのアラブの国が一体どうやって近代化をしていこうかと思っていたかというと、シリア、エジプト辺りではやはり社会主義、アラブの社会主義ということで国の近代化をやっていこうということだったかと思います。当時はまだ、今のようにイスラム原理主義というものもそんなに強くなくて、アラブが自分たちのアイデンティティーを持って、それでその国づくりをしていこうというときの一つの軸が社会主義というものだったかと思います。
  当時、米ソ対立の時代でありました。ソ連は、イスラエル、アラブとの間の抗争との関係では圧倒的にアラブ側を支持する、パレスチナを支持するという立場でありました。他方、米国は、米国及びヨーロッパ諸国もイスラエルというもの、まだ戦後のユダヤのホロコーストの記憶もまだ新しいということもあって、イスラエルに近い立場を取っていました。
  そういう中で、恐らく日本の新左翼の運動も、当然パレスチナの運動というものが民族解放運動だということで、民族解放運動というのは社会主義勢力がそれぞれのところで応援、支援をしていましたから、自然とやはりパレスチナの対イスラエル闘争というものを民族解放闘争と位置付けて連帯していったということがあったかと思います。
  それが今どうなったかということでありますけれども、恐らく新左翼とパレスチナの関係というのは心情的には今も続いているのだと思いますけれども、何せ九〇年以降、ソ連の崩壊、東ヨーロッパの崩壊というものに端的に現れているように、社会主義そのものに対する信頼感といいますか、が崩れているわけでありますので、少なくともアラブにとっても、いわゆる社会主義ないしは左翼系の人がそのままアラブないしはパレスチナの友人だということにはなっていないんだろうと思います。
  他方、その反対に、二つあろうかと思いますけれども、二つ出てきた新しい事象として、一つは、イスラムの原理主義に自分たちの一体感を求めていくという運動、そういう気持ち、そういう政策が強くなっているということが一つ。
  その中で、最近のグローバライゼーションとかグローバルスタンダードというものに対する漠然とした反感というものがアラブの中にあって、そういったものとアラブ諸国、特に草の根レベルとか、それからパレスチナの運動を支持している人とのつながりというものが出てきたかというふうに認識しております。
  取りあえず、以上でございます。
○山崎力君 その辺の流れは現状のところなんですが、そうすると、その辺のところで我々がどうもアラブのいわゆる民族解放的な系列に対して、それ自体についてのとやかくはいいとして、問題ないとして、かつての引きずっている部分について、どうしても何というか批判的な目といいますか、その辺がどうなっているのかねということに対しての我々日本人側が持っているということに対しての意識というのは、余り現状のアラブの人たち、草の根レベル、政府レベルも含めて余り意識に上っていないと理解してよろしいんでしょうか。
○政府参考人(奥田紀宏君) お答えします。
  新左翼とか、それから社会主義勢力との連帯ということは、今のアラブの草の根の人々とか、それから、先ほど申しましたように、パレスチナの運動をやっている人の間にはもうもはやそれほどの力はないのではないかというふうに思われます。それよりも、やはり、先ほども申しましたイスラム原理主義的な考え方ないしはアンタイグローバライゼーション、反グローバライゼーションのような者たちの力が強いのかなと思います。
  例の九月十一日以降、大変脚光を浴びておりますアフガンのアルカーイダの人たち、これはアラブの人たちですけれども、彼たちの出自をたどるとかなり中流から裕福な、オサマ・ビンラーデン自体が大きな日本でいうとゼネコンの御曹子の一人だったということにも象徴的に表れているように、割と経済的にも恵まれた、社会的には割と社会主義というよりは保守的な人たちが自分たちのアイデンティティーのよりどころがなかなか求められずに、一つはイスラム原理主義、それから彼たちの直接のきっかけになったのは反共産主義ということで始まった運動でございますので、そこのところで今やそういう社会の草の根レベルでは社会主義とか左翼、すなわち友達だというような意識を持ちにくい状況になっているんじゃないかというふうに私は思いますが。
  以上です。
(後略)