意見交換「イスラム世界の実情調査について

(平成14年11月6日参議院国際問題に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○会長(関谷勝嗣君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
  本日は、本調査会の調査テーマである「新しい共存の時代における日本の役割」のうち、イスラム世界と日本の対応について、海外派遣議員から報告を聴取した後、意見交換を行います。
  本日の議事の進め方でございますが、まず私から総括的な報告をいたしました後、参加された方々からそれぞれ十分以内で順次御意見等をお述べ願います。その後、これらの報告を基に、委員の皆様方で午後五時ごろまでを目途に意見交換を行いたいと存じます。
  それでは、まず私から総括的な報告をさせていただきます。
  八月二十五日から九月七日までの十四日間、中東諸国等におけるイスラムの政治、経済、社会及び文化に関する実情調査を目的として、トルコ、シリア、レバノン、エジプト及び英国の五か国に、山崎力君、山根隆治君、沢たまき君、井上哲士君、広野ただし君、そして私、関谷勝嗣の六名が派遣をされました。
  本派遣中、お手元に配付の資料でごらんいただけますように、シリアのミロ首相、レバノンのハリーリ首相、エジプトのワーリ副首相を含む十九名の方々と、「新しい共存の時代における日本の役割」の調査テーマの下、いかに世界が共存すべきか、いかに文明間の対話を実現すべきか、いかに中東和平を実現すべきかについて積極的な対話を行いました。また、これに伴い、イスタンブールの歴史地区、ゴラン高原PKOのUNDOF及び日本隊、ダマスカス消防局、内戦後のベイルートの復興状況、カイロのモハメド・アリ・モスク、カイロ大学特殊小児病院、イスラムの最高学府アズハル、ルクソール西岸の王家の谷等を視察をいたしました。なお、ルクソールにおきましては、九七年のハトシェプスト女王葬祭殿でのテロ事件の犠牲者の御冥福をお祈りするとともに、献花をいたしてまいりました。
  まず、新しい共存、文明間の対話につきましては、イスラム教は寛容な宗教であり、他の宗教を認めるという点が印象的でありました。例えば、イスタンブールの宗教指導者タシュ氏は、イスラム教は、世界を大切にし、自分の望むものを兄弟に、余ったスープを他人に与えよと教えている。原理主義はイスラムの教える寛容と融和とは根本的に異なると述べました。また、カイロにおけるイスラムの最高学府アズハルの総長タンタウィ氏は、文明は協力するものであり、文明が衝突することはない。なぜなら、すべての文明は他の文明から有益なものを得ているからである。我々は時代の変化は歓迎するが、不変の価値である宗教的価値観を否定するものは拒否する。イスラム教は神の前において平等な宗教である。それは権利と義務において平等であるという意味であると述べられました。
  これに対し派遣団からは、政治、経済、宗教、文化などの違いを認め合うことが重要である。物質的に豊かになれば、精神面での堕落が起こりやすくなるのではないか、パレスチナにおけるジハードは認められるのかといった質問が出されました。特に、私が関心を持ちましたのはジハードの正当性についてであります。この点に関し、タンタウィ氏は、自己の生命、土地、財産等を守るのがジハードであり、無実の人々、女性、子供を傷付けることはテロである。したがって、他人の土地、生命、財産を侵害する者はテロリストである。テロとジハードを区別すべきであると述べられました。
  次に、パレスチナ問題についての中東各国の認識はおおむね、イスラエルの行動こそテロであり、それは国連決議を踏みにじるものであり非難されるべきものであるというものでありました。例えば、シリアのミロ首相は、軍隊を使ったイスラエルの行為は国家テロである。我々はテロを非難し、テロとそれに対する抵抗運動の定義付け、そしてテロ対策について国連で提案を行っていると述べました。また、エジプトのマーヘル外相は、現在のイスラエルの行動がパレスチナ問題の原因であり、これを停止すれば和平は可能であると述べました。
  また、米国のイラク攻撃の可能性につきましては、意見が分かれているように見受けられました。例えば、エジプトのワーリ副首相は、英国のブレア首相も述べているように攻撃はないと思う。米国経済界も反対であろう。米国が強硬姿勢を示すのは、十一月の中間選挙までイスラエル支持の姿勢は崩せないからであると述べました。一方、同じエジプトのフェッキ外交委員長は、攻撃するだろう。米国は査察では満足しない。米国の戦略は、イラクを親米政権にし、そしてパキスタンまでその影響力を及ぼすことである。その裏にはイスラエルが存在するからであると述べました。
  日本との関係につきましては、トルコ、シリア、レバノン、エジプトの四か国ともに大変良好であるとの印象を受けました。その理由としては、我が国が非西欧国家であり、古い歴史と高い文化を持ち、科学技術に優れ、多額のODAを供与していることなどが考えられます。ただし、もう少し政治的な面で力を発揮してほしいとの意見も聞かれました。
  最後に、今回の派遣を通じまして感じましたことは、冷戦後の世界秩序維持の難しさであります。サミュエル・ハンチントンは文明の衝突を、フランシス・フクヤマは歴史の終わりを、そしてアラン・マンクは新しい中世を唱えました。冷戦後の世界が決してバラ色ではなく、新たな衝突や混乱が生ずるという彼らの指摘は当たっているかもしれません。しかし、今我々のなすべきことは、猛烈な勢いで進んでおりますグローバリゼーションの中で起こる様々な摩擦をいかに有益なものに変えていくかであります。これが人類の英知でありましょう。私は、そのかぎを握るのは日本であると考えます。
  なぜなら、外から入ってくるものを見事に消化し、付加価値を付けて外に送り出すという能力において、我が国に勝る国はないからであります。その源は、内にも外にも発揮できる融和という能力であります。本調査会の三年間のテーマである「新しい共存の時代における日本の役割」とは、正にこれを指すのではないでしょうか。
  その意味で、今回の海外派遣はテーマとの整合性、この一年間イスラムを勉強したことから、実に時宜にかなったものであり、極めて有意義であったと思います。必ずや今後の調査会活動に生かしていけるものと確信をいたしております。
  以上をもちまして、団長としての報告を終わらせていただきます。
  先ほど、本日の調査会の終了予定を午後五時と申し上げたようでございますが、午後四時でございますので御安心をいただきたい、そして訂正をさせていただきたいと思います。大変失礼をいたしました。
  次に、参加された方々から順次御意見等をお述べいただきます。
  なお、御発言は着席のままで結構でございます。
  それでは、山崎君からお願いをいたします。山崎力君。
○山崎力君 山崎力でございます。
  関谷団長の下に、二週間にわたりまして中東へ行ってのイスラム世界をかいま見ての私の報告、報告といっても大層なものではなくて、むしろ私が感じた感想といったものを率直に皆様方に御披露申し上げた方がよろしいかと思います。そういった点で、全般的なものではなく、私の思っているところにある程度焦点を絞った形の御報告になることをお許し願いたいと思います。
  まず、先立ちまして、この問題で、イスラム教という一年間勉強してきたことの私なりの解釈といいますか、考え方を改めて振り返ってみて申し上げたいと思います。
  やはり、どうも日本人にとって一神教というものに対しての感覚というものが限界があるのかなというふうに思うところがございました。もちろん知識としてのものもあり、あるいは日本人でも、同じ一神教、イスラム教の兄弟宗教であるキリスト教の信者の方もいらっしゃるわけですけれども、どうしてもなかなかすっきりした形で腑に落ちる形の宗教観というものが一神教に対して持ててこないという点が一つと、それから現地へ行っていろいろな話を聞いたところは、我々は知らず知らずの間にヨーロッパ近代思想の陰といいますか影響下にあったのではないのかなというのを大まかな印象として持っております。
  一神教の面でいえば、例えば契約というものが、個人対個人という、あるいは団体でもいいんですけれども、その契約という概念ではなくて、元々はそれぞれが神と契約するということが一つのポイントであるということを聞いて、それこそ目からうろこが落ちる思いをしたのも事実でございます。
  そういった中で、それを踏まえまして、イスラム教というものとの付き合い方、考え方で一番私どもが心して考えなければいけないことは、基本的にイスラムの信者、特に宗教指導者においては祭政一致という考え方がどうしても根底にあるのではないか、そこがいわゆる政教分離という西欧化の近代思想と違ってきているのではないかなと。そこが一番私は感じた次第でございます。
  といいますのも、イスラム教というのは、一つのコーランという経典を基に、そこで人間がその教えの下に生活する、それが神の教えであるという確信の下にここ数百年間いろいろな社会を作り、国家を作っていたわけでございます。
  そういった中で私自身感じたところによれば、例えばキリスト教においては、自分自身がキリスト教の信者である、神との、絶対神との、契約でも何でもいいんですけれども、つながりがあるとすればそれは信者だと言えると思うのですが、イスラムの世界においては、与えられた条件、巷間、私ども、知られているところでは、例えば日に四回とか五回とかメッカの方向へ向かって礼拝をするとか、あるいは汚らわしいものとして豚肉は食さない、もっと言えば、イスラムの教えにのっとった料理しか食べてはいけない、あるいはラマダンという断食月においてそういったものをしなければいけないという、外に分かる形の、自分がイスラム教信者であるということがほかの人が見て分かるような形の行為を取ることを求めているわけで、隠れキリシタンならぬ隠れイスラム教徒というのはその意味であり得ないという点が感じられました。
  そういった中でまず感じたことは、そのイスラム社会を離脱して西欧化しなければ我が国の将来はないというふうな形で行われたいわゆるトルコ革命、ケマル・アタチュルクという人の、オスマン・トルコ帝国を倒して、第一次世界大戦後、西欧化にかじを切ったトルコの現在でございます。
  選挙の結果、やはり宗教色の強い政党が政権に今度返り着くと。まあ世俗宗教と宗教政党というようなところのあれが、そこですら一般の問題としては大きな影響力を持っている。むしろ西欧化によって、民主化によって一般大衆の選挙によるということの形態が宗教色を強める形の政権を持ってきているという点に非常にある種の矛盾を感じました。これは御承知のとおり、アルジェリアの原理主義政党が軍のクーデター、民主的な選挙で誕生した原理主義政権がアルジェリアの軍のクーデターで倒されたということも同じようなことではないかと思っております。
  そういった意味で、西欧化を目指すという意味での苦悩というものを感じましたし、あるいはシリアにしろエジプトにしろ、政権、為政者、そういった立場の人は、国際法であるとか西欧的な価値観というものを踏まえた上での政策、外交というものを承知しているけれども、なかなか一般大衆、宗教における一般信者の、国民の大多数はそこのところに付いてこれない違和感を感じているのではないか、その辺をどうかじ取りするかと。余り民衆側、宗教側に目を向ければ、イランのような形で西欧社会からボイコットを食らうと、逆に、西欧的な、国連や何かの言う国際法その他を遵守した形でいけば、これは政権が民衆から見放されると。そのバランスをいかに苦労して取るか、それを表面的にいかに取り繕うかと、悪い言葉ですけれども、そこに彼ら、現在のイスラム国家の指導者の苦悩があるのではないかなというのを感じた次第でございます。
  もちろん、それぞれの宗教的な面からいけば、イスラエルという問題、今の会長の御報告にもございましたけれども、これが正に兄弟宗教であるユダヤ教国家のイスラエルとの対峙というものが、御承知のような、戦後、第二次世界大戦後の、ユダヤ人のパレスチナ入植からイスラエル建国に至る過程の中でその後遺症というものが延々と続いていると。
  そして、その点について、時間もありませんから最後に一言私の感想を言わせていただければ、今回の旅行で一番印象に残っているのは、余り有名ではございませんが、クネイトラという市でございました。これはゴラン地域の中心地だったところでございます。イスラエルが占領いたしまして、平原地であるゴラン高原の高い山のところは戦略的に、軍事的にも重要だからそれは占領していて構わないが、下りてきた平地のクネイトラ周辺は返してもいいのではないかということでシリア側に返還されました。そのときにイスラエル軍はクネイトラの町を徹底的に破壊して、使わせないように帰ったわけでございます。
  もうちょっと詳しく言いますと、向こうの家の大部分というのは鉄筋の柱に床を張るというコンクリートの造りが非常に多うございますが、そこの柱を爆破して、上の床、二、三階建ての上の床がぺしゃんとこう落ちるような形で破壊して、残っているのはユダヤ教とかキリスト教関係の教会と穴だらけの病院の施設一つと、こういう状況でございました。それをイスラエルがやっていく。そしてシリアは、それはイスラエルの蛮行の、野蛮な行為のいわゆる証拠としてそれをそのまま保存する、新クネイトラは別なところに造るということをやっておりました。
  この心のすさんだ状況の結果を見たときに、単なる人道的とかそういった形で日本がその地に入るということは、私はむしろ危険だというふうな気がいたします。それを、共生を助けるのはやはり、こう言ってはなんですが、政治的な問題を避けた、いわゆる人道的な、だれからもこれはしようがないだろうと、イスラエル側から見てもシリア側から見てもそれぞれに対してこの程度のことは人間として国家としてやってもいいのではないかということに限定して行為を行うということが、日本の置かれた立場から考えて限界ではないかなというふうに思った次第でございます。
  そろそろ時間でございますので、やめさせていただきますが、何か後でございますれば御質問を受けたいと思います。
  以上でございます。

○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
  次に、山根隆治君、お願いいたします。
○山根隆治君 私は、今回の視察では三つの問題意識を持って臨みました。
  一つは、イスラム教というものが中東においてどのように国民に根付き、そして花開いているかということが一つです。それからもう一つは、アラブ諸国がイスラエルとの融和ということについてどのように考えるのか、その解決の糸口というものを何とか見いだせないだろうかというふうな思いを持っておりました。そして三つには、対日観、日本に対してどのような思いをそれぞれの国の指導者なり国民が持っているかと、そのことを意識して視察をしてきたつもりでございます。
  まず、イスラム教の問題につきましては、非常にこの調査会の中でも寛容性に満ちたものであるというのが専門家の先生方からもお話を聞かせていただきましたけれども、この認識というのは私も訪問をいたしまして共有できるものだということを確認をいたしました。
  思えば、イスラム教も世界宗教者平和会議というのが既に数年あるいは数十年開かれておりますけれども、ここにもすべて参画をいたしておりますし、世界的なやはり宗教というのは寛容性がなくてはいけない、つまり他の宗教に対してそれを共存していく、そうした理念というものがなければ世界宗教になり得ないというふうな私は感じを抱きました。これは、キリスト教においてもバチカン公会議で当時のパウロ六世でしたですか、その歴史を反すうするところとなって、異教徒をバチカン公会議に招いたという事実もございますが、世界の大宗教と言われるすべての宗教がそうした今寛容性というものを持っているということを改めて確認できたことが非常にうれしい思いをいたしたところでございます。
  それから、イスラエルとの融和の問題につきましては、この議事録、記録の中にもございますが、レバノンのハンムート外相に対して私は次のような質問をいたしました。
  中東の各国の政治指導者の方々にもお話を聞きますと共通のものでございましたが、イスラエルとの融和を図るのには、まずイスラエルが国連の諸決議というものを遵守する、そのことが大前提だということでございまして、これは我が国の多くの識者、そして私たち政治家も共通の認識を持っているところだと思います。しかし、私が外相にお伺いしたのは、国際的にもそのような思いを持つ国あるいは指導者が多い中で、なぜそれが遵守できないのか、オフィシャルな表明をしていること以外にもっと心の奥底に何がしかの事由というものがあるのではないか、そういう質問をいたしました。
  それに対して外相の答えはこうでございました。それは、イスラエルは選民思想を持っていて、ほかの民族をべっ視している、そういうふうに自分は思う。そしていま一つは、平和というものを享受したことが余りない。つまり、平和の意義というもの、価値というものが少し理解が足らないのではないだろうか、そうした発言がございました。
  これにつきましては、私自身、受け入れてまいりましたけれども、しかし、今回はイスラエルを除く中東の国々への訪問でございましたので、できるならば、また別の機会にイスラエルを訪ね、そこで様々な思いというものを是非聞いてみたい、そういう思いをいたしたところでございました。
  三つ目の問題認識といたしましては、対日観の問題でございましたが、日本に対しての思いというのは非常に熱いものがございました。つまり、感謝と同時に期待というものもありましたし、日本が明治維新をなしたということについての尊敬の念というものを口にされることもございまして、おしなべてすべての国から尊敬の念を持たれているということを改めて認識をいたしました。
  特に、この際、改めて私からも申し上げておきたいと思いますのは、レバノンのハリーリ首相からは、今年の十二月にパリで開催を予定されている支援会議、レバノンに対しての支援会議に是非日本からも出席してもらいたい、そして私たちの思いは、この国を、レバノンを是非経済的に支援して立ち直らせてもらいたい、こういうことでございました。この点については、団長を始め我々もしっかりと受け止めさせていただく、うちの首相にも、日本国の小泉首相にも伝えたいということをお話をさせていただきまして、日本への円借款への思いというものを熱く語られたわけであります。
  国の訪問とは違いますが、ゴラン高原に足を伸ばしまして、PKOのUNDOFで活躍している自衛隊員を私たちは激励に行きました。そこで、現地のレナート司令官から、大変に日本の自衛隊は士気も高く優秀であり精勤しているという高い評価を得ていたことを知りました。大変心熱くしたものでございます。この日本への見方、考え方、期待というものは各国共通したものでございましたので、私たちはこのことをしっかりと、帰って調査会の場において改めてお伝えしたいということをあえて私から改めて申し上げたわけであります。
  さて、私たちが訪問した各国は歴史の長い国、四千年あるいは六千年の歴史を持つ国々でございます。これからの世界の平和ということを考えていった場合、先ほど山崎委員も触れられましたけれども、西欧の近代化される過程で培われた歴史観というものを私たちはかなり大きな影響を持っているわけでありますけれども、もうこの辺でやはり長い時間の単位で世界の平和や国の繁栄というものを考える、そういう時期に来ているのではないだろうか、そんな気がいたします。
  例えば、宗教でいいますと、仏教ではその歴史というものを五百年単位で、あるいはまた釈尊が亡くなられて二千五百年、その間を正法、像法、末法ということでの思想でそれぞれ八百年単位で時代を区切るという大きなスケールがあります。私たちは、そうしたスケールというものを持ってこれからの日本のありようというものを考えていく時代に今差し掛かっているというふうに私は思っております。
  例えば、欧米が今世界をリードしてきましたが、この五百年間、十六世紀にはスペイン、ポルトガル、十七世紀ではオランダ、十八世紀ではフランス、イギリス、そして十九世紀ではアメリカ、ロシア、イギリス、そして二十世紀アメリカがこの人類を支配をしてきたということが言えるかと思いますけれども、もう私はそうした欧米による世界支配というものはそろそろ終えんに近づいているのではないかというふうに思えてなりません。
  例えば、シュペングラーが「西洋の没落」を書いたのが一九二二年でありますけれども、我が国においても「近代を超えて」という著書を識者が著して、つまり大平元首相が近代の概念というものを、それを超える新しい理念というものを示していくべきだということで、大平総理が亡くなられてから、学者、文化人が集まって「近代を超えて」という本を上梓したわけでありますけれども、これが一九八三年、およそ二十年も前になるわけであります。
  私は、今こそ我が国が徹底した宗教、文化の寛容性、重要性、多様性といった特性を持つ国民性というものを世界に役立たせる、そんな時代が来ているのではないかというふうなことを改めて思ったわけであります。
  私の私的な訪問記というのは私のホームページにも書きましたので、また別の機会に皆さんにごらんをいただければ有り難いと思います。
  時間でございますので、終わります。
○会長(関谷勝嗣君) 大変ありがとうございました。
  次に、沢たまき君、お願いいたします。
○沢たまき君 沢たまきでございます。
  会長、それから山崎先生、それから山根先生、大体もう尽きた感じでございますが、派遣のメンバーの一人としての所見を簡単に述べさせていただきます、何しろたった一人の女でございましたから。
  まず、本調査会で一年間にわたってイスラム世界と日本の対応ということで調査研究を続けてきたわけでございますが、その調査結果の成果を持って、トルコ、シリア、レバノン、エジプト、帰りにイギリスの五か国を関谷先生を団長としてそれぞれ与野党三名ずつで訪問したわけでございます。
  やはり、今回、国会の調査会という立場で派遣をいただきましたことに大変な意義がある訪問ができたと思っております。特に、シリアのミロ首相には、日本における国会の役割の重要性とシリア、日本両国の議会間の交流の重要性の認識が必要であり、そのために今回、国際問題調査会の調査団の訪問は重要な役割があると高い評価をいただきました。今後とも是非、議論だけで終わらせるのではなくて、国際問題調査会ができれば毎年海外派遣を実施することができればと思っております。
  日本に対する中東諸国の反応については、今皆さんがおっしゃいましたように、大変に友好的でございました。殊に、明治維新、それからあとは、広島、長崎の原爆からの復興、そして今日までの日本のすばらしい経済復興なども本当に手本にしていると、そういうお声もたくさん上がったところでございまして、各国ともODAによる我が国からの協力に対して信頼と感謝をいただいておりますし、また、人道面とか経済面からの日本の果たす役割は大変極めて大きいんだなと実感をいたしました。
  例えば、シリアのダマスカスの消防署、視察をいたしましたが、日本が提供した消防自動車が大いに役に立っている実情を目にいたしまして、大変喜ばしいと思いました。大変暑うございましたので、あちらはもっともっといろんな訓練を見てもらいたかったようでございますが、ほかのこともございましたので、あちらの方の喜びを十分に身に受けて帰ってきたところでございます。
  また、ミロ首相はシリアの経済の改革について、環境と教育と雇用の三本柱で経済の構造の改革を目指しているが、特に環境問題面から日本の協力を大変に期待をされておりました。
  また、レバノンのハリーリ首相は、日本が戦後大変な国民の努力で見事に復興したことについて高く評価をされ、また、レバノンは独立は確保されてはいるけれども経済的な困難が存在して、是非国の借款ではなく民間からの支援をお願いしたいとも要請をされておりました。
  また、テロ問題につきましては、各国がテロ行為については強く非難をなさっておりました。テロ防止のために世界が努力をしていかなければならないとしたことは共通した認識でありました。
  また、イスラム教とテロについては、トルコのイスタンブール県の宗教指導者のタシュさんは、そもそもイスラム原理主義的な考え方はイスラムのいう融和とは根本的に違うものであるんだ、イスラムに反しているんだと原理主義を強く否定をされておりました。この点に関してカイロのアズハル総長のタンタウィさんは、テロとジハードとを区別すべきであると述べていらっしゃいました。
  このことから、イスラムとテロを結びつけて考えることがいかほど危険な誤解であるかということが十分理解ができることと思います。中近東各国とも、人間の存在は精神面と物質面の両面があるとして宗教と国民の生活の結び付きが深く強くあるわけで、宗教間の対話の必要性を強調されていたことが私は印象的でした。世界の中で様々な宗教がある中で改めて宗教間の対話の必要性を感じました。この対話を通して、文化、教育にも波及することができると私は痛感したことでございました。
  アメリカのイラク攻撃に対しまして、関谷会長からの御報告のとおりでございます。
  最後に、女性であって長い間シリアの文化相を長く務めていらしたアッタール元文化相にお会いをいたしました。イスラム圏における女性の地位というのは、少しずつ社会進出が進んではおりますけれども、まだ特定の人であったり、男性の中心の社会であるのではないかなということを感じておりましたので、二十一世紀は女性の世紀と思いますがいかがですかと私が伺ったら、言下に、男とか女とか区別して考えたことはありませんと言われてしまって、なるほどと思いまして、そうだな、そのとおりだと、ちょっと日本が遅いかなと思ったりしてしまいました。
  また、エジプトのカイロ大学の特殊小児病院を視察をいたしました。ここはエジプトで唯一の小児病院でございますが、大変充実しておりました。ここをモデルにして拡大していきたいということでした。また、お医者さんも看護婦さんも日本で研修を受けた人たちが活躍しておって大変に感動してしまいました。今後、日本としては、人道的支援、特に女性、子供たちに対する支援こそが文化の違いを乗り越えて融和の道を開くことができると強く感じることができました。
  もう一つ、私の所見なんですが、いろんな方にイスラエルそれからイラクの問題とかを質問した中で、最後に国連をどう思うかと度々聞いたんですが、皆さん、期待はしているけれども今の国連はもう用をなさないと、一国に支配されている国連はということが中東の方々に、まず私ども調査会は首相、外相約十九名の方々にお会いしたんですが、国連に対する質問は、皆さんもう失望の声が高うございました。
  今日ちょっと山本委員がいらっしゃらないので残念なんですが、東アジアの経済も大変結構でございますが、拉致問題も含めて私はもう少し国連を強くしたいと思っておりますので、国連をいかに強くしたらいいのか、経済的な支援に関しましても何か民間からのファンドでもいいのではないかという気もしておりますので、ここで会長にも、国連に関しても調査会の中でちょっとしていただければなと思っております。
  以上が私の訪問した所感でございました。
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
  次に、井上哲士君。
○井上哲士君 日本共産党の井上哲士です。
  調査会での一年間にわたるイスラムの勉強を踏まえて、しかもアメリカのイラク攻撃問題が国際的な焦点となっているときに、大変時宜にかなった充実した調査ができたと思っております。
  与野党六人で和気あいあいと調査活動をいたしまして、まとめていただいた関谷団長、また一緒に参加した同僚議員の皆さん、事務局の皆さんに改めて感謝をしたいと思います。
  また、現地で大変歓迎をされたというのも御報告をしておきたいことでありまして、この種のものはキャンセルになることも結構あるかと思うんですが、例えば、シリアでは、当初は副首相と会うはずだったのが急遽首相が会いたいということになったり、エジプトでも次々と要人の会談が前日、前々日にセットをされるということで、大変日本の政治家と会いたいという熱意を感じましたし、逆に言いますと、まだまだ訪問が少ないということの裏返しかなとも思いましたけれども、そういう点で、大変充実した調査ができたかと思っております。
  幾つか私自身が印象に残ったことについて述べさしていただきます。
  一つは、それぞれ今ありましたけれども、アメリカのイラク攻撃計画に対する中東各国の反対論の強さでありました。訪問した国の中には、湾岸戦争のときには多国籍軍に加わった国もあったわけでありますが、そこも含めて、それぞれが反対を表明をされました。幾つか共通をする声がありましたけれども、一つは、やはり中東に及ぼす影響が非常に大きい。シリアのミロ首相は、否定的な影響は、イラクのみならず中東地域の安定に悪い影響を及ぼし、テロリストの活動を引き起こしてしまうだろうと、こう述べられました。
  二つ目は、外国が力によって政権転覆をさせるというあしき前例を許してはならない、こういう言葉でもありました。エジプトのスルール人民議会の議長は、サダム・フセインは確かに独裁者であるが、米国の力によってフセインを攻撃することが許されるのか、私はフセインには反対するが、米国のイラク攻撃にも反対すると、こういうふうに述べられました。
  それから三つ目は、やはり共通をして、国連決議の遵守という声でありました。先ほど、現状への失望ということも出されましたけれども、それと裏腹のやはり期待もあるわけでありまして、レバノンのハンムート外相は、世界の平和の維持のためには国際法、国際的な決議を誠実に守ることである、異なった基準、ダブルスタンダードはよくないと、こういうことを言われました。
  それから、二つ目に感じた、印象に残った問題は、そういう中で、日本がどのように親しまれ、何を期待をされているのかということでありました。政治家のみならず、国民的なレベルで非常に親近感が強いというのが印象でありました。
  その中で、私自身でいいますと、私が広島で育ったということもありまして、何人かの要人が広島、長崎について述べられたということが大変印象的でありました。例えばイスタンブール県の宗教指導者のタシュさんは、日本は自分の国のように近い存在と思える、なぜなら我々は五十七年前の広島、長崎の悲しみの感情を共有するからであると、こう言われましたし、シリアのカッドゥーラ人民議会議長は、第二次大戦では最後の段階で広島、長崎の被爆という悲劇を経験された、しかし、大戦後は他の国民に有益なものを作ること、発明に努力をされた、日本は力ではなく合理性に基づいて国際関係を築いておられると、こう言われました。また、同じくシリアのアッタール元文化大臣は、シリアは感受性が強い国民である、余り教養のない人でも広島、長崎について同情を禁じ得ない人は多い、私は広島に行って深い印象を受けた、私たちが受けている状況からして広島、長崎は遠い存在でないと、こういうふうに言われました。
  私たち日本人が思う以上に中東の皆さんが広島、長崎と、そして中東の現状などを重ね合わせながら親しみを持っていらっしゃるということは大変印象的でありました。
  こういう立場を生かして、今日の中東和平の問題とかイラク攻撃の問題で、日本がやはり大きな立場を、役割を果たすことが必要ではないかということを感じました。
  それから三つ目は、イスラム国家の多様性、そしてイスラム教の寛容さということが、言葉ではなく実感として分かったということであります。一口にイスラム国家と言っても、宗教や政治、社会とのかかわり方がそれぞれ違うということはこの一年間勉強してきたわけでありますが、やはり現地に行きますと大変実感をいたしました。
  トルコは完全な宗教分離がされておりまして、逆にイスラム教の服装で国の公の施設には入ってはならないというところまでやられておりました。シリアとレバノンは大変共通する国でありまして、陸続きで国境も渡りましたけれども、シリア国内では英語の看板というのはほとんど見ることはありませんでしたが、国境を越えますとたくさんあるであるとか、大変文化状況も違っておりました。
  それから、今も御報告あったように、イスラム教が寛容で他の宗教と共存をできるということは、言葉としてもありましたけれども、私自身はいろんな宗教施設を視察をする中でそのことを感じました。
  例えば、あのシリアのウマイヤド・モスクというのを見ましたけれども、これは四世紀時代にはキリスト教のセント・ヨハネの教会堂でしたけれども、七世紀にイスラム教がダマスカスに入城をして、しばらくの間はこのキリスト教の教会の一部を間借りをしてイスラム教徒の皆さんが祈りの場としておられた。その後、イスラム教徒が買い取って今はモスクに改造をされているわけでありますが、その中にセント・ヨハネの首が今も納められている墓もありました。
  それから、トルコのアヤ・ソフィアも見ましたけれども、これは六世紀に建てられたキリスト教の大本山で、当時は内部の壁に様々なキリストやその家族などのモザイク画がかかれておりました。十五世紀にオスマン・トルコに接収されてモスクになって、その際に内部が全部しっくいで固められたわけでありますが、最近それが発見をされたということで、ここを博物館にして、しっくいを外して昔のキリスト教の教会時代のモザイク絵を見れるようにするという工事も行われておりました。
  アフガニスタンでのあの仏像の爆破というような映像を見ておりますと、大変イスラム教が他の宗教に対して非常に非寛容な印象を我々持つわけでありますけれども、実際には、いろんなこういう宗教施設も含めて、いろいろと共存をしているという歴史を見ることは大変有意義だったかと思います。
  最後に、歴史と文化の多様さをお互いに認め合い、その中で共存をしていくということは今調査会のテーマでありましたが、大変その必要性も実感をいたしました。よく日本では何でもまくら言葉にグローバルスタンダードという言葉が今聞かれるわけでありますが、あちらに行ってそういう言葉を聞くことはありませんで、むしろそれはアメリカンスタンダードとして理解をされている。それぞれ歴史も文化も社会風俗も政治も違う。それを認め合うことが必要であり、特定の国のやり方を押し付けるということが矛盾を負い、いろんなやっぱり中東の反米感情の根元にあるのではないかということも見ることができました。
  以上、私の印象を述べさしていただきました。
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
  最後になりましたが、広野ただし君、お願いします。
○広野ただし君 しんがりになりましたけれども、団長始め、今四人の方々の報告でほぼ尽きていると思いますけれども、私の感想なり意見を述べさしていただきたいと思います。
  まず、冒頭でございますが、各国とも首相あるいは副首相、大臣級の方、そしてまた議長クラスの方々、非常にハイレベルの方々にお会いすることができましたし、また一方ではマーケットといいますか市場といいますか、そういうところも、庶民の言わば生活のにおいがする場所にも行かしていただきまして、そういう面では非常に幅広く視察ができたんではないかと思います。このことについて、参議院の事務当局、そしてまた外務当局、在外公館にもこの場をかりて感謝を申し上げたいと思います。
  それと、行きました国々が言わば非常に貧しい国々でございます。パーキャピタというか一人当たりのGNP、GDP取りましても、一番高い国がレバノンですけれども、四千ドルと、日本の言わば十分の一以下の国々でありまして、そういう面では非常に、すばらしいところもありますけれども、貧しいところが一杯見えるといいますか、そういう国々でございます。
  そしてまた、暑い盛りに行きましたから、毎日四十度以上の暑さのところでありましたし、砂漠地帯であります。そういう面では、そしてまた、エジプトではナイル川の母なる恵みといいますか、そこだけが緑で周りはまた砂漠だというようなことを考えますと、いかに日本というのはいいかなと、水と緑ふんだんの国であるということで、海外に行くたびに改めて日本のすばらしさというものを感じ入るわけですけれども。
  そういう国でありましたけれども、そういう中で、先ほど沢さんからもありましたが、貧しさの一つの典型というので、日本がODAで造りましたエジプトの小児病院ですね、これは三百ベッドほどあるんですけれども、そこに毎日一万人ぐらいの外来患者が来る、そして緊急患者が二千人ということで、待合室がごった返しておって、正にみんな入れないんですね。ですから、門のところでガードをしまして、お金を払わないと待合室にも入れないというような悲惨な状況であります。
  そしてまた、乳児死亡率というんですか、それが非常に高くて、日本の場合は千人当たり二人ぐらいの死亡なんですけれども、それの二十五倍ですか。前は千人のうち百五十人ぐらい死んでいたんだけれども、今はそれが三分の一に減ったけれども、それでも五十人は死ぬ。こういうような状況ですが、そこに日本が経済協力をして医療関係で大変なことをやっておるわけですけれども、そういうこと、もう大変立派なことをやってはおりますが、一方ではなかなか大変な国々であるというのが実感でございます。
  それと、外交的なことでは、先ほどからお話ありましたとおりであります。対イスラエルのことでは、各国ともイスラエルの国家テロといいますか、こういうものを非難しておりましたし、イスラムの世界から言うと、あの十字軍が終わった後二百年、三百年は宗教戦争というのはないんだという考え方で、共存できるんだということを言っておりましたが、要はイスラエルがそういう共存ということに対して意識が薄いんではないかということを非難をいたしておりました。しかし、これはアラブの世界、イスラムの世界からの考え方ですから。まあそういうことでありました。
  それと、イスラム原理主義に対しては各国ともやはり反対であると、こういうことです。これは、イスラム原理主義のようなやり方をすると各国とも国がもたないということだと思いますが、そういうことのように受け止めました。また、フセイン大統領についても、概してフセインというのにはやっぱり反対だと、クウェートに侵略をしたわけですから。そういうことではありますが、そうかといって、じゃアメリカが一方的にフセインをたたくというようなことになりますと、これはもうアメリカの論理でいかなる国といえども覆されるということですから、反対だというような言い方であったのかなと思っております。
  それともう一つ、イラクも座して死を待つというようなことではなくて、私たちが訪問しました各国にもう事前に外相あるいは副首相級の人たちがどんどん回っておりまして、イスラムの国でイラクが孤立化してはいけないと、これはたたかれることになりますからということで各国を回っていたということであります。そして、ちょうど九月の上旬にエジプトのカイロでイスラム諸国外相会議ですか、これが開かれましたから、そういうことではイスラム、アラブは一体であるということを守っていきたいというような、そういう一体感を非常に強調するというのがあったのかなと思います。
  それと、テロに対しての考え方は、先ほど関谷団長からお話ありましたとおり、ジハードとテロというのは違うんだという考え方を言っておりました。
  それと、全般的に私も感じましたことは、エジプトの歴史五千年、六千年、ピラミッドができましたのが紀元前三千年前から四千年前でありますから、隣の中国にも増す、もう一つ歴史のある国だと。しかも中東は各国の文明が行き交う正に交通の要衝路であり往来地ということで、各国の栄枯盛衰を見るようなことでございましたけれども、国が栄え国が滅びる、ここのところはやはり我々政治家として心してやっていきませんと日本といえども大変なことになるんじゃないか、我々英知と努力を結集してやっていかなきゃいけないんじゃないかなと、こういうふうに思いましたが。
  もう一つ、私レバノンに二十五年ぶりに参りました。二十五年前は正に戦争の、内乱の真っただ中でありましたけれども、今は平和になって、まだまだ戦争の傷跡残っておりますけれども、見事に復興をしていたというような感じを持っております。ですから、やはり国が繁栄するためには平和が前提でなければならない。そういう意味では、戦争の中ではなかなか経済的に豊かな国にはならないんではないかというようなことをやはりひしひし思いましたし、自分勝手な国だけということではなくて、やはり共存共栄の道を模索するということが大事なことかなと、こういうふうな感想を持ったわけでございます。
  以上でございます。
○会長(関谷勝嗣君) ありがとうございました。
  五名の先生方から本当にすばらしい御報告をいただいたと思っております。二週間御同行させていただいたわけでございますが、それぞれの先生方、本当に意欲的に会話、勉強されましたし、その中のある先生は、そういう質問していいのかと私もどきっとするような思いの質問もされる方もいらっしゃいましたが、本当に今回の派遣団は私は実に良かったと今でも誇りに思っております。
  それでは、これより意見交換を行いたいと思います。
  発言を希望される方は挙手の上、私の指名を待って発言を行っていただきたいと思います。また、できるだけ多くの委員の方々の発言をいただき会議をしたいと思いますので、委員の一回の発言時間はできますれば五分程度でお願いをいたしたいと思います。
  それでは、発言を希望される先生方、挙手をお願いをいたします。
○吉田博美君 御苦労さんでございました。それぞれの委員から、会長を含めて御報告ございまして、しっかりと視察あるいは会談等をしていただきまして、平和に幾らかでも貢献をしていただけたんじゃないかと、こう御労苦をねぎらうわけでございますが。
  今一番、最も世界で関心があるのは、やはりイラクに対してアメリカが攻撃するや否やということかと思うんです。やはり、それを起因するものは九月十一日のあのニューヨーク・テロに入っているんじゃないかと。そのまた元に戻せば、私は最も大きな原因という一つがやはり中東の問題から来ているんじゃないかと思っているわけでありますが、先ほど会長の総括の報告でもございましたし、沢委員あるいは広野委員の方からも御報告ございましたが、ジハードとテロとは違うんだと、こういうことでございますし、会長の報告によりますと、自己の生命、財産を守ることがジハードだとおっしゃるんですけれども、自爆テロをもしジハードといたしますと、自己の生命、財産を守るんじゃなくて、むしろかなりの人の生命、財産を侵しているんじゃないかと。そのお話の会談の中で、そのジハードについてテロとの違いをエジプトの要人がお話しになったときに、突っ込んで、いずれにしても暴力じゃないかと、話合いの中でできないのかというような話に、その会談の中で、こちらの方の調査団の方でそういう話合いをされたのかどうかということをちょっとお聞きしたいと思うんですけれども。
○会長(関谷勝嗣君) 先生の鋭い御質問でございまして、この視察団、派遣団の間に強く感じましたのは、先生のおっしゃいましたように、昨年の九月十一日のあのアメリカのテロ、そしてそのことから出てまいりますテロの対策、テロという意味、そしてジハードという意味、それに関連して、また今パレスチナとイスラエルの争いというのが陰に陽に関連しておるわけですね、陰に陽に関連をしておる。
  それで、その前に、私個人の感覚かもしれませんけれども、現地視察をいたします前には、私はやはりイスラム社会は政治的にイスラムが政治の上にあるんではないかというようなことを強く想像しておったわけでございますが、そういうことはないわけでございまして、やっぱり政教分離というものは厳に行われていたと、私は見る限りにおいては理解をしたわけでございます。
  そういう感覚の中で、はっきりと、我々は子供だとかその婦人だとか、あるいは土地を取り上げるためにそのテロをやるわけではない、その取られたものを取り返すために行う行為が、それが聖戦であるというふうにおっしゃられますので、私、個人的にもそれは理解できるなと。
  吉田先生がおっしゃいますように、確かに、しかしそれをやっておけばいつまでもそういうことの繰り返しではないかと、話合いでやらなければならないんじゃないかと、やるべきじゃないかというふうに私も思いましたけれども、そこで私が発言しましたのは、我が日本はやはり国連を中心にしてそういう問題は解決をしていきたい。ということは、国連決議はイスラエルにそういう行動は慎みなさいということになっておるわけですから、いささか、どう言いましょうか、現地の訪問した国々の感覚に近いような私たちは感じを抱いたのが事実でございます。
  ですから、先生のおっしゃるように、そういうようなことをしたのではいつまでもこういうことが続くから話合いでというところまでは、ちょっと、入りづらいということでもなかったんですけれども、ちょっと先生方の意見もなかったですね。その点、山崎さん、どうだったかな。
○山崎力君 私の個人的な感想も踏まえて、お答えになるかどうかですが。私の感じでは、要するに、自分たちの権利あるいは土地、財産、何でもいいんですけれども、侵されたものを話合いで解決するという発想は余りない。要するに、これは神の教えによれば、そういったものに対するのはジハードなわけですから……
○会長(関谷勝嗣君) 目には目だ。
○山崎力君 ええ。ですから、そこのところを話合いで自分の権利があるのを譲るということは、これはある意味じゃ宗教的に言えば許されない感覚じゃないのかなと。
  だから、もちろんそれは力によって押さえ付けられているから、十分自分たちの権利が回復されていないという現状はそれはそれとしておいて、本来あるべき姿に対して話合いでそれを何とか戻そうというような発想というのは余りないし、その程度のことはもう今までずっとやってきていたと。それが原状回復できないんだから、これはもう当然、今さら何を話し合うのかといえば、要するに、イスラエルは国連決議を守って今の不法な状態をなくしなさいと、それ以上言うことはないということじゃないかというふうに感じました。

○会長(関谷勝嗣君) 井上先生、どうでした。
○井上哲士君 お手元の会談記録の十五ページのところにやり取りがあるんですが、質疑で書いてあるのは、実は私質問したんです。もう少し、実は吉田先生が言われたように、確かにその目的は自己の生命、土地、財産を守ることであっても、手段としてああいう自爆テロなどになると、これはやっぱりテロと区別付かないんじゃないかという質問を私実はしたんです。そうしますと、答えとしては繰り返しでありまして、そこにありますように、そのジハードとテロの基本的区別ということを繰り返されましたので、手段としてどうなのかということには明確なお答えはなかったなというのが印象でありました。
  ただ、この方自身は宗教指導者でありまして、全体としてはこれは宗教指導者の方は、ああいう行われたようなことについては大体否定的なことを言われていたとは思うんですが、ここについてはそういうやり取りだったかと思います。
○会長(関谷勝嗣君) 各国も、その九月十一日のテロ事件は、これは絶対認められるものではないということははっきりしておるわけですね。片や、イスラエルの行動は無謀なことではないかと、やるべきことではないというのが、私はその意見のまとまったものだったと思いますけれども、山根先生、どうでしょう。
○山根隆治君 シリアに伺ったときに、九・一一の事件があって、その後すぐアメリカに対して、まずテロとそれからジハードのその定義というものをはっきりさせる、そういう国際会議をアメリカに実は呼び掛けたと、しかしそれが実際には反応されなかったということで不満を持つ声を、どなたでしたかね、伺ったことを覚えております。ちょっとこの議事録を今見たんですが、ちょっとまだ探し出すことができませんけれども。
  そのところに、例えば国際的なテロとは何かということについての定義というのが各国ばらばらで、国際的な定義というのは今現在ないですね。ですから、そこのところをしっかりと確認してもらいたいというのがあったんですけれども、アメリカとしては、それを確認することによって、微妙なところをイスラエルとの関係等の問題があって、必ずしも定義することに前向きではなかったんではないかというのが私の予測ですね。ですから、テロとジハードとの微妙なところというのはあいまいなままに今もってなっているし、そうせざるを得ない環境がアメリカにあるのではないかというのが私の見方です。
○会長(関谷勝嗣君) 今、外務省でもマネーロンダリングの禁止の法案をやっておりまして、準備しておるんですけれども、とにかく外務省の方に伺いましても、国際的にテロとは一体何かと、今、山根隆治先生がおっしゃられましたように、テロという国際的な定義がないんで、定義の各項目別に国際協定ができておるんですね。ですから、航空機のテロに対するその協定とか、いわゆるお金を浄化するようなそういうことの犯罪に対する法律とか、そういうようなことに分けておるものですから、なかなか、先生のおっしゃられましたように、このままいくといつまでもそういうことが繰り返しになるじゃないかというところまでちょっと発言する、どう言いましょうか、雰囲気がなかったというか、ものがなかったように思います。
  広野先生はいかがでしょうか。
○広野ただし君 ちょっと時間的なこともあったものですから、そこを更に更問いというのはなかなかできなかったんですけれども、先ほどから関谷会長がおっしゃっていますとおり、テロには反対だというのは明確に言っておりますね。
  ですから、その報告書にもありますように、すべての生命、土地、財産を守るのがジハード、聖戦であり、無実の人々、女性、子供を傷付け、土地、財産を侵害するのがテロなんだと、こういうようなことを言っておりまして、イスラエルのやっているのは国家テロであると。自分たちは、ここ二、三百年は宗教的にも共存共栄の道をやってきた、その前は十字軍等がありますから、そのことをユダヤは、イスラエルは余りそういう共存共栄という意識が薄いんではないのかと、こういうような感じのことは言っておりましたですね。
○会長(関谷勝嗣君) 沢先生、このことに関して、あれどこだったですか、沢先生も女性の立場からちょっと触れられたと思うんですが、いかがですか。
○沢たまき君 とにかく外相とか首相に会いますと、そのお国の立場を一生懸命、歴史もお話しになります。
  私が印象的だったのは、何委員長だったっけかな、農水相と外相と兼任した方が、何とか委員長、首相ではないんですよ、その方が、イラクを残しておきながら、千九百九十何年かにつぶすことができたのに、自分の都合で残しておきながらというのをおっしゃっていましたね。私は、いつも会談でお目に掛かると、まずは国連決議の何年の何とかとかんとかでとずっとおっしゃっていて、そのお国は、本当に中東諸国は一生懸命頑張っているんだとおっしゃるのが印象的でした。
  私は、女性の立場からちょっと伺ったんですけれども、イスラエルはずっと戦争をしているから平和の価値を見いだせないんだろうとおっしゃっていましたね。だから、自爆のことまで突っ込んで聞く時間とか余裕は余りありませんで、ただ異口同音にどの国でもテロはいけない、ジハードとテロは違うんだと。それで、どう違うんだと突っ込むことがなかなかできませんで、とにかく通訳が入りますので時間がすぐオーバーしてしまいますので、まずは、ああそうかというふうに、それ以上の細かいことがちょっと突っ込んで聞けなかったというのがございまして、済みませんでした。
○吉田博美君 簡単に。
  私、非常に感じますのは、先ほど来の御説明お聞きしますと、ジハードは聖戦ということでテロとは違うというわけなんですけれども、実際イスラエルの本当にテルアビブの全く関係ない市民の皆さん方巻き込んじゃうわけですよね。別に私イスラエルを支援しているわけではございませんが、やっぱり軍隊に対して、例えばそれで自爆テロをされるのならそれなりの理解もできるんですけれども、その部分がどうしても理解できないものですから。それやると必ずまたイスラエルの方で議長府を占拠して同じような状況になって、いつも繰り返しになるものですから、むしろイスラエル軍の、軍に対するジハードをされるならそれなりの理解もできるんですけれども、どうしてもそれが理解できなかったものですから、よく皆さん方の御説明は分かりましたから、よろしゅうございます。
○山崎力君 今のお話で、正しく先ほど私が言ったように、西欧、近代ヨーロッパ思想に我々知らず知らずのうちに毒されているんじゃないかというのが、申し訳ないのですけれども、今の発言にもあるわけです。なぜ軍隊なんですかということなんです。
  要するに、一般住民であれ何であれ、一つの自分たちの土地や財産を奪った集団、これは民族でも国家でもいいんですけれども、それに対してのジハードであって、イスラエル軍なら許される、一般民衆なら許されないという概念が彼らにはジハードの中にないと僕は思うんですということなんです。

○今泉昭君 大変興味深い御報告をありがとうございました。
  二点ほどお伺いしたいと思うんですが、先ほどから御報告を承っていますと、皆さん方、イスラムは非常に寛容であるということを異口同音に皆さん方言われているわけですね。イスラムというのを宗教としてとらえるのか、あるいは文化というふうにとらえるかによってこれは表現も違ってくるんでしょうけれども、元々、宗教というものは価値観が一つでございますし、そういう中で価値観の判断が一つである際に寛容であるということは、まずこれまでの宗教争いの中で感じられないというのが私の大変素朴で単純な受け止め方なんですね。そういう意味で、皆さん方、寛容である寛容であるということを言われているんですが、私なりに受け止めたのは、イスラムという宗教ではなくしてイスラム文化というものの中に、要するにそういう寛容性を現世の行動、政治ももちろんそうですけれども、そういう中に示していっているのを表現されているのかなという受け止め方をしていたわけです。
  それで、そういう中で一番私どもが印象に深いのは、先ほどから言われているジハードにしろ、あるいはそのジハードに対するいわゆる特攻隊の方々の行動を見てみますと、イスラム教を信じて、その価値観で凝り固まってああいう行動が生じているというには、少なくともその裏に小さいころから教育を受けてきた一つの大きな生活があったんじゃないかと思うんです。たまたま今日はそういう教育文化に関しての御報告よりも、むしろ政治家との接触でしたから余りなかったんですが、一体このイスラム教、イスラム国家群の中におけるところの一般国民に対する教育というものと宗教というもの、どういうふうにされているのかということを今ちょっと皆さん方の報告を受けながら感じたのが一つであります。
  それから、もう一つは、二十一世紀はイスラム文化とキリスト教文化と、さらには儒教、仏教とでもいいますか、仏教と儒教は違いますけれども、そういう三大圏の大きな一つの争いがあると。それの問題が浮上してくるだろうということがよく言われているわけですが、その中でもイスラム圏というのは非常に人口が多い。アジアにも広がっていますけれども、はるかにキリスト教文化圏よりも多くの人口を持っているわけですね。
  ところが、それだけの大きな広がりを持っているイスラム圏というものが、たまたま皆さん方が行かれたのは中近東中心でしょうけれども、例えばキリスト教文化圏のアメリカであるとかEUだとかという一つのブロックが世界の政治に与える影響力というものの大きさから比べてみると、確かにオイルマネーとかという面での一面的な影響力は持っているかもしれないけれども、全体的に与える影響力というのは非常に、いい意味での影響力というのは余り伝わってこないわけですね。
  一体これは何なんだろうか。むしろ、これからの世界平和というものを考えていくならば、そういう大きな文化圏の中でのリーダーというもの、リーダーシップを取れる国というものの存在というものが大変必要になってくるんじゃないかと思うんですが、どうもイスラム圏というところは中心になる国がなさそうだ。例えば、人口的に見ればエジプトは大きいけれども資源が少ない、オイルマネーが全然ないというようなところだ。サウジみたいに大変少ない人口であるけれども金はうんと持っているというふうに、大変全体的な文化圏をまとめていく、リーダーシップを取れる国がないということがイスラム圏におけるところの何か一つの自信というものを失わせて、変な行動に常に走らざるを得ないというような状況が生まれているような気がしてならないんですが、皆さん方はここを訪問されまして、将来ここが中心になっていくのではないだろうかと感じられた国がもしございましたら、大変その国に対して失礼かもしれないけれども、お聞かせ願いたいと思います。
○会長(関谷勝嗣君) まず第一問の、イスラム教が寛容である云々、他の宗教と比べてどうであるということは、これは山根隆治先生の専門の範囲でございますので、山根さんからまずこれをいただきたいと思います。
○山根隆治君 まず、イスラム教が価値観が一つだという前提というのがどうなんだろうかというふうに思いました。
  一つの、キリスト教であれ、ほかの宗教であれ、価値観が一つ、じゃ一つとは何なのかというのが非常に微妙に分かりづらいところがありますが、ただ一神教ということではそういうことは言えますけれども、価値観は一神教の中でも生活からあらゆる分野にわたる中で一つの物差しですべてが語れるというふうな単純なものではないだろうということ。つまり、イスラム教、今多様性がかなりあるということで、私たちは寛容な宗教ではないかという印象を持ったということを是非ひとつ御理解いただきたいと思います。
  それから、イスラム教徒の狂信性というか急進的な行動はどこから生まれるのかということについては、宗教者の方からもいろいろと御意見聞かせていただく中で、それは一部の人たち、過激な人たちはどこの宗教あるいはどこの国でもおられるだろうということで、かなり急進的な行動を取られる人たちに対しては厳しい批判を逆にされていたということが一つございます。
  それから、少し広がって恐縮ですけれども、文明の衝突ということについては、先ほど会長の報告でしたでしょうか、ございましたけれども、それは、一つの文明というのはいろいろな小さな文明も含めて取り入れる中で成り立っていく、築き上げられてきたものでございますから、必ずしも私自身もハンチントンの文明の衝突ということについてはそういう理解をしていません。つまり文明は、必ず三つの文明はこれからぶつかるという彼の理論、論理というのは少し余りに政治的過ぎるのではないかというのが私の見方で、彼の歴史観というかは私は間違っているんだろうというふうに思っております。世界がやはり寛容な文化、特に多様性というものを持つ中で、やっぱり平和の構築というのは私自身は可能だろうというふうに思っています。
  それから、私たちが訪問した国々の中で、これから中心的な役割を担う国はどこなのかということについては、シリアも相当な歴史、四千年か六千年、六千年ぐらいでしょうか、シリアはあります。その中で非常に困難も乗り越えてきた国でありますから、私はそれなりの役割をこれから政治的にもあるいは軍事的にも果たしていくだろうと思いますけれども、やはり中東の中で一番大きい国ということでは、西洋との接点もあり、それなりの大国であるのはやはりエジプトだろうというふうに思っております。
  少し話が広がりましたけれども、感想を含めて申し上げました。
○加納時男君 どうも調査団の方々、大変すばらしいレポートをありがとうございました。
  先ほどからジハードとテロ、大分議論があるんですけれども、もうこの話題そろそろ終わりかと思うので、一言だけ感想を申し上げますと、自己の生命とか土地だとか財産を守るのがジハードで、無実の子供とか人を殺すのがテロだというので、違うんだという御説明を繰り返し伺っているんですが、伺えば伺うほど私は合点がいかないのは、この今の説明は、自己の生命や財産を守るというのは目的ですよね。それがジハードだと、それに基づくものがジハードだと。これは目的というより原因だと思うんです。それから、無実の人々を殺すというのは結果の行動なんですね。
  ということは、もっと言い換えると、ジハードという名の下に行っている行動は結果的に無実の人たちをたくさん殺している。無実はあり得ないんだということになると、これはアメリカのテロも合法化、合理化しちゃうことになりますので、無実ということが一つあるとすれば。だから、これ若干矛盾しているというか、非常に自己撞着に陥るような説明ではないかという、感想ですから、やっぱりこれ以上はもう結構だと思いますが、非常に勉強させていただいたことは感謝します。
  それから、一つカイロの病院のことで伺いたいと思いますが、カイロの大学の特殊小児科病院を訪問されたということは、先ほどお話の間に全部このレポートを読ませていただいてちょっと感じたことなんですが、私の質問は、日本のODAは感謝されているというふうに伺ったんですが、実際に私もODAの調査ということで団長で外国に調査に行ったこともありますけれども、一番これ病院で感じたことは、日本でやったことは立派な病院の施設を造ったこと、機材を入れたこと、これ日本のお金でやった。働いているのはドイツ人の医者である。そこでまた助けているのは、働いているのはフィリピン人の看護婦である。
  そこの現地の人、これはまあ東アジア、東南アジアの話ですけれども、そこで実際、現地の人にいろいろ聞いてみると、感謝しているのはドイツ人のお医者さんとフィリピン人の看護婦さんに感謝して、だれも日本の援助に感謝していないというのは、非常にODAとして私は日本の顔が見えないので悔しい思いをして、それは勧告に書いたことがありますけれども。
  今回行かれたカイロ大学ではどうだったんだろうかと。日本のこれ援助でかなりできている施設ではないかと思うんですけれども、日本の援助によるこのような施設は大変役立っていると院長さんが言われたというのは私はアプリシエートしますけれども、院長さんがおっしゃったのは分かるけれども、現地でどのような受け止め方されているのか。日本の顔は見えているのか見えていないのか、日本人の医者はいたのかいないのか、日本人の看護婦のリーダーはいたのかいないのか。そういうことをごらんになったか、ごらんにならなかったか、全く話題にならなかったか。もし分かることがあれば、ちょっと教えていただきたいと思います。
○会長(関谷勝嗣君) じゃ、それは沢先生、どうぞ。
○沢たまき君 機材も、それからICU、集中治療室の手術の先生も、それから看護婦、看護士さんのリーダー何人かは何年か、日本に三年ぐらいいらして研修を受けてそれで帰って、そして最初のころは日本の医者もいらしたそうで、もうその援助をして、ジャパン・ホスピタルになっていますので名前はちゃんと出ておりますんですが、もう十年、何か協力の期間がもう十年で切れるんだけれども、もっと延長してもらいたいということでした。
  ですから、何というんでしょう、その日本で研修をしてきた方々が現地の方々に教えていらっしゃる。婦長さんというんでしょうか、がやっていらしていまして、この人とこの人とこの人とこの人も研修を受けて、こっちへ来て帰ってきたんですという方々でしたので、ああ、これはちゃんと顔が見えているものなんだなと思いました。
  あとは、やっぱりもう本当に、いわゆる二十四時間体制でその病院を開けていらっしゃるんだそうですが、そうすると看護婦さんが大変じゃありませんかと言ったけれども、人口が大変多い国だから大丈夫ですとおっしゃっていましたけれども。やっぱり治療を受けに来る方々を門の外に待たしているというのに違和感がありまして、そして中がスペースが、それだけ全員が入れるスペースがないからかもしれませんけれども、入るのにお金払うというのが、そこだけはちょっとやっぱり違和感がありましたけれども、そういった意味では顔が見える援助の仕方だなというふうに思いました。これでよろしいですか。
○榛葉賀津也君 委員の皆様、お疲れさまでございました。
  私は、さきの国会まで国民・経済調査会にいたんですけれども、九州へ行ってまいりまして、こちらの調査会はいいなと思いまして、またこのように二週間で五か所も国々を回るということで、また行く場所が、オスマン・トルコ帝国のコンスタンティノープルだったトルコ、そしてアラブ・ナショナリズムのバース主義の発祥の地であるシリア、そして中東のベニスと言われたレバノンであるとか、イスラエルと最初に和平会談をしたエジプト、またユセフ・ワーリ副首相にもお会いしたということで、大変すばらしい日程で、最後はこの中東の混乱の元凶とも言われるイギリスまで嫌みのように寄ってきて、すばらしいなというふうに思っていたんですけれども、しかし、二週間で、本当に強行スケジュールで、一つの国でも二週間くらいじっくり調査できるというふうに思うんですけれども、改めて敬意を表したいというふうに思います。
  何点かお聞きしたいと思ったんですけれども、まず、先ほどのテロとジハードの件、簡単に私も触れたいと思うんですけれども。
  これは、極めて主客が逆転することですから、ある者にとってはテロであっても、その反対側からするとそれは独立運動である。正にチェチェンもそうですし、クルドもそうですし、ひょっとしたら我が国の明治維新も、人斬り以蔵なんというのは正にテロリストと言われても過言ではないかもしれませんし、非常に革命の志士とテロリストという区分けが、主客が、主従関係が逆転しますから難しいんだろうなというふうに思います。ですから、テロの定義がないというよりも、テロの定義というものが各国によって、また各個人によって変わってくるんだろうなという理解が私はしています。
  その中で、先ほど来、イスラエルとムスリムの話がずっと出てまいりましたけれども、今回はアラブ諸国を回られたということで、私は、できれば、これだけどうせ二週間でたくさん回られるんでしたら、中東で唯一の民主主義国家であるイスラエルにも足を運んで、イスラエルサイドから見た中東問題というのも是非参考にしていただければまた違った意味でのお考えが生まれるのかなという思いもいたしました。
  従来、紀元前一七〇〇年からこのムスリム、ユダヤの歴史は始まるわけですけれども、本当に第一次世界大戦までは何の問題もなく、比較的協力関係にあった。それが、サイクス・ピコ条約以降、正に山崎先生がおっしゃった西洋の介入によってとんでもないことになってしまった。ユダヤ教にとっては、イスラム教よりもよほどキリスト教の方が迫害されたという歴史があります。先ほど来、十字軍の話もそうですし、ナチスドイツの話もそうでございます。山崎先生の話を聞いて、なるほどなという考えをいたしました。
  そこで一点、山崎先生にお伺いしたいんですけれども、イラクの空爆が、具体的にこれを阻止するというか、アラブ諸国の中でもこれに対する非常に慎重論が多い。そして、この問題は、私は日本も当事者意識を持って考えるべきだというふうに思っています。山崎先生は先ほど余り関与するべきではないというふうに少しコメントされましたけれども、強いてこの問題、日本が関与するならば、どのような形で関与していくべきだということを山崎先生にお伺いしたいと思います。
  そして、沢先生には、中東諸国での女性がどのように社会進出しようとしているかということを、もし感じられたことがありましたら、お伺いをしたいと思います。
  そして、会長に一点だけお伺いしたいんですけれども、イギリスに最後に寄ってお話をされたということですけれども、やはりイギリス、フランスというのがこのパレスチナ問題の一番の問題の原点になっているところがありますけれども、このイギリスの中東和平に対する考え等をお伺いになったかどうか、もしなったら、どんなことをイギリス側がおっしゃっていたか、お教え願いたいと思います。
  以上でございます。
○山崎力君 ちょっとその前に、お答えする前に、先ほど来のことで私、今思っていることがございましたので、一言付け加えさせていただきますが。
  これは、イスラム教が寛容だということなんですが、私自身、寛容だと思います。ただ、そこで間違えてはいけないのは、イスラムの信じる、彼らの言うアラーの神に対する冒涜というものに関して、これは寛容というものはあり得ないということだけははっきりしておいた方がいいんじゃないかなということを思っております。それがコーランの教えという中でありますし、それが一つの、もう小さいときからそれを、コーランをたたき込まれているというのがイスラム教徒であるということを考えれば、そこが、我々みたいな、彼らからすれば恐らくいい加減な宗教信者からすれば違ってくるんじゃないかなという点が一点、付け加えさせていただきたいと思います。
  イラクに関してですが、実はこれ、日本はアメリカのイラク攻撃に対してどのようなことを思っていらっしゃるんですかという質問、たしかこれはシリアだったと思いますけれども、どなたか伺ったことがございまして、私はその際こう申し上げました。日本としては、大多数の人が、アメリカがイラクに対する空爆をするほかの国に対しての大義名分をこれからはっきりさせてくれることを祈るような気持ちでおりますとお答え申し上げた記憶がございます。
  今も私はその気持ちが変わっておりません。いい悪いの問題ではなくて、これはもう事実として、これはちょっとわきに飛ぶかもしれませんが、一部報道もされているように、アメリカは今回のイラク攻撃の大義名分としては、さきの湾岸戦争の停戦協定違反であるという立場からいけば何の国連決議もなくて攻撃できるというふうに法的には、国際法的な解釈としては持っているわけです。ただ、それが外交上、政治上のいろいろな問題から、国連のある意味では顔を立てて、余りそういう文明間、宗教間の対立にならないようにということで今、国連でいろいろな決議案を出そうとしているということだと思います。
  ですから、いずれにしろ、イラクが査察をどのような形に受け入れるか、受け入れられないか、その辺で話は違ってくるだろうなと。タイミング、もう待てないとなれば、なくてもアメリカはやるだろうなと。これを悪いということを、道義的な問題は別として、国際法的なことで非難するというのは、アメリカの立場からすれば受け入れられないだろうなというのが個人的な感想でございます。

○沢たまき君 私は、女性の方とはシリアの方お一人だけだったんです。その方は文化相でいらしたので、どうですかと申し上げたんですけれども、進出はしているようです。そういう方は選挙によらないんですね。
  もう一つ、私はIPUでヨルダンに行ったことがございまして、ヨルダンの女性議員と話しましたときには、なかなか選挙によって選んでいただくのは困難であると。なぜかというと、女性の立候補者なんだから女性が投票してくれるかなと思うと大きな間違いで、女性の候補者に女性が投票してくれないと。なぜなのか分かりませんけれども、ほとんどが御主人の言う候補に入れてしまって、入れてくれないと。これが本当に難しく、ネックなんでありますと。だから、女性がそういう御主人の御意見に従わないだけの勇気を持ってくれることがいいのですがというのでしたんですが、今度の中東の中ではそういう質問を、全然頭からなくてしませんでした。申し訳ありません。
○会長(関谷勝嗣君) 最後に、私に対する質問でございますが、実はもうわずか、先生がおっしゃられましたように、二週間のスケジュールなものでございまして、我々が政府、政治家等々と会談をいたしましたのはトルコ、シリア、レバノン、エジプトの四か国でございまして、帰るためにやむを得ず英国へ行って、英国から日本へ直行で帰ってきたというだけの理由でございまして、英国では、そういう意味で、要人とは何ら会談をしていないわけでございます。
  本当に、もう少し時間があれば、英国で本当に中東和平を根底から覆したイギリスのその要人に十分に話したかったなと思っております。これは、また来年、もしもこの調査会で行けることができましたら、イギリスへ寄りまして先生の、もしも良ければ先生も御同行していただいて、質問をしたいなと思っております。
○榛葉賀津也君 ありがとうございます。
○佐藤雄平君 中座しちゃってごめんなさい。
  二つほどありまして、一つは要望。
  一つは、これは出たかも分かりませんけれども、政教分離、それはもう理解しますが、その教育と宗教、これはどんなふうな感じになっていたか分かる方いたら。
  もう一つは、さっき沢先生もおっしゃられましたけれども、この調査会何回か開いている中で、やっぱり国連の役割というのは本当に何をしているのかなというふうなこと何回か感ずることがありました。やっぱり諸外国でもそういうふうなことであるかなと。となると、国連の、やっぱりひとつこの国際問題研究会の中で国連研究というか、やってみるのも一つの我々の課題かなと、そんな思いで提案させていただきます。
  以上です。
○会長(関谷勝嗣君) 国連に対します信頼感というのはもう非常に薄い現状でございまして、さりとて国連というものが国際社会での話合いの窓口、唯一だということがあるものですから、どういいますか、そこに非常にジレンマに陥っているようなところがある思いをいたしました。
  それから、宗教と教育の関係で、どういう教育をしておるかということは、これは山崎先生がカイロのイスラムのあのアズハルでも質問されたんですが、タンタウィさんもそうはっきりした答弁はなかったですね。山崎先生、あのときの状態、ちょっとお願いします。
○山崎力君 宗教関係ではそれこそ、でなくても世界有数の歴史を持つ大学の総長という以上に学校全体を見る、何というんですか、理事長と総長を兼ね合わせたような方だと思うんですが、宗教界の最高指導者の一人ということで、そのあれはどうなっていますかと言うと、国家機関であると、正に宗教を含めた教育を国の予算でやっているんだと、こういうことですね。
  それから、家庭教育その他についての問題と公教育の問題でいけば、これはもう絶対に公教育が必要であって、我々は、中に年齢が書いてあったと思いますが、物すごく若いときから……

○沢たまき君 四歳。
○山崎力君 四歳でしたっけ、からもう成人に達するまで預かっているんだと。そこが、そういうところが宗教教育のトップを、宗教界のトップを教育者の頂点とする体制であるということですから、もちろんその中には医学部であるとか工学部であるとか、いわゆる我々の言う普通の教育のことはやっているわけでしょうけれども、その中に大きな何というんでしょうか、要素として宗教、すなわちイスラム教の教えを教え込むということが彼らの中には大きな話題になっているんじゃないのかなというふうに思っております。
○佐藤雄平君 家庭教育じゃなくて学校教育の中で。
○山崎力君 学校教育の中でと言っておりました。実際はどうだか分かりませんけれども、僕が聞いて、おっ、そこまでやるのかというのが正直な……
○佐藤雄平君 しつけとかそういうことじゃなくて、思想的なこと。
○山崎力君 だから、これがしつけも宗教、イスラムの教えというのは生活態度すべてからの、何というんでしょうか、価値観を教え込むという意味ですから、これは何というんでしょう、私自身が個人の経験で言わせていただければ、向こうの方には宗教裁判所というのがあるんだそうですね。それで、何だこれはと、ちょっと時代後れじゃないかと思ったら、物を知っている人が、それは日本で言う家庭裁判所なんですと。ですから、宗教の違いによって価値観が違うから、特に婚姻関係その他によって違うから、そういったその信じている宗教によってその問題、トラブルの司法的な部分の、我々で言う司法的なトラブルも解決しなくちゃいけない、そういうのが宗教裁判所なんですと。
  こういうことですから、そういう意味でいえば、本当に実生活の中に宗教的なものというのがたたき込まれているというか、教え込まれているという感じを持ちました。ただ、それは制度としてそうなっているだけで、実際の中でどこが、差は相当あると思いますけれども、少なくともエジプトのその方の話では、そういう印象でした。

○広野ただし君 ちょっと補足させていただきますと、エジプトのアズハル大学というところなんですけれども、それは一千年の歴史を持つところなんですね。そこの総長とお会いしたわけなんですけれども、六千人の学生がいると。それで、宗教法理学部ですとか、宗教が、やっぱりイスラム法学部だとかあるんですね。ですから、それが私は私立のものかと思いましたら国家の機関であると。国がお金を出しているということですから、宗教と教育は非常に深くつながっているというふうに思いましたですね。
  ただ、政党との話では、エジプトでは宗教を基にした政党を作ることは禁じられているということですから、これは政教分離といいますか、それがエジプトでもされておると。
○会長(関谷勝嗣君) 佐藤先生、佐藤先生の宗教と教育の関係なんですけれども、私、こんなことを想像するんですよ。
  日本人は非常に仏教徒の人が多いですね、仏教を信じている人が非常に多い。私もブディストではあるんですけれども、さりとてそういうようなことが、まあ親からは陰に陽にいろいろなことを教えられたとは思いますけれども、学校では別にそういうようなことは、もちろん政教分離、教育とはまた別になっておりましょうけれども、我々が考えると、例えばイスラムの諸国家ではそれは学校教育にしても宗教を強く押し付けているように見えるけれども、向こうの国民にしたらそんなことはないんです。これは普通のことなんですよね。ですから、我々が普通の今学校で教育を受けておる、そういう一環のような感覚で受けておるんじゃないでしょうか。ですから、別に強圧的にイスラム教を云々しておるというものではない。そういうふうに取らないとちょっと理解ができないんじゃないかなと思うんですよね。
  そして、今泉先生の御質問の中にもございましたが、これは山崎先生と山根先生がよく論議をやっておりましたが、特攻隊とジハードはどう違うかというのを二人が論議しておりましたので、ちょっと二人、そこで御紹介されたらいいんじゃないでしょうか。
○山崎力君 本当の最後の一番難しいところの議論だったんですが、僕は日本人として忘れてはいけないことは、中東においていわゆる自爆テロというような問題を実際に起こしたのは日本人であるということを忘れちゃいかぬのじゃないかと。
  これは、思い出していただけると思いますが、テルアビブのロッド空港の岡本公三以下の攻撃を指しているわけで、それ以前、いわゆる自爆テロというのは私の記憶する限りほとんどあの地域にはなかったわけです。そして、我々日本人を尊敬する者の中に、いわゆる我々の感覚からすれば異常な事態であった第二次世界大戦中の特攻攻撃に対して彼らの評価が高いと。日本人は非常にそういうところまで、国家あるいは信ずるもののために我が身を捧げてやっていると。これは正にイスラムの教えにあるジハードの究極の姿と一致するんではないかということを感じ取った集団、グループが今のイスラエル等に対する自爆テロをやっているのではないかと。正に効果が、犠牲が少なくて相手に対する被害を非常に効果的に与えるということを感じているのではないかなというふうに思っております。
  それで、テロとそれからいわゆるジハードの違いの最初で最後の難しい問題になると思うんですが、いろいろな考え方があると思います。ただ、ここで考えなければいけないのは、彼らはやはり最終的には神の判断を待っているんだろうと思うんですね。ですから、自分たちの行為は最終的にこれはアラーの神がどう判断するか、いわゆる彼らの言う天国、ジハードで死んだ者は天国に行くというコーランの教えからすれば、本当に行けるかどうかというのは、これ判断するのはアラーの神であるという気持ちがあるものですから、そこのところに、それはもう先ほども申し上げたように自分とアラーの神との関係においてそこは決まるということを、僕は、彼ら自身は思っているんじゃないのかなと。
  ですから、外見的に見てこれがテロであるとかあるいはジハードであるとかというのは、それこそ宗教者が決めることで、一応の現世においては判断することだけれども、最終的にはアラーの神の判断であると。その辺のところがなかなか、ある人たちがテロはよろしくないと言ったところでやまない一つの原因ではないのかなというふうに私自身は思って、そんな感じの議論をした記憶を今思い出しておりますが。
  山根先生、補足していただければと思います。

○山根隆治君 じゃ、ちょっと全然違った角度から。
  先ほどイギリスでのお話がありましたので、ブレアが、今回の訪問とは全く直接かかわらないんですけれども、ブレアのいろいろな改革というのをイギリスで行っていたところの一つが、犯罪に対しては、例えばイギリスの労働党の中心的な考え方は、犯罪に対してはその原因が何なのかということを突き詰めて、それをなくすために、なくせば犯罪はなくなるということで労働党の中の論議というのはいつも終始していたわけですけれども、ブレアになってそこを変えたのは、そうではなくて、それもそうだけれども、もう一つはやはり犯罪そのものを憎む、厳しく罰する、この二つがなくては犯罪はなくならないんだというふうな考え方ということを示したというふうなことが実はあったわけですね。
  今のお話と少し敷衍させてのお話になってしまったかと思うんですけれども、例えばヨーロッパの歴史というのは、やっぱり五百年、先ほど少し触れましたけれども、人類というか人間社会というのをある意味では侵略してきたところがやっぱり、アフリカ、アジア、奴隷化したり、あるいは十字軍のように虐殺の歴史があったり、あるいはまた植民地支配というのを行ってきたということで、日本がやはり明治維新になって初めてそうした欧米列強に、日露戦争、まあいろんな評価、歴史観はあるでしょうけれども、そういうところで、日本が白人社会から自分たちを解放してくれる、その見本を示してくれたというふうなことを見る、そういう見方をする方もおられました。これはかなり日本でもそうした論議をする方もいましたけれども、私はそれを、そうした話を聞くときに、そこの心の奥底にあるものというものが少し見えるような実は気がしました。
  ですから、ジハードというものについての深い議論ということはなかなかしにくかったし、しはしませんでしたけれども、やはり大きな文明史的な視点でこのジハードというものをとらえていかないと、単なる目先の暴力ということだけでは解決しないだろう。つまり、そうしたテロというものを憎む、そうした暴力というものをなくすということと同時に、なぜそれが起きているのか、例えば貧困の問題であるとか、両方を我々は見ていく視点というのが今求められているんではないだろうかというふうな感じを持っています。
○今泉昭君 先ほど私が教育の問題でお聞きしたのは、恐らく今日皆さん方の中には戦時中の教育を受けてこられた方はほとんどいらっしゃらないと思うんですが、私は数少ないその戦時中の教育を受けてきた人間なんですよね。
  私どもの時代は、小学校のときに鬼畜米英という形で国を守るために自分を玉砕してでも、あのころだって聖戦という言葉を使っているんです、日本の言葉で言うならば。そういうのが、特定の教科書があったんじゃなくして、そういう一つの教育を小さいころからされてきたから、自然にそれが積もり積もって天皇陛下万歳と言って自爆をするという形が生まれてきた。これは教育なんですよね、ある意味では。
  そういう意味で、恐らくイスラムの中のジハードというものの背景にあるものは、よくテレビで見ますと、アメリカは地獄に落ちろと、もう小さな子が手を挙げてやっているんですよね。似たようなことが中国にもありましたよ、例の紅衛兵のときに。あれと同じように、その背景にある教育というものが、非常に生活の中からくる教育と、国全体が挙げてそういうふうな形で持っていく教育といろいろあると思うんだけれども、どういう形の教育がなされているのかなということでお聞きしたんです、先ほど。
○榛葉賀津也君 ただ、ジハードということを日本語で聖戦と、訳すと聖戦になりますけれども、ジハードはあくまでもジハードであって、これは相手との戦いではなくて、本当のイスラム教の中のジハードというのは自分との闘いですから、これがいつしかアラブ社会の経済や政治が混乱して、イスラエルの問題もあって、敵を攻撃することがジハードだというふうに過激派がどんどん変えていった。本当のジハードというのは、苦しい自分に打ちかつ、相手を倒すのでなくて自分にかつんだという、そういう極めて高い精神性を持った本来はジハードなんですけれども、それがいつしかテロの代名詞になってしまったという事実だけは私は忘れてはいけないと思います。
○会長(関谷勝嗣君) 他にございませんか。──本当にすばらしい意見の交換がございました。来年同じ国をまた行きまして、この中からもまた新しいメンバーも加えて、本当に真剣にまたなお論議をしたいなと心から思っております。
  ですから、今のこの二時間の論議の間でやはりひとつすっきりしなかったのは、宗教と教育ということが残ったように思いますが、またこれもいろいろな角度から勉強もしていきたいと思っております。
  どうも御苦労でございました。
  予定の時間が参りましたので、意見交換はこの程度といたします。
  本日はこれにて散会いたします。
    午後三時五十六分散会