質問「先進国での出生率回復要素について

(平成18年11月8日参議院少子高齢化社会に関する調査会会議録より抜粋)


(前略)
○山崎力君 今日いろいろお話しいただいたわけですけれども、一番私が聞いていてもどかしいというか、自分の頭のせいだと思うんですが、一応、少子化・高齢化社会に関してといったときに、仕事と生活の調和、こういうものと、これがいわゆる少子高齢化社会とどう関連するか、その辺の位置付けでお話をされた部分もあったには思うんですが、ほかのところのいろいろなお話を聞いていると、そこから、そことは直接結び付かない、いかにこの時代に生きるべきか、あるいは今の人たちが不満に思っているところをどういうふうに修正していったらいいのかという議論になったような気がしまして。と申しますのは、生活と仕事、その調和ができれば、いい社会になるんだから出生率も上がるであろうと、北欧なんかではそういうふうなことによって上がった実績もあるのだというのが丸括弧の中に入っているとは思うんですが、そこのところが非常に見えづらいといいますか、分かりづらいところがございました。
  日本の社会において、調和したからといって出生率が上がるのかどうか分からないというのが一つ。多少はいいところもあるかもしれないけど、ほかの要因で出生率が上がらなくなるとすれば出生率は今のまんま、日本はあと二百年か三百年たちゃ日本民族は消えるであろうというような形のものになりかねないということでございまして。
  そこで、一番私がお話の中で感じたのは、諏訪先生のお話でしたでしょうか、自分の責任でという部分と、それから、社会制度、法律なら法律で枠を決めると。だから、自分のやりたいことをやるという、自由に研究なりするというところと、それを放置しておくと一人の人あるいは少数の人たちに仕事の時間等が、押し付けられるか自分かは分かりませんが、結果的にそこに集約されて、ワークシェアリング、ジョブシェアリングとか、そういった形の広がりもなくなっていくであろうと。そこのあんばいですね。例えば自己責任、みんな自分が一人だとなれば、端的に言えば、自分の子供に育てるだけの自己負担投資を考えた場合、子供のいない方が自分で使える可処分所得は圧倒的に増えるわけです。これは男女ともですね。そういうふうな方向にもし大勢の方が行ったら、これはもう明らかに子供さん出なくなるわけです。
  その辺と、いわゆる生活と仕事との調和というところがどういうふうな連関が今あるのかという、その辺のところを、どなたでも結構ですのでお話し願えれば参考になるんではないかなと思いますが、よろしくお願いいたします。

○会長(清水嘉与子君) それでは、今の問題につきましてどなたかお答えいただけますでしょうか。
  大澤参考人、どうぞ。
○参考人(大澤真知子君) お答えいたします。
  私、内閣府の方でも少子化の委員をやっておりまして、それで三十か国、OECD三十か国を対象に、女性の労働参加と出生率の間にプラスの関係が見られる、三十年間の間に変化しているんですが、どのような国かというのを調べましたところ、アメリカ、ノルウェー、デンマーク、フィンランド、オランダ、ルクセンブルグという、この六か国で九〇年代に出生率が上がっております。同時に、グローバル化にどううまく対応したかという、非正規がそれほど増えなかった国、あるいは比率が低い国というのが、このうちのアメリカ、デンマーク、オランダです。ですから、すべてに絡んでいるわけではないんですが、非正規がたくさん増えるよりも、むしろ雇用がうまく増えていった国の方が出生率も上がっている。
  それで、私はデンマーク、イギリスも景気も回復して出生率も今、二〇〇〇年、二〇〇二年ぐらいからちょっと上がってきているので、イギリス、オランダ、デンマークという国を訪ねて、そこら辺の関連についていろいろと聞いたわけです。その結果、非常に、今日、池本参考人からもお話があったように、やはり、働き方というのが無理ないというところがかぎであって、やっぱり夫婦で子育てをしていて楽しそうだというところが、次の世代も自然に家族を持って仕事をしていくというイメージを生み出していっているらしいんですね。
  ですから、イデオロギーとか何かそういうものではなくて、何か身近にそういう人たちがいて、私たちが取材したのが四時ぐらいなんですが、四時ぐらいから子供たちが保育所から家に帰り始めて、アパートでちょっと小さな庭がありますけれども、子供たちが遊んでいて、お父さんかお母さんどちらかが食事を作っているような風景なんですが、これが当たり前というようなところですと、子供を産まない方がお金がたまるかなというよりも、むしろこういう生活は非常にバランスが取れていていいなというふうに思うのだろうなという、そういうイメージが、そういうことが可能になってくるとそういう人たちが増えていって、それが自分もそういう生き方がしたいという人生設計を若い人たちがするようになるというふうに思いました。
  ちょっとデンマーク、オランダ、それぞれに違いますが、そういう面でもう一つ、池本参考人の方から教育費の問題が出ましたけれども、イギリスと比べてオランダで出生率の回復が早いんですが、その理由としてはやはり教育費にお金が掛からないということも非常に重要でございまして、両立支援策のみに視点が置かれがちですが、やはり教育費負担が少ないと、つまり、住居ですとか教育費ですとか、お母さんたちが働く理由というのはやっぱりそういった子供のために働くということも多いわけですけれども、オランダの場合ですと公立校が中心で大学の授業料がほとんど負担なしだということもワーク・ライフ・バランスが選択しやすい環境というのを整えている一つの理由ではないかと思います。
  ですから、個人に対して国が何ができるのかということで、仕事をやりやすくするということもありますが、同時に、個人の教育費の支援ですとか、それから社会人入学者に対する支援ですとか、そういうところで、もう少し少子化対策でもなぜ子供が産みにくいのかということを見ていきますと、やはり一番大きな理由が教育費にお金が掛かるということです。これは韓国と日本共通していますし、私も臨時雇用者が生み出された国とそれから出生率との相関関係ちょっと調べてみましたが、やはりマイナスの関係がありますので、不安定な雇用形態が多く生み出された国で出生率が下がっている。今日ちょっとそのグラフを持ってきませんでしたけれども。
  そういうことから、九〇年代の出生率の低下というのは、個人主義が徹底したというよりは、むしろ不安定な就労が生み出されて、子供は欲しいけれどもなかなか教育費のことまで考えるとお金が掛かって産めないと。で、女性がそのためにキャリアを形成するとますます晩婚化、晩産化になるという、そういった理由の方が多いと思うんですね。
  ですから、ワーク・ライフ・バランスを導入するということは出生率にとってもプラスの関係があるということは韓国の国際会議の中でも指摘されてきたことでございまして、日本においても有効ではないかというふうに考えております。
○会長(清水嘉与子君) 山崎さん、よろしいですか。
○山崎力君 今おっしゃられたことは、大体教養としては、細かいところは別として、我々の頭の中にも入っていることでございましてね。
  九〇年代の一・五七ショックって、一九九〇年というのは日本の雇用状況は万々歳の、今から考えれば万々歳のときだったわけですよ。それが気が付いてみたら一・五七だったと。その後でこれだけ景気が悪くなって、それで正社員からいわゆるパート労働者に切り替わってきた、産業の人口構成の変化が出てきた。その背景にはやはりグローバル化というのがどうしてもあったわけで、大企業の経営者から見たら、別に我々だって正社員そのままやってられるんだったら、それで企業が経営できるんだったらやっていましたよと。ところが、生き残るためにはそうしないとうちの企業はできなかったというのが前提にあって、それに輪掛けて、成績のいいところでも、あそこの似た会社が正社員をパートにしてこれだけ労働コスト下げているんだからうちの社だってやっていいじゃないかって、ますますもうけるというような形態で来ているわけです。
  ですから、今おっしゃられたのは議論の前提でございまして、そんなことを言うんだったら、出生率上げるんだったら、それこそ一人の、これ暴論として聞いていただければいいんですが、男性でも女性でも働いて、その一人の働きが今の給料の倍以上の給料があれば共稼ぎしなくたっていいわけですよ。そんなことは全然考えられない時代になってしまった。
  その中で、シェアリングをどうするかというのは一つの議論かもしれませんけれども、それ以上に今我々が考えなければいけないのは、そういうのを組み合わせしながら出生率を上げなければ日本の将来はないだろうと。特に、年金制度、その他医療制度も含めて、若手の方々の人数がある程度確保されて払っていただかなければ、老後はもう惨たんたるものになるというのはシミュレーションできているわけでございまして、そこのところでどういうふうに皆さんに働いてもらえばいいか、生活してもらえばいいか、その結果としてお子さん方の数が増えたらいいかという政策をどうしたらいいのかというのが我々立法府における問題意識でございますんで、その辺のところに資する、そういう考え方で何かヒントがなければなと、こういう意味で質問させていただいているわけでございます。

○会長(清水嘉与子君) 今、山崎さんの御意見と思いますが、諏訪参考人、どうぞ。
○参考人(諏訪康雄君) 非常に鋭い御指摘だろうと思います。
  それで、ワーク・ライフ・バランス論をするということになりますと、ワーク・ライフ・バランスは少子化対策としてというわけでは必ずしもございませんから、話が広がっていきます。しかし、他の国でも、ではワーク・ライフ・バランスは少子化という問題とかかわっていないかといったら、どこの国もかかわっている対応策の一つでございます。したがいまして、これがスペードのエースのような切り札かといったら、私もそう言えるかどうかは余り確信はありません。大澤参考人がおっしゃるとおりで、やはり自然にいかなければ、自然なこういう人類の生活の営みというのはできないじゃないかという意味ではそのとおりなんですが、これがすべてかといったらそうではないだろう。様々な他の政策と結び付かなきゃいけないだろう。
  出生率の多少とも回復が見られる先進国においては、三つぐらいの要素がかなり見られるとよく指摘されているわけでございます。
  それは、第一番目が、男女雇用機会均等が進んでいって、女性が活躍する場がある。それも若いときだけじゃなくて、ある一定年齢から先でも大学院等に入り直して力を付けてまたやっていくという、こういうような言わば、今はやりの言葉で言えば再チャレンジの機会みたいな、再挑戦の機会、敗者復活の機会、あるいはやり直しの機会というのがある。そして、それによってかなり先まで行ける。これがゆとりのある子育て等にかかわることができる。
  それから、育児等をめぐっては、やっぱり社会と企業の支援策が整っていない国は難しい。この点で、保育園の問題もそうでしょうし、保育所ですとかあるいは企業の様々な対応が必要だと。
  それから三つ目には、やっぱり夫の協力があるところとないところは違う。いろんな調査をしてみますと、三人目を産むかどうかはもう圧倒的に夫の協力があるかどうかなんですね。夫の協力がなくして、三人目を産もう、つまり出生率の二・〇七を回復しようなんというふうに思ったら、何人かに一人は三人ずつ産まなきゃいけないということになるわけですが、そのように考えたときに夫の協力なんかが必要になる。
  こういう文脈の中で考えていきますと、恐らくワーク・ライフ・バランスというのは、こうした夫の協力みたいなもの、あるいは女性の再挑戦の可能性がある中での働き方のパターン、あるいは社会や企業の支援策の基本理念みたいな部分、こういうもので緩やかにつながってくるのかなと思います。ワーク・ライフ・バランスが直ちに決め手というわけでは恐らくないのではないかと私は個人的には思っております。
○会長(清水嘉与子君) よろしいですか。
  ほかにございますか。
(後略)